東電旧経営陣、強制起訴 今こそ「真実と真理の法廷」を
<筆者より>
本稿は、本誌第167号「東電元経営陣3名に「起訴相当」議決〜福島原発告訴団、原発事故刑事責任追及へ前進」、本誌第174号「東京地検、東電元経営陣3名を再び「不起訴」に〜福島原発告訴団、証拠追加と新告訴で刑事責任追及強化」及び本誌第179号「検察審査会が2度目の「起訴相当」議決〜東電3経営陣強制起訴へ 刑事訴訟で責任追及を」(いずれも拙稿)の続稿となるものである。ぜひ、167号、174号、第179号と併せて一読いただくことをお勧めする。
●3.11を前にして
まさに寝耳に水だった。2016年2月26日、金曜正午のNHKニュースが「東電旧経営陣、強制起訴へ」と何の前触れもなく報道。「福島第一原子力発電所の事故をめぐって、検察審査会に「起訴すべき」と議決された東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人について、検察官役の指定弁護士が26日にも業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴する方針を固めたことが、関係者への取材で分かりました」と伝えたのだ。
2015年7月、勝俣元会長に武黒一郎、武藤栄の両元副社長を加えた3人を起訴すべきと議決した東京第5検察審査会によって示された容疑事実は業務上過失致死傷罪だった。この罪の公訴時効は5年。福島第1原発事故から5年となる2016年3月11日までに公判提起(起訴)しなければ時効が成立することになる。その意味では予想された起訴ではあった。
だが結局、強制起訴手続きは週明けの29日、月曜日に持ち越される。強制起訴の期日を思い通りにさせなかったという点で、反原発デモは不当に小さく、原発再稼働は不当に大きく報道する「自称公共放送」にささやかな一矢を報いることができたと思っている。
ともあれこの日、強制起訴が実現した。史上最悪、レベル7の原発事故を引き起こした当時の東京電力の最高責任者たちに対するメディアの呼称が「被告」に変わった歴史的な1日だった。
福島原発告訴団の武藤類子団長は、強制起訴を受けてコメント。「やっとここまできたとの思いだ。3人は真実を語り、なぜ事故が起きたかを明らかにしてほしい」と述べた。誰の責任も問われていない「無責任大国ニッポン」への怒りを抱く被害者たち共通の思いだ。
●福知山線事故裁判より有利?
本誌の過去の記事でも繰り返し説明してきたが、検察審査会が強制起訴とした事件は、検察官に代わって裁判所が指定する検察官役の指定弁護士が立証、求刑などの活動を行う。検察官は、自分たちが不起訴にした事件だけに基本的には関与しない。
検察官役の指定弁護士にどのような活動が許されているのかについて、法律に具体例を列挙したものはないが、「指定弁護士は……起訴議決に係る事件について、……公訴を提起し、及びその公訴の維持をするため、検察官の職務を行う」(検察審査会法41条の9第3項)との規定により、検察官に認められている職務権限はすべて検察官と同様に行使できるものと解される。
指定弁護士には、2015年8月に石田省三郎、神山啓史、山内久光の各弁護士が選ばれた。東京地裁から東京第2弁護士会への推薦依頼に基づくものだ。翌9月には、渋村晴子、久保内浩嗣の両弁護士を追加。指定弁護士は5人となり、JR福知山線脱線事故を上回って過去最多人数となった。
石田弁護士は、ロッキード事件で田中角栄元首相の弁護団に加わった経験を持つ。神山弁護士は、東電の女性社員が殺害された事件(いわゆる東電OL殺人事件)で被告のネパール人男性を無罪に導いた。山内弁護士は、今回、強制起訴を行った東京第5検察審査会で、市民ら11人の委員に対するアドバイザー役である「審査補助員」を務めた。いずれも刑事裁判のエキスパートばかりだ。福島原発告訴団は、この顔ぶれを「考え得る最高の布陣」であるとしており、原発事故の有罪立証に向け、お膳立てが整った格好だ。
当初、公判前整理手続きに時間を要し、初公判は来年になるとみられていたが、案外早く始まることになりそうだ。証拠や論点を整理するために行われる公判前整理手続きは、事実関係が複雑な事件ほど、有罪立証につながる有利な証拠だけを提出したい検察側と、被告人に有利な証拠も提出させたい弁護側のせめぎ合いによって長期化しやすいが、今回は、指定弁護士が4000点に及ぶ証拠を開示する考えを示しており、3被告の防御のため、弁護側がいかなる証拠や論点を提示できるかがほとんど唯一の焦点となっているからである。
裁判では、事故の予見可能性、結果回避可能性の有無が争点になるのは確実だ。強制起訴事件の先行例であるJR福知山線脱線事故では、転覆脱線事故の現場となったカーブに速度照査型ATS(自動列車停止装置)を設置しなかったことについて、井手正敬元JR西日本会長ら3被告が「予見可能性がありながら結果回避義務を果たさなかったとまで言えるかどうか」が争点となり、1、2審では無罪判決。指定弁護士側が最高裁に上告している。
これに対し、東電に関しては、政府の地震調査研究推進本部が推計した津波予測に基づき、福島第1原発に15.7メートルの津波のおそれがあると知りながら、武藤被告の指示で対策が先送りされた事実がすでに明らかになっている。指定弁護士は、JR福知山線脱線事故よりも有罪立証の見通しは良く、有罪に持ち込みたいと意気込む。
強制起訴を受けて裁判が始まるのを前に、今年1月、福島原発告訴団のメンバーらが中心となって「福島原発刑事訴訟支援団」も発足した。今後の裁判支援は「支援団」中心に行うことになるが、民事訴訟と異なり、「支援団」メンバーが直接、関係者として法廷内に入ることはできない。わずかに、被害者参加制度を利用して、裁判所に認められた被害者が裁判で証言をできる程度だ。とはいえ、JR福知山線脱線事故の強制起訴裁判では、被害者の法廷参加が実現した。こうした前例にもならいながら、告訴団は、指定弁護士らの「後方支援」に全力を尽くすことになる。
●「強制起訴見直せ」と叫ぶ産経新聞
JR西日本に続き、東京電力旧経営陣も強制起訴となったことで、安倍応援団と化した「御用メディア」を中心に、強制起訴制度を見直せとの主張が出てきているのはとんでもないことだ。
産経新聞は、川内原発の再稼働に反対し、現地で抗議行動を続ける一般市民らを、意図的に「過激派」と誤読させるような悪意に満ちた報道を続けてきた。強制起訴が安易に乱発された結果、無罪が確定したとき「被告人とされた人に対する責任」は誰が取るのかと、一方的でばかげた主張を繰り返している。だが、それを言うなら世界最悪の事故に呻吟している福島県民への責任を――しかも、その所在がはっきりしているのに――誰も取らないままの現状を産経はどのように考えるのか。ふざけるのもいい加減にしろと言いたい。本稿筆者は、言論界で原発推進の先頭を切ってきた産経新聞の道義的、社会的責任も、命ある限り問い続けるつもりだ。
自民党、経済界がこれほどまでに強制起訴を恐れていることは、この制度が市民の立場で有効に機能していることを示している。この間、強制起訴となった事件を概観すると、明石歩道橋事故(被告が警察)、福知山線脱線事故(被告がJR)、福島第1原発事故(被告が東京電力)のように、権力機関や日本の経済活動の中心を占める巨大企業が被告になっている事件が多い。
こうした事件では、捜査機関による捜査や裁判所での審理がまともに行われないことも多い。有識者の中には、強制捜査さえ行われないまま東京電力を不起訴にした検察に対し、国策捜査ならぬ「国策不捜査」だと指摘する声もある。そうした国策不捜査や、その結果として法廷に十分な証拠が提出されない実態を放置したまま、有罪率が低いから強制起訴制度を見直せというのは本末転倒だ。問われるべきは捜査のあり方であり、決して強制起訴制度ではないということを、いま一度強調しておきたい。
(2016年3月25日 「地域と労働運動」第186号掲載)