第25話 うれし恥ずかし本格デート


 「もう! 何やってんだよ、あいつは!」

 夏休み入りして最初の週末、午前10時。朝からさんさんと真夏の日差しが降り注ぐ、森本町で唯一のレジャー施設「カルチャーランドもりもと」の正門前であたしは苛立っていた。10時にこの正門前で待ち合わせと言ったはずなのに、待ち合わせ相手のあいつはまだやってこない。

 そして、10時5分頃、ふうふうと息を切らせながら、そいつはここに現れた。

 「ごめんなさい、畑山さん。やっぱり遅刻……ですよね?」

 「当たり前でしょ。こないだの生徒会室と違って、メールで連絡してきただけマシだけど、一応、遅刻は遅刻だからね!」

 そう言って、あたしは安達の額にデコピンをした。「痛っ!」と安達が顔をしかめるが、自業自得だ。

 「あの、畑山さん? どれくらい待ちました?」

 「3日くらいかな?」

 「えっ?」

 あたしは冗談のつもりだったのに、目の前の安達はどう返せばいいかわからないらしく、おたおたと慌てている。こんなに慌てるくらいなら、時間通りに来ればいいのに、とあたしは心の中で悪態をつく。もう5分も無駄にしてるんだから、さっさと行くよ、と目の前の安達を促すと、チケット売り場に並ぶ。

 「カルチャーランドもりもと」には1日パスポートがある。1日間、1500円ですべての施設、アトラクションが利用し放題だ。初めはこのパスポートを開門前に2人分買い、開門と同時にすぐ入るつもりでいた。だが、チケット売場の係員の女性に「男性のお連れ様はいますか?」と聞かれ、はいと答えたところ、「お連れ様とご一緒なら、さらに500円お買い得なペアチケットがありますよ。1日パスと同じで、全施設を今日に限っておひとり様1000円でご利用になれます。ただし、2枚からの発売になりますので、お連れ様と一緒においでください」と言われたのである。お小遣いが唯一の収入源の中学生にとって、500円の差は大きく、親からも「経済観念がしっかりしている」と言われるあたしは、安達が来るのを待ってからチケットを買うことにしたというわけだ。

 それにしても、このペアチケット、名前がものすごく恥ずかしい。「ラブラブパスポート」って、何とかならないんだろうか。純情な乙女のあたしが、窓口で、係員のお姉さんに向かって「ラブラブパスポート1組」なんて言わされるのは何かの罰ゲームかと思いたくなる。……が、そのときあたしにひとつのいいアイデアが浮かんだ。思わず「キシシ」という効果音が聞こえそうな、我ながら意地悪な笑みを浮かべる。

 あたしは安達に声をかける。安達が「なんですか?」と言いながら振り向く。学校の帰り道以外でデートするのは今回が初めてのせいか、安達はガッチガチに緊張していて、振り向く動作ひとつとっても、油の切れたロボットみたいに「ギシギシ」という音が聞こえそうだ。

 「あたしの分、お金渡すから、チケット、あんたが買ってよ」

 あたしがそう言うと、安達は「えっ?」と言いながら「な、何で僕なんですか?」という。

 「僕、その……『ラブラブパスポート』なんて、そんな恥ずかしいこと、言えな……」

 「うっさい。遅刻してきた罰だ、罰」

 「でも恥ずか……」

 「いいから買え。文句があるなら、あたし帰るよ」

 「わっ、ご、ごめんなさい。……すいません。僕が買います」

 あたしが、学校内ではあり得ないほど乱暴に命令すると、自分でも少しは遅刻を悪いと思っているのだろう。観念したように安達は承諾した。順番が訪れ、「ラ、ラブラブパスポート、ください……」と恥ずかしそうに言う安達。「え? 申し訳ありません、聴き取りにくいのですが」と窓口の係員に言われ、今度は少し大きい声で言う。あまりに恥ずかしそうな表情で、あたしは思わず大笑いしてしまう。

 「さて、と。これで遅刻の仕返しはすんだかな」

 あたしが言うと、安達は、

 「ひ、ひどいです。畑山さん、今の、罰ゲームだったんですか!」

と不満そうな表情だ。

 「何がひどいの? 嫌なら、ちゃんと時間通りに来ればいいじゃない? 学園屈指の美少女を待たせておいて、安達くんは、何もなくてすむとでも、思ってたのかな〜?」

 あたしが嫌みたっぷりにそう言うと、安達は言い返しても無駄と悟ったようで、下を向く。あたしは、安達を言い負かしたのを確認すると、

 「さ、行きましょ!」

と声をかける。あたしたちは、夏の日差しが降り注ぐ中、正門をくぐって入場した。

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 そもそものきっかけは、終業式の日の、利奈、ゆっきーとの何気ない会話だった。

 「あんたさー、公認なんだから、少しは安達とデートくらいしなよ。夏休みなんて、絶好のチャンスじゃん?」

 あたしたちにデートをけしかける利奈。

 「何でそんなことするの? 学校帰りにいつも喫茶に行ってるし、それで十分だよ。だいたい、学園新聞に書かれてバレたから仕方なく公認にしてあげただけ。あいつのこと、別に好きで公認にしたわけじゃないんだから、勘違いしないでよね?」

 あたしがそう言うと、アニメオタクの広瀬はじめ、何人かの男子から

 「おおっ! 出ました! 『仕方なく〜してあげる』『勘違いしないで』って、絵に描いたような典型的なツ……」

という声が上がったので、「あんた、今、あたしのことツンデレって言おうとしたでしょ! それ、違うから!」と、大声で広瀬の発言を遮った。

 「勘違いだってなんだって、デートくらい必要だろ? あたし、あんたと安達のこと、応援すっからさー」

 男子にからかわれるあたしをよそに、なおもデートをしつこくけしかける利奈。あたしはその執念に負け、1回だけ、夏休み中にデートをすると無理やり約束させられた。

 「あ・だ・ち・く〜ん。聞いたぁ、今の? お前の公認彼女の、怖〜いマリー・アントワネット様が、お前とおデートしたいってさ!」

 「マリー・アントワネット様も恋をする!」

 「なんか、ラノベのタイトルみたいっすねー」

 「10年に一度の大物生徒会書記も、愛の前には簡単に屈しましたかー」

 口々にあたしと安達のことをからかう男子。あたしは思わず、

 「うっさい黙れ!」

と怒鳴り散らした。

 「おー怖い怖い。さすがはアントワネット様。これ以上畑山を怒らせると、今日が俺の命日になりそうなんで、気を付けよー」

 そう言いながらその場を離れ、散っていく男子たち。あたしはその日の放課後、安達をベランダに連れ出し、デートの日程と場所を告げたのだった。

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 か、可愛い……。

 畑山さんと一緒に「カルチャーランドもりもと」園内を歩く。今まで2人きりで過ごした時間はすべて学園内か、帰る途中での寄り道だったから、私服姿の畑山さんを見るのはこれが初めてだった。女の子らしいトレーナーに、制服とはまったく違うミニスカート。露出した足先には夏らしいサンダルを履いている。中等部一気が強く、マリー・アントワネットのあだ名で男子に恐れられているとは思えない可愛らしさだ。

 「ねえ、ここ水族館あるよね。行ってみない?」

 いきなり畑山さんから提案される。実際、僕はデートのプランをほとんど何も考えることができないまま、この日を迎えていた。一生懸命考えてみたものの、人生初の事態で、経験値ゼロの僕にはどうにもならなかった。そんなヘタレの僕にとって、こうした提案をしてくれる畑山さんはありがたかった。もちろん僕は同意した。

 「カルチャーランドもりもと」には遊園地の他、図書館や美術館などの文化施設、水族館などのレジャー施設が集まっていて、信じがたいことに、夏休みなどの長期休暇期間中、これらの文化施設まで「ラブラブパスポート」だけで入場できる。文化施設が集積している場所だから「カルチャー」ランドと呼ばれていて、小学校時代には遠足などで来たことがある。家族旅行でも何度か訪れたが、こんな形で訪れるのはもちろん初めてだった。過去に何度か来たことがあるはずなのに、畑山さんと一緒だと、何もかもがそれまでと違って見える。通い慣れた通学路さえいつもと違ったものに変えてしまう。それが畑山さんという女の子の魅力であり、魔力なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、僕は思わず笑ってしまう。他の男子がみんな畑山さんを怖がっているのが滑稽に思えたからだ。こんなに可愛くて、活発で、楽しくて、魅力的な女の子なのに、なんでみんなそんなに恐れているんだろう。

 しばらく園内を歩く。アトラクションの横を通り抜け、敷地の外れに位置する水族館に入る。さすがに今日は真夏、屋外のアトラクションでは熱中症になる危険性もある。空調の効いている水族館内はひんやりとしていて、僕は、ここを選んだ畑山さんの的確な判断力に思わず感謝した。

 「うーん、涼しくって気持ちいい!」

 畑山さんがそう言って背伸びをする。臨時学級会の日の帰り道に見せたのと同じような背伸びだ。

 「わあ、ペンギンだ! 可愛い!」

 畑山さんは、ペンギンたちを覆っているガラスにへばりつき、愛でるように眺めている。あたしも明日からあんなふうに歩こうかな、と冗談を言う。どう反応すべきか迷った僕は、好きにすればいいじゃないですか、と返す。畑山さんは、ペンギンがよほど気に入ったのか、スマホで写真を撮りまくっている。

 「手ぶれして、うまく撮れないな」

 畑山さんが言う。減光された館内での撮影は、カメラの知識のなさそうな畑山さんには難しそうだった。

 「僕が撮りますか?」

 「え? 安達、手ぶれしないでちゃんと撮れるの?」

 「広瀬に教えてもらったんです。僕もうまくないけど、こうやって、手すりの上にケータイを置いて固定すれば、本体が揺れなくてうまく撮れますよ」

 そう言って僕は、畑山さんのスマホを借りる。畑山さんは僕に気を許しているのか、自分のケータイを貸すことにまったく抵抗がなかった。僕は言葉通りに、手すりにそれを固定した状態でシャッターを押す。画面を見る限りでは、手ぶれせず、うまく撮れたように見えた。

 「わ、いつもあたしが撮るよりもずっときれい! 安達にこんな特技があるなんて思わなかった。やるじゃん?」

 「そんなことないですよ。ペンギンのいる場所は、これでもまだ照明が明るいから撮りやすいほうなんです。夜行性の動物とかで、照明が消えてたりしたら、僕にも絶対無理ですよ」

 「ふーん。そうなんだ?」

 僕は広瀬に感謝した。漫画部で副部長になった広瀬は、今は漫画部に専念しているが、以前は写真部に時々顔を出すなど、カメラにも興味を持っている。そんな広瀬が、以前、「ファインダー内の光の量が多いほど、露出は絞られ、シャッター速度は速くなる(逆も同じ)」「被写界深度(ピントの合う範囲)は露出を絞るほど長くなり、開放するほど短くなる」とカメラの基礎を教えてくれた。水族館のような減光された場所では、どうしても光の量が減り、シャッター速度が落ちて手ぶれしやすくなる。加えて露出も開放気味になり、ピントの合う範囲も狭くなる。できるだけレンズを明るい場所に向けることである程度のシャッター速度を確保し、カメラ本体も固定するのが手ぶれを防ぐには最も有効だと、広瀬に教えてもらった付け焼き刃の知識だけは持っていた。

 「ありがと。今までも何回かここに来たけど、こんなキレイに撮れたのは初めてだよ! あたし、もうこれ、待ち受けにしちゃおうかなー」

 スマホの画面をのぞき込みながら、畑山さんは上機嫌だった。僕も、畑山さんの役に立てたことを素直に嬉しく思う。

 僕たちは、様々な海の生物を見て回った。クリオネやミズクラゲといった小さなものから、シャチのような大きなものまで。でも、この水族館で一番有名なのは、なんといってもイルカのショーだった。これ見たさにわざわざ遠くから来る人もいるくらいで、近隣の地域でも有名だった。間もなくショーが始まるというので、イルカのいる水槽を囲むように設けられた観客席に座ってショーを見る。飛んだり、跳ねたり。観客を少しも飽きさせることなく、はつらつとショーは進んでいく。

 「ねえ知ってる? イルカって、人間の心を安定させてくれるんだって。心が折れてる人が、イルカと触れ合って、立ち直ったりするらしいよ」

 「そうなんですか?」

 「うん、イルカセラピーって言われてるの。ホントに効果があるかどうかなんてわかんなくて、立ち直った気になってるだけかもしれないけどね」

 畑山さんは、時々、知的なのかそうじゃないのかわからない、「トリビアの泉」みたいな話をするときがある。だが、話題の引き出しが少ない僕から見たら、こうして会話をリードしてくれるのはありがたかった。

 楽しいことをしていると、時間の経つのが早い。早くも昼が近づき、空腹を覚えた僕たちは、施設内のフードコートで軽食を摂る。夏休み最初の週末とあって、結構な混み具合だった。

 昼からも引き続き、動物たちを見て回る。施設の外では真夏の日差しが降り注いでいるが、午後3時を過ぎる頃から、ほんの少しだけ気温が下がってくる。水族館を出た僕たちは、園内のアトラクションなどを見ながら歩く。とはいえ、相変わらずの暑さで、僕たちはアイスクリームを食べたりなどして、時を過ごす。

 そして、閉園まであと1時間を切った、午後4時過ぎ――。

 「あたし、今日は暑いから、外の乗り物は乗らないつもりだったけど、せっかく来たんだし、最後にあれ乗らない?」

 そう言って、畑山さんが指さしたのは観覧車だ。デートの最後を飾るには、ちょうどいいかもしれないと思い、僕は同意する。この時間になっても、夏本番の明るい園内ではまだ順番待ちをする人がいる。少しだけ待った後、僕たちを乗せた観覧車が動き出し、ゆっくりと高度を上げていく。空調の効いた観覧車の中は暑くなく、外を歩き回るよりはずっといい。僕は、またしても畑山さんのこの選択に感謝した。

 「わ、すごい。うちの町って、こんなに大きかったんだ!」

 観覧車が高度を上げ、町全体が一望できるようになると、畑山さんが叫ぶ。

 「ホントだ。こんなに大きいなんて思わなかった」

 「あたし、学校でお昼のとき、いつも利奈やゆっきーと屋上からの景色を見てるけど、全然違うね」

 畑山さんは感動したように言う。森本学園はこの町の郊外に位置しているが、この「カルチャーランドもりもと」は町の中心部に近い場所にある。学校の屋上から見る景色ほど緑が多くない代わり、林立するビル群が一望できる。僕たちをここまで育ててくれたふるさとの風景を、生まれて初めて親しくなった女の子と一緒に見ている。この幸せが永遠に続けばいいのに……。

 観覧車が頂上に近づくと、畑山さんの口数が減った。学校でいつも賑やかに、西野さんや杉田さんとおしゃべりし、男子と口喧嘩しても絶対に負けない畑山さんが、窓の外の景色を見ていた顔を正面に向けると、緊張した表情で僕と向き合う。畑山さんの唇の赤がいつもより鮮やかなことに、僕は朝から気付いていたが、ようやく、思っていたことを口にしてみる。

 「畑山さん、もしかして、お化粧……してます?」

 「今さら何言ってんの? 見ればわかるでしょ。こんな真夏にメイクなんかしても、どうせすぐ汗かいて崩れちゃうから意味がない、そんなことより若いうちは素肌を大切にしなさいって、お母さんには反対されたの。でも、どうしてもメイクしたいってわがまま言っちゃった。学校の外でデートするのは、あたしも今日が初めてだから……」

 畑山さんがそう言って下を向く。はにかむようなその仕草は、学校での凜とした姿からは想像もできなかった。学級委員として思い通りにクラスを動かし、この前の臨時学級会のように、僕をいじめていた男子さえも意のままにコントロールしてしまう。10年に一度の敏腕書記として生徒会の仕事を取り仕切る。そんないつもの畑山さんと、目の前の女の子が同一人物とは思えなかった。

 観覧車がいよいよ頂上にさしかかったとき、畑山さんが言った。

 「ねえ、こんなときって、やっぱり、キスとか、しなきゃいけないのかな?」

 「えっ? そ、そんなこと急に言われても……」

 予想もしない畑山さんの言葉に、僕は思わずうろたえる。いつもなら「何言ってんの? 冗談だよ、冗談」と笑い飛ばす畑山さんが、今日は緊張した面持ちで、まるで僕の出方を見定めようとしているようだった。本気で言っているのだろうか、それとも……? 頭の中がぐしゃぐしゃになる僕をよそに、畑山さんは、何事もなかったかのようにまた外の景色に目を向ける。結局、僕たち2人が何もできないうちに、観覧車は高度を下げ始め、やがて1周して戻った。

 観覧車を降りると、閉園時刻になった。学園外での初めてのデートはあっという間に終わりが近づく。閉園のアナウンスに追い立てられるように出口から退園する僕たち。日はすでに傾いていたが、それでも真夏、まだまだ暑かった。

 畑山さんと一緒にカルチャーランド駅まで歩く。電車に乗り、森本中央駅で一緒に降りる。ここから『玉井』までは、学校帰りと方向が逆になるだけで、同じ道だ。いつもの学校帰りとは違う風景を見ながら、また並んで一緒に歩く。

 「ねえ、安達?」

 不意に、畑山さんが僕の方を振り向きながら話しかけてくる。

 「あたし、安達とデートするのは、夏休みの間に1回だけのつもりだった。利奈にけしかけられて、ついつい勢いで約束しちゃったから。でもね、今日1日、安達と付き合ってみて、なんかいいなーと思ったら、もう1回したくなっちゃった。ねえ、夏休み中に、もう1回会わない? あ、もちろん登校日に学校でってのは、無しだよ。そんなの当たり前だから」

 「はい、いいですよ。畑山さんさえよければ、僕はいつでもいいです!」

 「じゃあさ、今度、花火に行こうよ。8月の上旬に、花火大会があるでしょ」

 「はい、僕も行きたいです。畑山さんと一緒に、また過ごしたいです」

 僕は思わず心の中でガッツポーズをした。予想だにしていなかった嬉しい言葉だった。畑山さんと2人きり、デートが、もう1回できる――。

 浮かれる僕の心を静めるように、いつもの見慣れた看板が視界に入り、現実に引き戻される。『玉井』の前にたどり着く。

 「今日はホント、楽しかったね」

 「はい。僕もです」

 「じゃあ、また会おうね! その前に登校日があるから、学校で会えるけどね」

 「はい」

 そう言って、学校帰りと同じように『玉井』の前で僕たちは別れ、それぞれの道を帰途についた。学校内や通学路以外で、生まれて初めての、女の子とのデート。遅刻さえなければ完璧だったのに、それだけが心残りだった。だが、全体的に見れば大成功だった。

 畑山さんは、今日のデートの間、生徒会書記の件をひとことも口にしなかった。信じて待ってくれているのか、それとも遊びモードのスイッチが入っているときに学校や生徒会の仕事のことを考えたくないのか。おそらく、その両方のような気がする。そのことが僕には嬉しくもあると同時に不安でもあった。

 今までと違う一歩を踏み出してみたいという気持ちがある反面、怖いと思う気持ちもある。書記になるためには生徒総会での選挙を経なければならないという事実が僕を不安にさせていた。選ぶのはあくまで全校生徒だ。その生徒たちの信任を、果たして自分が得られるのだろうか?

 だが、時間は待ってくれない。決断のときは2週間後に迫っていた。

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