第20話 インタビュー
1週間後。
『電撃的“恋人”発覚の生徒会“敏腕美少女書記”がすべてのギモンに答えます〜今、生徒会長に最も近い女子が語る、学業、仕事、恋愛』
でかでかと見出しが躍る最新の「森本ウィークリー」が、ガラス戸で覆われた掲示板に張り出された。学園新聞は、生徒に個人配布はされないが、新聞部のホームページに関係者専用のパスワードでログインすればダウンロードできる。事実上、個人配布と同様だった。しかも、悔しいことに、あたしがネタにされたこの2週間は新聞部ホームページへのアクセス、ダウンロードともにいつもの週より格段にいいという。みんな、なんだかんだ言ってゴシップや噂話が大好きなのだ。
『先週、電撃的に恋人の存在が発覚した生徒会一の敏腕にして美少女書記、畑山志織さん。現在、生徒会と本紙との関係がお世辞にも良好と言えない中で、本紙は彼女の独占取材に成功した。次の生徒会長と目される彼女は、この学園で、日々、何を思うのか。学業のこと、本紙との関係を含めた生徒会の仕事のこと、そして恋愛のことまで、森本のマリー・アントワネットは、意外にも気さくに語ってくれた』
「志織、相変わらず目立ちまくりだねぇ」
「仕方ないでしょ。取材に応じなかったら、余計にロクでもないこと書かれかねないし。これも作戦よ、作戦」
お昼休み。あたしはまた利奈、ゆっきーと一緒に屋上で昼食を食べていた。安達とのことが発覚してからも、それまでと変わらず接してくれる2人は本当にありがたい親友だ。ここは教室の喧噪や噂話からも逃れられる、あたしにとって最高の「待避場所」だった。
利奈に言った通り、あえて学園新聞の取材に応じたのはあたしの作戦だった。数年前、先輩方の時代に、生徒会で起きた使途不明金問題を新聞部が徹底追及して以降、両者の関係は最悪で、厳しい緊張関係にあった。新聞部の人たちは、あたしがまさかこんなに簡単に取材に応じるとは思っていなかったようだった。その意外性が、新聞部に好感を持って受け止められたのは確かだった。
取材を受けたいと浅田先輩、さつき先輩に言ったら、2人とも「受けていいよ」と言ってくれた。もっとも、さつき先輩には「何でも好きなように話していいけど、志織ちゃんは生徒会書記、それも事実上は筆頭書記だということを忘れないようにね」と釘を刺された。立場をわきまえて話をするように、という意味だとわかっていた。
それなら、なんでも好きなように話していいなんて言わないでよ、言ってることが矛盾してるじゃない、と心の中で思ったが、そんなことで先輩に口答えしても仕方がないと思える程度には、あたしも成長していた。
筆頭書記というのは、生徒会における正式の役職名ではなく通称だ。会長、副会長を除くメンバーは全員が書記と呼ばれ、先輩後輩の関係はあっても上下関係はないというのが生徒会の「公式見解」である。だが、書記の中で最も実力がある人は筆頭書記と呼ばれ、最大のイベントである生徒総会では、副会長と筆頭書記は会長の両隣に座るのが慣例となっている。筆頭書記席に座るのが1〜2年生の場合、その人の会長か副会長への就任は約束されたも同然だった。
誰が筆頭書記か、抜きん出た実力がある人がいて一般生徒にもはっきりわかる年もあれば、実力が拮抗していてはっきりしない年もある。要はその年の執行部内の状況次第だ。筆頭書記が誰なのかはっきりしない年には、生徒総会で誰が筆頭書記席に座るかをめぐって学園内で賭けが行われることもあった。もちろん金品は賭けられないが、負けた人が「掃除当番1週間」などの罰ゲーム付きで賭けをする生徒がいるのだ。
だが、一般生徒の間で今年、賭けが行われたという話は聞こえてこなかった。学園内の誰もが、次の生徒総会で筆頭書記席に座るのはあたしだと信じていた。だからこそ、さつき先輩はあたしに対し、立場にふさわしい発言をするよう釘を刺したのだ。
さつき先輩の話によると、男子部の過去の事情はわからないが、女子部では、筆頭書記のことを30年くらい前までは第一書記と呼んでいたという。東ヨーロッパなどの社会主義国で、共産党・労働者党のトップをそう呼んでいた時代があり、なんとなくカッコいいからという理由だけで、誰かがふざけてそう呼んだのがきっかけだったそうだが、社会主義国が相次いでなくなっていった時代に、カッコ悪いからこの呼び名をやめようという話になった。一度は首席書記と呼ぶようにしたものの、今度は発音しにくいととにかく不評で、結局は今の筆頭書記という呼び方に落ち着いている。
「ねえ、結局、取材に応じて、志織は正解だったと思ってんの?」
利奈の問いに、あたしは答える。
「もちろんだよ。先週はあたしのこと呼び捨てだった学園新聞が、今週は畑山志織“さん”になってるし、『生徒会一の敏腕美少女書記』だって、外見も実力も褒めてくれてるんだから、悪い気はしないよ」
記事とともに1面には写真も掲載されているが、あたしとインタビュアーの林部長、筆記担当の神田がテーブルを挟んで対談している様子が写っている。テーブルの上にはお茶とお菓子。『気さくに本紙と対談する書記の畑山さん。現在、次期生徒会長の最有力候補だ』とのキャプションが添えられ、先週とは打って変わった論調だった。
――現在、生徒会長の最有力候補と言われていることに対して、どう思っていますか? 畑山 悪い気はしないですが、選ぶのは全校生徒であって私ではありませんから、謙虚に受け止めたいと思っています。生徒会で日々の仕事をきちんとしながら、皆さんが「やれ」というのであればやるだけです。 ――それでは、別に野心を持っているわけではないと? 畑山 ええ。持ってません。私が生徒会長にふさわしいかどうかは、皆さんが決めることです。 ――現在、新聞部と生徒会とは、「例の1件」があってから、きわめて険悪な関係になったままです。畑山さんは、会長になれたら私たち新聞部との「関係を改善したい」とあらゆる機会におっしゃっていますが、そのお気持ちに変わりはない? 畑山 はい。学園新聞もジャーナリズムですから、私たち生徒会をチェックするというのが皆さんの使命だとわかっています。でも、せっかく同じ制服を着て、毎日、同じ校舎で学んでいる者同士なのですから、それだけであってもいけないと思っています。なんかこう、全校生徒がひとつになって、ひとつの目標に向かっていく、その中で、私たちのすることや目指しているものを、新聞部の皆さんにもっと前向きに書いてもらえるようにしなければいけないし、それを実現させるのも、生徒会での私の仕事だと思っているんです。 ――そうはいっても、この前、安達くんとのことが紙面に出たとき、畑山さん、うちの部員の胸ぐらをつかんでいましたけど? 畑山 本人を目の前にして、言いにくいのですが、本当に申し訳なかったです。自分が決めることではないですが、一応、会長候補と言われている私が、感情的で勢いまかせの行動を取るようではいけないと、深く反省しています。今後はこのようなことがないようにします。絶対に。 ――どこまでがプライバシーか、勝手に判断する権利が私たち新聞部にあるのかと、畑山さんはあの場で叫んでたようですが、そのお考えは今も同じですか? 畑山 いえいえ。感情にまかせての発言で、申し訳ありません。生徒会役員は、文句を言われる、批判される、反対されるのも仕事のうちだと思っています。それでも、新聞部の皆さんには、もう少しお手柔らかに願えないかなー、とは思っていますけど。 |
「志織、相変わらず優等生回答だねー。あたしだったら、特に最後の2つの質問とか、つい『うっせーんだよ』とか言ってしまいそうで絶対、こんなこと言えないわ。やっぱ生徒会役員なんて、あたしには務まらないなー」
新聞部のサイトからダウンロードした紙面を見ながら、感心したように利奈が言う。
「仕方ないじゃない? さつき先輩に、筆頭書記だという自覚を持って取材受けろって言われたんだもん。あんまりぶっ飛んだこと言えないよ」
「それにしたって、すごいじゃん。あたしには、逆立ちしても、こんな回答できないよ。……ま、ゆっきーは大丈夫と思うけどな」
利奈は、突然ゆっきーに話を振る。
「えー、私も無理だよー。志織って、うまいよね。見た目は謙虚に、丁寧に答えているように見えて、自分の意見は絶対、曲げないもん。私だったら、ついつい、曲げちゃうかなー」
「そこはあたしが一番、気をつけているところなんだけどね。利奈みたいに『うっせー』とかっていうのは論外だし、ゆっきーみたいに自分の意見を相手にあわせて曲げちゃうのもダメ。こういうのって、簡単なようで、難しいんだよ」
あたしは、珍しく2人を諭すように言った。
――さて、いよいよ安達くんとのことなんですが。 畑山 やっぱり来ますか(笑) ――ええ。そこは全校生徒が一番興味を持っているところですから。結局、公認にしたんですって? 畑山 はい。全校生徒の皆さんにも、そういうふうに思っていただいてかまいません。 ――学級委員になるまで、安達くんとは話したこともなかったんですって? 畑山 同じクラスになるのは、小学校時代を含めても初めてだし、どんな話題に興味があるのか最初はなかなかつかめなくて。 ――仕事を終わった後、一緒に帰るようになったのはどういう経緯で? 畑山 学級委員の仕事を終わって、帰ろうというときに、家の場所を聞いてみると、安達くんの家が途中まで同じルートだったんです。それで、せっかく途中まで同じ道なのに、別々に帰るのも寂しいと思って、声をかけてみたんです。最初はホント、何の気なしに。 ――いつも、帰り道で何を話してるの? 畑山 普通の雑談ですよ。でも、安達くんは学級委員が初めてなので、時々、仕事の相談を受けたりします。 ――歩きながら仕事を教えるの? 畑山 はい。車に気をつけながら。でも、仕事はその場にいないと教えるのは難しいので、帰り道で話すのは主に心構えの部分です。あとは、安達くんの気持ちが揺らいだりしたときに、気合いを入れる(笑)。 ――おお、なんか怖そう。安達くん、泣いたりしないの? 畑山 最近はがんばっていますよ。学級委員になりたての頃は、ここでは話せないようなことも、いろいろありましたけど。 ――ここでは話せないようなことって? 畑山 だからダメなんだってば(笑)。話せません。 ――私たちの取材によると、喫茶店に誘ったのは畑山さん、あなたの方からだ、ということになっているんですが。 畑山 さすがは2週間も私をつけ回しただけのことはあって、よく取材していますね(笑)。ええ、その通りですよ。 ――つけ回すとは失礼な(笑)。彼のどこが気に入ったんですか。 畑山 いろいろありますが、やっぱり一番大きいのは、ありのままの私を認めてくれた人生で最初の男子だったことですね。 ――ありのままの私を認めてくれた人生で最初の男子って? どういう意味? 畑山 安達くん以外の男子の皆さんは、私に対してとにかくうるさいんです。生意気女とかじゃじゃ馬とか、マリー・アントワネットとか。「森本(学園)10大悪女図鑑を作って、お前を1位にしてやる」と言われたこともあります。 ――それに対して、何と答えたの? 畑山 お好きにどうぞ、その図鑑、できたら私にも見せてね、と答えました。それくらいのことでヘコんでいたら、生徒会(役員)なんて、やってられませんから。 ――さすがですね。それでその図鑑、見せてもらえたんですか。 畑山 いいえ。作れなかったみたいです。 ――ほかに言われたことは? 畑山 「お前みたいな生意気な奴は、生徒会書記とか学級委員にはしてもいいけど、俺の彼女には絶対したくない」と面と向かって言われたこともあります。私、あんたに彼女にしてくれなんて頼んでないし(笑)。でも、安達くんはそんな私をありのままに認めてくれたんです。「自分の知らないことを知ってたり、自分にできないことができたりする人は、女子でも後輩でも、リスペクトできる」と言われたときは、嬉しかったですね。 ――今、畑山さん、「(笑)」ってなっている割には顔、全然笑ってないんだけど。 畑山 うるさいな。だいたい、こんなふうに(公認に)なってしまったのは、あなたたち新聞部のせいだっての、わかってる? 私、こんなに早く公認にする気はなかったのに。 ――こんなに早くってことは、いずれはするつもりだったの? 畑山 いずれはね。いつまでも隠し通せるわけもないですし。ただ、もうちょっとは隠せると思っていました。その点は私の見込みが甘かったし、あなたたち新聞部の執念に負けました(笑)。 ――それはともかく、すごいじゃない? 安達くん、私たちの取材によれば、1年生当時は存在感ゼロだったというもっぱらのウワサです。それが、ヘタをすると生徒会長の公認になるかもしれないんですよ。ものすごいシンデレラ・ストーリーじゃないですか。 畑山 一番驚いているのは本人だと思いますよ。最近、よく「疲れる」って言われます。あまりに急激な変化なので、いろいろと大変なんでしょうね。小学生から児童会委員をやって、慣れている私でもここ数日は疲れましたから。 ――そんなお疲れの中で、私どもの取材を受けてくださったことに感謝します。 畑山 これも広い意味で生徒会書記としての仕事のひとつだと思っています。何か聞きたいことがあるときは、私でよければいつでもお受けいたしますよ。 |
「安達がいくらヘタレだからって、一応男子だよ。普通、男子に向かって、シンデレラ・ストーリーって言うか?」
利奈がもっともな疑問を呈す。あたしは苦笑するしかなかった。新聞部の人たちも、安達を男子と思っていないのかもしれない。
「志織、素朴な疑問なんだけどー」
興味津々と言った様子でインタビュー記事を見ていたゆっきーが言う。
「大統領とか首相とかが男の人の場合、奥さんはファーストレディーって言うでしょ? でも、逆だったらなんて言うのかな。例えば、メルケル首相の旦那さんの場合、ファースト……何だろう?」
「誰だ、メルカトルって?」
ゆっきーがまじめに聞いているのを、利奈が混ぜ返す。
「メルカトルは地図の図法だよー。そうじゃなくて、アンゲラ・メルケルさん。ドイツの首相を、今、女の人がやってるの」
ゆっきーがすかさず答える。
「奥さんがファーストレディーだから、たぶんその逆。ファーストジェントルマンって、言うんじゃね?」
利奈は、調べもせず、ゆっきーの質問に適当に答える。
「そんな単語、聞いたことないよ。利奈、適当に答えないの! 正しくは、ファースト・バズバンドって言うみたい」
あたしがそう言うと、利奈は、
「レディーの反対語なのに、なんでハズバンドなんだよ? ハズバンドは夫の意味だから、反対語ならワイフ(妻)じゃないとおかしいし、レディーの反対語だったらジェントルマンじゃないとおかしいだろ」
と自説にこだわり続けている。あたしは、知らないよそんなの、と少し面倒くさげに答える。
「じゃあ、志織がもし生徒会長になったら、安達はファースト・ハズバンドっつーわけだ」
利奈が意地悪な笑みを浮かべながら言う。あたしは、間違ってもその言葉は使わないよう利奈に釘を刺す。そうじゃなくても、公認になって以来、安達と夫婦とか言われて迷惑してるのに、ハズバンドなんて言われた日には、冷やかしがもっと加速しかねない。
「あーはいはい。あたしのことはもういいから、あんたたちは自分の勉強をしなさい勉強を! 特に利奈! そんなことじゃ、マジで高等部に上がれないよ」
ヤケになって、あたしは叫んだ。昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴る。あたしはほっと一息つく。
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「あなたが安達くん? へー、こいつが志織の公認かー」
教室への道を歩いていると、僕はいきなり女子に話しかけられる。
「あんたが安達? イケメンじゃないし、あたし好みでもないけど、まー、悪くはないかもね」
別の女子が、まるで僕を品評でもするかのように通り過ぎる。初対面の僕にいきなりイケメンじゃないなんて、失礼にもほどがあると思ったが、畑山さんほどではないにしても、気の強そうな目の前の女子に向かって言葉が出なかった。
「安達先輩!」
そう言って、僕の肩をぽんと叩く、またまた別の女子。履いている靴の色から見て、1年生だった。
「安達先輩ですよね? あたし、1-Bの篠田って言います。生徒会で、いつも志織先輩には大変お世話になってます! よろしくお願いしますね」
元気いっぱいにそう答える1年生の女子。名札には、確かに篠田という文字があった。
「あ、ああ。どうも。こっちこそよろしく……」
ようやく僕は、何とか言葉をひねり出す。畑山さんと一緒に学級委員になるまで、女子に話しかけられるなんて皆無だったこの僕が、今、ひっきりなしに話しかけられる。何もかもがあまりに急激に変わってしまい、僕はまだ、何が起きているのかわからずにいた。