第4話 ヘタレ男子は世話が焼ける


 「ああ、もう。何やってんのかしら。あたしのバカ!」

 仲良しトリオで寄り道をした帰り道。あたしは人目をはばからず叫んだ。明日が提出期限だった生徒会の書類を教室に置き忘れてしまったのだ。

 「何やってんの。ドジだね〜」

 「はいはい、好きに言ってなさい!」

 思いっきりバカにする利奈に、精いっぱいの負け惜しみで返す。自他ともに認める負けず嫌いのあたし、こんなことくらいで落ち込んでいる暇はなかった。

 あたしは生徒会の書記をやっている。小学生の時から児童会委員の経験もあるから、どういう仕事かはわかっているつもりだったが、入ってみて驚いたのは、とにかく自由度が高いことだ。「職員会議の操り人形」などと言われる公立中学校の生徒会と違って、森本学園の生徒会は先生方からかなり独立していて、生徒の自由裁量が大きかった。特に生徒会長は、副会長以下、他のメンバーと話し合って同意を取り付ければたいていのことは決められる。あたしはそんな生徒会が好きで、やりがいも感じていた。自分で言うのもおかしいが、3年の先輩方にも「10年に1度の敏腕書記」と言われていて、くすぐったく感じながらも、それを誇りに思ってもいる。

 後輩にも、きっと慕われている――はず。「お前のことが怖くて後輩が言うことを聞いているだけだ」と悪口を言う男子もいるが、あたしはまったく気にしていない。

 「頑張ってね〜」

 そう言って冷やかす利奈、ゆっきーと別れ、あたしは学校への道を急ぐ。しっかり者と思われているが、あたしはこうして時々忘れ物をすることがある。もっとも、忘れ物の原因は忙しさだ。学級委員に加え、生徒会書記を務め、仲良しトリオはじめ女子同士のつきあいも頻繁にあるととにかく忙しかった。単にボーッとしてネジが1〜2本抜けていることが原因の男子の忘れ物とは違うと、自分では思っている。

 5時までに学校に着けるかと、あたしは不安になった。森本学園では、下校時間も一段落する夕方5時になると用務員が正門を閉めてしまう。もちろん、部活動などで残っている生徒がいるから正門に鍵はかけられないが、5時を過ぎてしまうと、あの重い校門を自分で開けなければならない。か弱い(?)あたしにはそれが嫌だった。

 利奈、ゆっきーと別れてから約15分後の午後4時58分。あたしは走って校門から校内に滑り込む。ギリギリ間に合った。校門を閉めに向かう用務員とすれ違う。

 「今ごろ何しに来たんだい?」

 「忘れ物です!」

 元気に聞いてくる用務員のお兄さんに、あたしも元気に答える。お兄さんは結構イケメンで、女子の中にはお兄さんと話したくてわざわざ5時きっかりに終わる部活に、好きでもないのに入ってる生徒もいるらしい。でも、お兄さんには悪いけど、あたしはあまりタイプじゃなかった。じゃあどんな男子がタイプかと聞かれると、あまり自分でもよくわかっていないが。

 校舎内の下駄箱で靴を履き替え、職員室に入る。先生方は会議が続いているらしく、あたしは、各教室の鍵を保管している職員室の隅のキーボックスにそっと近づく。2-Cの鍵が、なぜかそこにはない。

 まだ誰か残ってるんだと不思議に思いながら、あたしはそのまま教室に向かう。しばらく歩き、2-Cの教室の前に着く。誰かが残っているはずなのに照明は点いていない。今日は天気が良く、西日が差し込む教室は明るかったから、問題は何もないが。

 がらりと、あたしは勢いよくドアを開ける。ドアの向こうに人影があった。男子生徒が机に突っ伏している。そのしょぼくれた、悲哀漂う姿に見覚えがあった。

 「……安達?」

 あたしが思わずそう言うと、机に突っ伏していた人影が驚いたように顔を上げた。

 「え、あの、その、……は、畑山さん? ど、どうしたんですか?」

 西日が差しているせいで、思いっきり逆光になっているその顔は、なぜか原因不明の涙に濡れているようだった。しかもこの展開を予想していなかったらしく、かなり慌てている。

 「忘れ物を取りに来たのよ。用がないなら、こんなところに残ってないでさっさと帰ったら?」

 あたしは、わざとけんか腰で言ってみる。あたしが何を質問しても答えないで黙っているような奴には、これくらい仕返ししても罰は当たらないと思うから。

 「いえ、ちょっと学級委員の、仕事が……」

 「ふーん。あんた、学級委員なんて無理なんじゃなかったの?」

 あたしは、自分でもわかるほどの冷たい、じっとりとした視線を安達に向ける。安達の顔に怯えたような表情が浮かぶ。

 「そんなこと……。その、この前、……よろしくお願いしますって、言ったじゃないですか」

 そう言いながら、目の前のヘタレ男子――安達が精いっぱい強がっているのがおかしいくらいにわかった。全身をぶるぶると震わせて、強がっているつもりだろうけど、強がりにさえなっていない。

 「その場しのぎで苦し紛れにそう言っただけでしょ。あんたの学級委員の決心がまだついてないこと、あたしが知らないとでも思ってたの?」

 あたしのその一撃で、安達は黙り込んだ。反撃できなくなると黙ってしまうのがこいつの性格だと少しわかってきたので、あたしは、安達を追い詰めないようにできるだけ優しくしゃべってあげようと思い始めていた。でも、感情が高ぶると、ついこうして強く言ってしまうことがあった。

 「あ、あの、畑山さん、……助けてくださいっ!」

 下を向いた姿勢からようやく顔を上げ、安達はあたしに懇願してきた。間違いなくその顔は涙で濡れていた。

 「あんた、何泣いてんの?」

 あたしはそう尋ねたが、安達はまた黙り込む。

 「助けてって、何をどう助ければいいのよ。ちゃんと説明してくれないと、わかんないじゃない?」

 少し苛立ってしまい、あたしは、また安達にきつい言葉を投げつけていた。教室のドアを閉め、ゆっくりと歩く。安達の席を通り過ぎたあたしは、安達の席の隣、1つグラウンド側の席を選ぶと、椅子を引き出して座った。

 わざわざこの席を選んで座ったのには計算があった。森本学園の校舎は、他の学校と同じように夕方に西日が差し込む方角に建てられている。今日のように天気の良い日は、グラウンド側の窓から容赦なく西日が差し込む。太陽を背にして座れば、安達はあたしと向き合うため、太陽に顔を向けることになる。こういう口下手で、言葉の少ない相手の気持ちを読み取るためには、表情の変化など言葉以外の情報が必要だ。安達が、夕日に顔を向けてくれればその表情が読み取れる。

 これが、警察などの取調室でよく使われる手法だということを、いくつかの推理小説であたしは知っていた。取調室では、たいていの場合、被疑者が太陽を正面に見る形で座らされる。刑事や検事はたいてい、太陽を背にして被疑者と向かい合う。刑事や検事からは被疑者の表情がよく見える一方、被疑者は刑事や検事の顔が逆光状態となるため、その表情をうかがい知ることは難しく、取り調べる側が圧倒的に有利になるのだ。

 「安達、こっちを向いて。あたしの目を見て話して」

 あたしは、安達の顔が太陽に照らされるように仕向けた。安達は、この間の経過を素直に話してくれた。杉本先生にプリントを渡されたが、何も説明を受けず、内容を見ても判断が困難だったこと。放課後も職員室に行ったが、先生方が会議中で聞くに聞けなかったこと。回答期限が来週月曜になっていて、時間がなく、何とかしたいと思ったが、結局は何もできなかったこと――

 「それで、あんたは泣いてたわけだ」

 「はい。何もできない自分が、悲しくて……。それで、僕、その、ずっと、畑山さんに謝りたいと思ってました」

 「自分のどこがどういうふうにいけなかったか、わかってる?」

 しおらしい態度の安達に対し、あたしは聞き返す。これが安達にとって最大の意地悪だとわかっていた。でも、目の前のこいつが、自分の非も含め、物事を客観的に見られるだけの能力があるかどうか、確認しておきたかった。それは、学級委員をやる上でも最も大切な能力だとあたしは思うから。

 「委員をやれる自信がない、できない、怖いと思っていつまでも決心をつけられなかったところ、……だと思います」

 「どうしてそこだと思ったの?」

 安達は、少し考える仕草をした。膝の上に載せた両手の拳を握りしめている。たったこれだけの質問に答えることも、安達にとっては一大決心なのだ。

 「考え方が前向きじゃないと思ったから……あっ、違ってたらすいません。ごめんなさい」

 安達はまた黙り込んでしまう。上目遣いにあたしの顔色を窺っている。落ち着きのない表情で、まるで裁きを待つ子犬みたいに。

 男子の「陰謀」で学級委員にさせられた安達に、男子からの援軍が来る可能性はなかった。彼らと来たら、厄介ごとを全部安達に押しつけ、足を引っ張るだけ。その上、あたしにまで見捨てられたら、安達は完全に孤独になってしまう。そんな安達の状況を見て、心を痛めている優しい男子も数人いることをあたしは知っていた。だが彼らはあまりに非力で、安達の援軍にはなれそうもなかった。安達もその状況は理解しているようだった。だからこそ、男子よりはまだあたしの方が頼れそうだと見て、あたしの機嫌を損ねないように必死に振る舞おうとしているのだ。あたしはさすがにかわいそうになった。

 利奈は、あたしひとりで半年、ずっと委員をやらなきゃいけないかもね、なんて怖いことを言っていたけど、安達を切り捨てるのはいつでもできる。それは最後の最後でいいのではないか。目の前の安達は、ここまで来てもまだ決心のつかないヘタレだけど、ともかくも、学級委員の仕事から逃げなかった。かと言って、立ち向かうこともできなかったけど、泣きながらでもあたしに相談してくれた。今はそれだけで十分なのではないだろうか。

 それに、選ばれた以上、やらないという選択肢なんてないよ、とあたしは安達に言ったけど、偉そうなことを言っているあたし自身も、「安達を受け入れ、育てる以外の選択肢はない」という意味で似たようなものだ。安達に覚悟を求めるばかりだったあたしのほうこそ覚悟が足りなかった気がする。

 そう言えば、あたしのおばあちゃんが言っていたっけ。人は、自分が相手にしてあげたとおりに返してくれる生き物だって。親切にしてあげたら親切で返してくれる。それだったら、あたしが先に覚悟を見せれば、こいつも覚悟を決めてくれるかもしれない。――助けてやるか、仕方なくだけど。

 「安達、じゃあ、やり方を教えるから、そのプリント持って、一緒に来て」

 あたしがそう言うと、安達は、「はい」と返事をして、跳ねるようにあたしの後をついてきた。

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