第15話 学級会


 「無理です! そんなの絶対無理! 僕にはできないです!」 

 5月の連休も終わり、鬱陶しい梅雨の到来を間近に思わせる、どんよりした空模様の日。西日が差し込むこともなく、やや陰鬱な放課後の教室で、僕は全力で否定していた。畑山さんに、今度、1回、学級会を仕切ってみないかと言われたのだ。仕切るとは、司会進行をするということ。女子の顔を見て、ちゃんと話せるようになってきたのだってつい最近なのに、みんなの前でしゃべるなんて……

 「なんで? できるかできないかなんて、やってみないとわかんないじゃない?」

 畑山さんは、なおも僕を説得するように言う。確かに、これまでの学級会は、みんなに人気のある畑山さんに仕切ってもらい、僕は、みんなの意見や提案をもっぱら黒板に板書したりするのが担当だった。気が強くて、口が達者な畑山さんは、茶化したり、話を脱線させたり、自分勝手な主張をする人が現れたりしても、ちゃんと抑え、話を本筋に戻し、最後には結論に持って行ってくれる。そのせいか、小学生時代から毎年のように学級委員をやっていて、手慣れたものだった。

 「でも、自信がないです」

 「最初は誰だって自信がないもの。最初から自信満々の人がいたら、そっちの方が怖いよ。でも、安達、今までだって、できないできないって言っていた委員の仕事、全部できるようになったじゃない?」

 「それは、畑山さんがアドバイスしてくれて、手伝ってくれたからです」

 「それだって、できたことには変わりないでしょ。もっと自信を持ちなよ」

 「今までの仕事は、自分の努力でなんとかなるものだったからです。でも、学級会は違います。相手がいるし、僕が何か言ったら加藤たちが茶化すに決まってます」

 「そんなの、怒鳴りつけてやればいいのよ。あんたたちが学級委員、押しつけておいて、言うこと聞かないなんて最低、自分たちが選んだのなら言うこと聞け。それが嫌ならあんたがやれば? あたしならそう言うけどな」

 「そんなことが言えるのは、畑山さんだからです。僕は、そんなこと……」

 僕は思わず下を向いた。だが、畑山さんは引き下がらない。

 「変なこという奴がいたら、あたしも注意するから。安達ひとりに全部やれなんて言うつもりはないし。それに、次の学級会は伝達事項を担当の委員さんに伝えるだけ。もめるような議題はないし、決めごとをするときのような、コントロール不能なことには絶対にならないから。だからこそ、こういうときに一度、司会をやって安達に自信をつけてほしいの」

 僕はまだ沈黙していた。僕の決意を促すように、畑山さんは言った。

 「一通りの仕事をこなせるようになったんだから、安達にはこの辺で少しステップアップしてほしいと思ってるの。いい機会だと思うけど? ま、安達は、学級委員の仕事をやりますって言うのにも時間がかかったわけだし、いきなり今日、この場で決心しろとまでは言わないよ。学級会はあさってだから、そうね、明日午前中。そこまでに決心をしてきて。絶対だよ」

 「やっぱり、やらなきゃいけないんですか?」

 僕は、小さな声で言った。

 「うん。やらなきゃダメ。安達が今後、楽しい学園生活を送りたかったら、避けて通ることはできない道なんだよ」

 畑山さんは、何とか司会をやらなくて済むようにしようと思っていた僕の期待をあっけなく打ち砕いた。いつもながら強引だけど、そのおかげで僕がここまで来れたことも事実だ。1年生のときは空気のように存在すら無視されていた僕が学級委員になったことによって、西野さんや杉田さんなどとも話すようになり、次第に教室の中に居場所ができはじめていた。

 「じゃあ安達、今日は残念だけど、1人で帰って。あたし、これから利奈やゆっきーが待ってるの。駅前のスイーツ屋に行かなきゃ。早くしないと、一番おいしいのがなくなっちゃう!」

 畑山さんは笑顔でそう言った。友だち付き合いも多い畑山さんは、放課後もこうして女子同士で寄り道をしながらお菓子の食べ歩きをしている。女子同士の付き合いが最優先で、それがないときは僕と一緒に帰る、というのが畑山さんの基本的なスタイルだった。女の子って大変だなぁと思う。

 「畑山さん、ごめんなさい。僕のせいで遅れるなんて。間に合いますか?」

 「走れば間に合う! 安達、教室の鍵は返しといて!」

 僕は、はい、と返事をした。畑山さんが僕に投げた鍵を、僕は両手で受け取る。

 「お! ナイスキャッチ! それじゃあね!」

 畑山さんは、そう言うと、小走りに教室を出て行った。

 畑山さんが投げた鍵を、僕が両手でうまくつかむ。それを見た畑山さんが「ナイスキャッチ!」と言う――僕は、思わず「あの日」の光景を思い浮かべた。学級委員として、僕が畑山さんと初めて対面した放課後。今さら学級委員をできないとか、やりたくないなんて絶対許さないと怒鳴りつけられた挙げ句、明日までに決心してくるよう、あの日も言われたっけ……そんなことを、僕はしみじみと思い出していた。

 でも、あれから1ヶ月半しか経ってないのに、僕と畑山さんの関係はずいぶん変わった。最近は怒鳴りつけられることもほとんどなくなっていた。たまに叱られることはあるけれど、畑山さんの言葉遣いもずいぶん優しくなった。畑山さんに時間があれば、一緒に帰ることも多くなっていた。

 最近、加藤と山下が、僕と目を合わせるたびにおもしろくなさそうにしているのを見ると楽しくなる。あいつら、きっと僕が畑山さんに嫌われ、罵倒され、いじめ倒されるのを見て楽しもうと、僕に学級委員を押しつけたに違いなかった。だけど、まさか僕が畑山さんに評価されるとは思っていなかったに違いない。

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 「そう! 良かった! 絶対、安達はそう言ってくれると思ってたよ」

 翌日の休み時間。僕が、司会を一度、やってみますと返事をすると、畑山さんはそう言った。

 「へえ。安達、司会やるんだ。頑張りなよ。騒ぐ奴、言うこと聞かない奴がいたら、あたしが潰してやるから」

 「利奈。言葉遣いが乱暴だよー」

 グランドを眼下に見渡す窓際の席で、お行儀悪く机に腰掛けた西野さんが言う。杉田さんがすかさずツッコミを入れる。相変わらず、この仲良しトリオは賑やかだ。西野さんも、特に最近、僕には何となく優しい。あの「秘密のノート」を見られて以来、明らかに「仲良しトリオ」の僕への評価は好転したようだった。

 ――そして、帰りのホームルームで。

 「学級会を行います。いつもはあたしが司会をしてますが、今日は伝達事項だけですし、練習の意味も込めて、初めて、安達に司会をしてもらいます。じゃあよろしく」

と、畑山さんが僕に振った。

 「お、なんだよ安達。お前に司会なんてできるのかよ。お前の言うことなんか、俺は絶対聞かないからな」

 加藤が予想通り、僕を茶化す。

 「うっさいな。あんた自分が学級委員、安達に押しつけたクセに、安達が言ったことは聞かないとか、バカじゃないの?」

 畑山さんも負けておらず、先日、僕に言ったとおりのセリフで言い返す。

 「なんだと! 俺が押しつけたって証拠あんのかよ? 勝手に犯人扱いすんじゃねえよ!」

 加藤が、往生際悪く畑山さんの揚げ足をとる。

 「自分が選んだ委員の言うことに文句があるなら、委員、あんたがやれば?」

 畑山さんはさすがだ。加藤の不毛な挑発には乗らず、正論で切り返す。加藤はよほど畑山さんが苦手なのか、正論に反論するのに疲れたのか、おもしろくなさそうな表情をすると、そのまま目を逸らして静かになった。畑山さんが「いいよ」と言いたげに目配せをしたので、僕は、あらかじめ打ち合わせたとおり、各委員会の開催などを報告する。

 「……というわけで、春の全学園美化週間が再来週から始まります。清掃委員の皆さんは、来週月曜の放課後、清掃委員会がありますので、必ず出席するようにしてください。他に、何か質問はありますか」

 特に質問は出なかった。僕は、

 「それでは、これで学級会を終わります」

と閉会を告げた。畑山さんが作ってくれた「学級会進行シナリオ」が大いに役立った。

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