第11話 秘密のノートと続く悪夢


 「ねえ、志織。ちょっと、教室では話せない、ここだけでしか話せないことなんだけど」

 いつものように、あたしたち3人組は、晴れ渡った屋上で仲良くお昼を食べている。話の口火を切るのは、今日も利奈だ。

 「こないだ、ゆっきーが掃除当番をしていたとき、うちの教室のゴミ箱から、こんなものが見つかったんだよね」

 そう言って、利奈は制服のポケットから、クシャクシャに丸められた紙を取り出した。広げて、あたしに見せる。それは、先日、安達がなくしたと言っていたプリントだった。B組の小夜が、機転を利かせてうちのクラスの分もコピーしてくれて、先日、クラス全員に配布したばかりだった。

 「なに、これ。こないだ配ったプリントじゃない? これがなんでゴミ箱の中から――って、まさか」

 あたしは、一瞬ですべてを理解した。なるほどね。安達へのいじめがなくなったように見えたけど、見えないところで続いてるってワケだ。やったのは、また加藤と山下だろう。利奈も同じ見解だった。

 「私、誰か知らないけど、絶対許せないよー。志織も、そうだよね?」

 ゆっきーが、不安そうにあたしの方を見ながら言う。当然だ。安達は確かにヘタレだけど、あたしにとって、うちのクラスでたったひとりの学級委員仲間。そのあたしの仲間にこんなことするなんて、誰だか知らないけど、いい度胸してるじゃないの。

 利奈は、証拠を見つけ、やった人物を特定し、懲らしめるべきだと言う。あたしも異論はないけど、安達はどう思うだろうか。

 「それより、志織。このこと、安達に伝える? どうする?」

 う〜ん、どうしよう。

 「安達が、自分がなくしたと思ってヘコんでるんだったら、あんたがなくしたわけじゃないよって励ます意味でも伝える方がいいとは思うけど。でも、安達の場合、伝えたらショック受けて、安心するより先に泣き出すかもね」

 あたしもそう思った。安達は、あたしが想像していたよりもずっと繊細でヘタレだと、ようやく最近わかってきたところだ。利奈の言うとおり、自分がプリントをなくしたと思って自分を責めている安達の濡れ衣を晴らすため、本人に伝えるべきだとは思う。だけど教室でそれを伝えるのは無理がある。あたしは、考えをまとめながら、時間稼ぎのため水筒のお茶を飲む。

 「もし安達に言うとしたら、誰が言うの?」

 あたしは聞く。

 「そりゃ、志織に決まってんでしょ。学級委員の仲間なんだし」

 利奈は事も無げに答える。やっぱりあたしかいっ! 

 「志織なら、学級委員の仕事のフリして言えば怪しまれないしね。あたしやゆっきーじゃ、日頃接点がないから怪しまれそうだしさー」

 「あたしが話すよ。生徒会室の奥に応接室があるから、そこなら大丈夫でしょ。他の人の出入りをシャットアウトすれば、安達が泣き出しても何とかなりそうだし」

 「それがいいね。志織、励ましてやりなよ」

 利奈はそう言ってあたしの背中を押してくれた。なんでも相談できて、いつも的確なアドバイスをくれる利奈の存在に、あたしはいつも感謝している。やっぱり、持つべきものは親友だと思う。

 利奈は、今後、安達が杉本先生から預かったプリント類をあたしが全部預かって管理してはどうかと言う。あたしが管理していれば、加藤や山下も、手が出せないだろうというのがその理由だ。安達がせっかく学級委員の仕事を少し覚えてきたのに、ここで半人前扱いに戻すみたいで、嫌だけど仕方ない。あたしは利奈の提案を受け入れた。

 「あ、それとね、志織。これ、資料室に落ちてたらしいよ。小夜が見つけて拾ってくれて、多分安達くんの物だと思うから渡してくれって、私が頼まれたのー」

 今度はゆっきーが話を切り出す。見るとそれは大学ノートだった。表紙に『畑山さんに言われたことを書いておくノート』とタイトルが付けてある。

 「間違いないよ。そのタイトルからして安達の物だと思うから、あたしが後で渡しておくね。――でもそのタイトル、何とかならないのかねー。せめて『学級委員ノート』とかにすればいいのに」

 あたしのそのツッコミで、3人、思わず笑った。

 「私、見ちゃいけない、いけないと思いながら、誘惑に負けて少し見ちゃった。安達くん、細かいことまでちゃんとこのノートに書いてあって、がんばってるよ」

 「そう。仕方ないよ。落とす方も悪いんだから。見るのはエチケットに反するけどね」

 そう言いながらも、あたしもどんなことが書いてあるのか気になって仕方なかった。――ごめんね、安達。心の中で安達にそう詫びながら、あたしも誘惑に負けて、パラパラとページをめくってみる。

 『交通安全運動のプリントは、毎年この時期(4月下旬)。全員にコピーして、配って終わり。文化祭の希望アンケートもコピーして全員に配るが、回答して出してもらう』

 『コピー機は資料室(職員室の横の、看板も鍵もかかってない部屋)。コピーをする前、終わった後は、必ずカウンターの枚数を確認し、ノートに書く。コピー機の用紙が切れたときは、資料室の隅にある』

 『あみだくじで学級委員にされたことに納得がいかないと言ったら、畑山さんから「お花はどんな狭い花壇でも日当たりが悪くてもちゃんと咲く。あなたも文句を言わないでちゃんとあのお花のように咲きなさい」と言われた。まだ納得できないけど、もし結果を残せなかったら、僕は花壇のお花以下ってことになるんだろうか。――悔しいから少しがんばってみようと思う』

 『コピー料金は、紙が大きくても小さくても同じらしく、納得がいかない。でもそのおかげで、A4を横に2枚並べてA3にすると、料金が半分になる』

 『「逃げないで、せいいっぱい努力する」しかない僕に学級委員が務まるか聞いたら、畑山さんは「務まるように自分が何とかする」と言ってくれた。畑山さんに余計な気をつかわせなくてすむよう、早く仕事を覚えたい』

 『「泣いてしまったときは、悲し涙じゃなくて悔し涙だと思いなさい」と言われた。気持ちの持ち方で物事は変わると言われたけれど、本当にそんなことで変わるんだろうか。でも、経験者の畑山さんがそう言っているのだから、だまされたつもりで明日からは悲しいじゃなくて悔しいだと思ってみることにする』

 『コピーが終わった後は、機械任せにしないで自分でもクラスの全員分(30枚)あるかどうか、枚数を必ず数えて確認する! この前、この確認を忘れて畑山さんに怒られた。そのときは、いちいちうるさいと腹が立ったが、よく考えてみると、後で枚数が合わなかったときに困るのは自分だから、畑山さんは僕のためを思って言ってくれているんだとわかった。つまらないことで腹が立ってしまう自分を反省した』

 『今日は、プリントをなくした。正直に畑山さんに話して謝った。怒られるかと思ったら意外に怒られなかった。東原さんにコピーしてもらえて助かったが、東原さんとしゃべってばかりいたら、「お礼はちゃんと言いなさい」と最後の最後で怒られた。次からきちんとお礼やあいさつはする。ミスをしても、早めに自分から言って、謝る方が後がスムーズに進むらしい』

 あたしは胸が熱くなった。まさか安達が、陰でこんなに努力してたなんて。学級委員が初めてという割には、最近、妙に仕事の飲み込みが早いと思ったら、こういうことだったのか。あたしに言いたい放題に言われ、悔しく思いながらも、拗(す)ねたりしないでしっかりと受け止めようとしてくれていることも嬉しかった。

 「安達、人知れず、がんばってるんだ」

 あたしは思わずつぶやいた。それを聞いていたゆっきーが言った。

 「ね、志織もそう思うでしょ。安達くん、偉いね。だから余計に、こんな一生懸命な子をいじめる人、絶対許さないから」

 ゆっきーは、普段はおっとりしているけれど、こんなときは意外に正義感が強く、頼もしい。

 「志織、あんた、なんだかんだ言って結構、安達の面倒をよく見てるね。仕事のやり方から学級委員の心構えまで。その上、逃げないで精いっぱいがんばるんだったら、後はあたしが何とかするなんて、そんなカッコいいセリフ、なかなかさらっと言えないもんだよ」

 利奈が感心したように言う。でも、仕方ない。安達は今まで班長もしたことがないホントの素人なんだし。安達が仕事を少しでもしやすくなるように考えてあげるのも、学級委員の先輩として、あたしの役目だと思うから。

 「あたし、今まで、安達を結構厳しく怒ったりしてた。でも、これからは少し、頑張りを認めてやろうかな。利奈、ゆっきー、いろいろありがと」

 あたしは2人にお礼を言った。昼休みも終わりが近づいていた。

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