第2話 仲良しトリオの昼休み


 「志織、あんたも大変だよねー」

 森本学園は市街地から少し離れた郊外にある。自然に囲まれて過ごしやすく、天気の良い日はこうして屋上で外の空気を吸いながら昼食を摂ることも多い。他人に聞かれたくない密談をするにもここは最高の場所だ。

 そういうわけで、今日もあたしは西野利奈(にしの りな)、そして杉田雪乃(すぎた ゆきの)と一緒にのどかな時間が流れる昼休みを屋上で過ごしている。あたしたち3人は1年生から同じクラスで、こうして2年になってもつるんで遊んでいる「仲良しトリオ」だった。いつもの通り、利奈が話の口火を切る。

 「大変って、何が?」

 あたしが聞き返すと、利奈は、

 「志織、あんた安達のこと知らないの?」

と聞く。あたしは、安達の噂なんて全く聞いたことがなかった。同じクラスになったのも今回が初めてだ。

 「だいたいさ、学級委員とか以前に人としゃべってるところ、見たことないよ。極端に対人関係が苦手な奴だとあたしは見たんだけど。あんな奴と学級委員なんて、志織、あんたかなりキツイかも。下手したら、あいつが使い物にならないまま、半年間、委員はあんたひとりみたいな展開もありうるかもね〜」

 利奈は、さり気なくあたしを脅かすように言う。人のことだと思って、ホントに気楽な奴なんだから。

 「1年生の時にね、安達くん、1-Aの空気って言われてたんだって」

 おっとりしたしゃべり方は、「ゆっきー」こと雪乃だ。利奈やあたしは雪乃のことを「ゆっきー」と呼んでいる。最初にそう呼んだのは利奈で、いつのまにかあたしもそう呼ぶようになった。利奈によれば、雪乃という名前が発音しづらいからゆっきーと呼ぶことにしたらしい。

 そんな彼女は性格そのままのしゃべり方だ。男子を本人の前でも平気で呼び捨てにするあたしや利奈と違い「○○くん」と呼ぶのも彼女の特徴だ。男子の中には「隠れ雪乃ファン」も多いと以前噂に聞いたが、気の強いあたしや利奈といつも一緒にいるため、男子が怖くて近寄れず、彼氏にはなかなか恵まれないというのが定説になっているらしかった。何それ。っていうか、あたしのせいにしないでよね、男子。

 「空気って、何それ?」

 あたしは、ゆっきーに聞き返す。

 「要するにー、空気って、透明で見えないでしょ。『空気って、ここにあるんだ』って意識しないとあることがわからない。それと同じで、安達くんは意識しないといるのかいないのかわからないから、男子がそう呼んでたんだって」

 「うわ、それマジ? いくら安達がおとなしいからって、酷くね?」

 仲良しトリオだけしかいない屋上に気を許したのか、利奈の口調はコギャル風だ。

 「おとなしいからって頼りないとは限らないでしょ。無口でもしっかりしてる人なんて、世の中、いくらでもいるよ?」

 あたしは思わず反論する。もっともこの2人に言ったところで仕方ないけど。

 「そうなんだけどー、安達くん、学級委員どころか班長も、やったことがないらしいよー」

 学級委員に加えて、小学校時代から児童会委員までやってきたあたしからすれば別世界の住人な気がする。そんな奴が、いきなりクラスのトップというのは、確かにちょっと厳しいと思う。

 「でもさ、志織ならなんとかなるよ。あんた小学校のときから学級委員なんて、掃いて捨てるほどやってるでしょ。なんかあったらいつでも相談に乗ってあげるからさ」

 さんざん不安を煽っておいて、利奈は今さら無根拠に励ます。彼女が男子から「爆弾」と呼ばれているのは、こうした性格に起因している。でも、一方で、利奈はあたしのことを最もよく理解してくれる親友だった。困ったことが起きたとき、あたしが相談する相手はたいてい利奈だ。彼女はいつも的確なアドバイスをくれるから助かっている。女子の友達からは、優等生タイプのあたしとコギャル系の利奈が親友なのが面白いねと言われたこともある。利奈もあたしもおしゃべり好き、甘い物好きの食いしん坊なのが似ているからかもしれないが、甘い物が別腹なのは全世界の女子に共通だと思う。

 ところで、ゆっきーがやけに安達のことに詳しいのを不思議に思ったあたしは、その理由をゆっきーに尋ねてみた。

 「1年のとき、安達くんと同じクラスだった小夜から聞いたんだよー」

 あたしは納得した。小夜とは、隣のクラス、2年B組の東原小夜(ひがしはら さよ)のことだ。ゆっきーの親友で、あたしも親友というほどではないが友達関係は維持している。

 「あっそうだ。志織、知ってる? B組も昨日、学級委員の選挙やって、女子は委員、小夜なんだって」

 利奈からの情報にあたしは少し安堵した。小夜なら、なにか力になってくれそうだ。利奈とゆっきーも応援するよ、と約束してくれた。なんだかんだ言っても、持つべきものは親友だった。

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