第14話 学園に愛と正義を


 「畑山さん、気になっていることがあるんですけど」

 生徒会の応接室で安達にいじめの事実を告げてから1週間後の帰り道。あたしは、また安達を喫茶「カルチェ・ラタン」に誘っていた。ここのスイーツはおいしいし、学生は半額なのが本当にありがたい。乃亜さんも、個性的だけど悪い人じゃないし。

 「この前、畑山さんが言ってた“秘密兵器”ってなんですか? その気になれば、僕へのいじめなんて“秘密兵器”を発動してでも止めてやるって、この前、言ってましたよね」

 「ああ、あれのこと? ま、隠すことでもないけど」

 あたしは紅茶をゆっくり飲むと、カップを置き、話した。

 森本学園がまだ男子部と女子部で別々だった頃、女子部で、いじめを原因にしてひとりの生徒が自殺する事件があった。遺書には、自分をいじめていたクラスメートら数人の実名とともに、『これから、こいつらが狂い死ぬまで枕元に毎晩、化けて出てやる』という壮絶な内容が書かれていたという。

 事件はマスコミ報道され、社会的にも大きな関心を集めた。森本学園は社会的に糾弾され、一時は学園存亡の危機に陥った。入学志望者の数も減るのを見て、教職員も危機感から学校改革に動いたが、当時、最も学園の危機を感じて果敢に行動したのは当の女子部の生徒たちだった。

 生徒たちは、真剣にいじめをなくすにはどうしたらいいか考え、「学園に愛と正義を」のスローガンが全てのクラスに掲げられた。同時に、「傍観はいじめへの加担である」との宣言が生徒総会で行われ、いじめを見かけた場合は直ちにやめさせ、根絶するために行動することが森本女子の規範であるとされた。さらに、いじめが起きているのに生徒の間で根絶への動きが鈍いと思われるときは、「クラスまたは学園で最も責任ある立場の生徒」は他の生徒に対し、いじめをやめさせ根絶するための行動を直ちに取るよう命じることができ、その場合、他の全生徒は一致団結してそのための行動を取るべきと決められた。

 その後、男子部と女子部が統合され共学化した際、教室から「学園に愛と正義を」のスローガンこそ撤去されたが、この「女子部精神」は生徒たちに引き継がれた。今なお、女子の新入生だけを集めた入学式直後の「全校大女子会」と呼ばれるオリエンテーションの場で、先輩女子から新入生女子にその精神は叩き込まれる。そして、「クラスまたは学園で最も責任ある立場の女子生徒」には、愛と正義に反することが学園内で行われているとき、是正のための行動を取るよう他の女子全員に命じる権限が今もある。……もっとも、発動されたことは学園単位では一度もなく、クラス単位でも数年に1回、あるかないか程度とのことだが。

 「この命令を出すことが、あたしの言ってた”秘密兵器“って意味だよ」

 「そうだったんですね。クラスまたは学園で最も責任ある立場の女子生徒って、誰のことなんですか?」

 「各クラスでは女子の学級委員。クラスの女子の中に生徒会役員がいる場合は、その生徒にも発動権があるといわれているけどね。そして学園全体では、生徒会で最も上位の役職にある女子生徒、となってるんだけどね。今は、さつき先輩が副会長だから、学園全体での発動権はさつき先輩が持ってるの」

 「それだったら、はっきり学級委員とか生徒会役員って決めちゃえばいいじゃないですか」

 「そう思うでしょ? でも、もしそう決めちゃった場合、学級委員や生徒会役員の生徒自身がいじめっ子だったらどうするの?」

 あたしがそう尋ねると、安達は黙り込んだ。

 「困るでしょ? そういう場合に、他の生徒も発動権を持てるようにするために、あえてはっきり決めてないの」

 「なるほど、そうだったんですね」

 「だから、うちのクラスでは今、それを発動する権限はあたしが持ってる。後期になって学級委員から外れても、生徒会書記をしているあたしには発動権がある。そういうわけで、自分で言うのもなんだけど、あたしは学園で最強の立場を持ってるってわけ。安達を守るくらい、わけないよ」

 「でも、そう考えると、女子の学級委員って、しっかりした人を選ばないといけないですよね。日頃からみんなにリスペクトされていて、いざそのときが来たら、みんなが言うことを聞いてくれる人じゃないと……」

 「そうだよ。だから誰でもいいっていうわけにいかないの。その点が男子の学級委員と違うところかな。安達に対して失礼な言い方になるけど、あみだくじで適当に選んだ人でも務まってしまう男子の学級委員と“格”が違うんだからね!」

 「そうなんですね。改めて、畑山さんの凄さを実感しました。学級委員でさえそうなのに、生徒会書記なんて、凄いです」

 あたしは少しずっこけそうになる。格が違うなんて言われて、少しは悔しそうな顔、するかと思ったのに。

 「あと、畑山さん、さつき先輩って、やっぱり5月生まれなんですか?」

 「そうだよ。名前見ればわかるでしょ。……あ、それで安達、一応言っておくけど、森本では女子同士なら下の名前で呼び合ってもいいルールになってるし、先輩って敬称付ければ上級生でも下の名前で呼んでいいことになってる。だからあたしはさつき先輩って呼んでるけど、このルールが男子にも適用されるかどうかはわからないから、安達は一応、本人の前では木村先輩って名字で呼んでね」

 あたしは安達に注意を促す。これまで班長の経験もなく、学級委員すら初めての安達は、いわば「世間知らず」で森本のルールなんて知らなくてもやってこれた。でも、今は違う。学級委員はクラスを代表していろんな会議に出ることもあるから、誰かが教えてあげないと安達が恥をかくかもしれない。

 「あ、はい。わかりました。畑山さんは、後輩から何て呼ばれてるんですか?」

 「1年女子からは志織先輩って呼ばれてるし、1年男子からは畑山先輩って呼ばれてるよ」

 「僕もこれからは気をつけますね。……それにしても、『学園に愛と正義を』って、凄いスローガンですよね」

 「ホントは『学園に愛と正義を、然(しか)らずんば森本女子に非(あら)ず』なんだけど、長いから前半部分だけが有名になったの。後半部分は古文みたいだけど、当時はそういう大げさな表現をしないと、やってられなかったのかもしれないね」

 「当時の生徒はみんな、大変だったんですね。なんか、男子部はそんな苦労も知らず、のほほんとしていて、いいのかなって思いました」

 「そういうふうに思えるだけ安達は立派だよ。思えない人のほうが大半なんだから。その感覚は大事にしてね」

 あたしたちが注文したケーキと飲み物は、すでに空になっていた。ちらりと時計を見る。もうすぐ6時になろうとするところだった。

 「さてと、しゃべりすぎて遅くなっちゃったね。帰るかな」

 「はい。……畑山さんとこうしてしゃべってると、時間の経つのが早いです。女子と話すのがこんなに楽しいなんて、思ってませんでした」

 安達は、あたしとの時間をのんきに楽しんでいる。「女子と話すのが楽しい」って……ホントはあたしが会話をリードしてあげてるだけなんだけど、それに気づけ、なんて求めるのは、まだコイツには無理だろうな。

 「ありがと。乃亜さ〜ん、会計お願いします!」

 あたしは元気に乃亜さんを呼んだ。安達が、先日のお礼に今日は自分が200円、余計に払いたいと言う。よく話を聞いてみると、安達はご両親と交渉してお小遣いの値上げを勝ち取った上、あたしに返す分として200円ももらえたらしい。なかなかやるじゃないか。

 あたしは、安達の厚意に甘えることにする。これまでさんざん助けてあげたんだし、これくらいのわがまま、神様もたぶん許してくれるよね?

 支払いを済ませたあたしと安達は「カルチェ・ラタン」を出た。今日ははっきりしない曇り空で、辺りは暗くなり始めていた。だが、そんな空模様とはうらはらに、あたしは手応えを感じていた。安達が学級委員として、着実に成長していると実感できることが何よりも嬉しかった。

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