開業9日目のつくばエクスプレス乗車記


 夏休みを取って東北温泉旅行に行った帰りの9月1日、開業ブームさめやらないつくばエクスプレスに乗ってきた。8月24日の開業から9日 目である。 

 つくばエクスプレスは第三セクター・首都圏新都市鉄道が運営する。秋葉原からつくばまでの58.3kmを最速45分で結ぶ。130km運 転も可能な文字どおり高速鉄道だ。全線でATO(自動列車運転装置)による運転とTASC(定位置停止装置)による制御が行われる。信号は ATC(自動列車制御装置)による車内信号方式で、130km信号、90km信号、60km信号などいくつか速度指示の種類があ る。 

 本来なら2000年に開通予定だったが、いろいろな事情から開業が5年もずれ込んだ。全区間でレールがつながったのが昨年。11月からは 乗務員の習熟訓練を行いながら開業に備えてきたが、開業初日から北千住駅でオーバーランが伝えられるなどもあって、その面でも気になる存在 だった。もちろんオーバーランそれ自体は直ちに大事故につながるという性質のものではないが、尼崎事故はオーバーランがいわば「引き金」を引 き、それが運転時分の遅れになり、遅れを取り戻そうとして速度超過を引き起こした結果の事故だったから、たかがオーバーランと軽視もできな い。

 山形〜東北新幹線経由で戻ってきた私は東京までの特急券と「秋田〜名古屋市内」の乗車券を持っていたが、予定を変更して上野で降りること にする。上野からは山手線で秋葉原へ。秋葉原で降りるとつくばエクスプレスの案内が少なく、初めての私はやや戸惑う。ようやく駅案内図を見つ けてつくばエクスプレスの乗り場を確認する。JRはよほどつくばエクスプレスの存在をアピールしたくないようだ。もっとも、本当の意味で競合 しているのは北千住までであり、それ以北の区間は完全な競合とは言えず、行き先に応じた使い分けの問題だと思うのだが…。

 秋葉原から区間快速に乗り込む。つくばエクスプレスの列車種別は快速、区間快速、普通の3種類である。「秋葉原〜つくば間最速45分」は もちろん快速のものであり、区間快速ではもう少し時間がかかる。

 列車は秋葉原を発車する。通常の列車だったら運転士がハンドルを前方に倒して動力をかけるのだが、運転士はハンドルを「切」の位置にした まま動かさず、代わりに運転台にある「発車」ボタンを押すと電車はスルスルと走り出す。ATOによって制御されているのだ。

 発車直後は地下線区間である。急カーブが連続するこの地下線区間ではATCの速度指示が60kmのまま、低速走行が続く。いったん地上に 出て高架線をJRと併走。東武の線路が近づいてくると「問題の」北千住駅だが、この日は何も起こらなかった。北千住を出るとまた地下に潜り、 青井、六町を110kmで通過。再び地上に上がると、運転席の速度計のところに表示されるATCが「チン」という警報音を立てて130kmを 示す。その直後、ATOによって自動的に加速し130km運転に入ったが、つくばエクスプレスの車両はほとんど揺れない。ほとんどの区間が直 線のせいもあるが、時折思い出したように差しかかるカーブでも遠心力すら感じない。見事な走りっぷりだ。速度計の針が120kmに達したあた りから、新幹線のような「キュイーン」という音がする。

 おまけに、江戸川橋梁などごく一部の区間を除けばほぼ全線がスラブ軌道である。スラブ軌道とはコンクリートの路盤の上に直接レールを敷い た軌道のことで、東海道新幹線で本格的に取り入れられた。列車が走るたびにバラスト(レールの下に敷き詰め られている砕石)が沈んでいく一般の軌道と異なり、列車が走っても沈まないスラブ軌道は保線作業が軽減できる反面、騒音を 吸収する土の道床がないため騒音が大きいという欠点があり、新幹線でも周辺に民家のない区間や、列車が速度を落とす駅構内など特殊な条件の下 でしか採用されなかった。それが、周辺に民家が少ないこと、また全線が地下線か高架線であることもあって、ここではほぼ全線がスラブ軌道に なったのだ。ロングレールが使われていると見え、線路の継ぎ目を車輪が踏んだときのゴトンゴトンという音(ス ラブ軌道区間ではコーン、コーンと聞こえることもある)がほとんど聞こえないこともこの路線の特色だろう。

 八潮、三郷中央と止まった列車は武蔵野線との乗換駅…南流山でも停車する。旧国鉄で建設計画が立てられた当時は貨物専用線にしようとの声 もあった武蔵野線も、今や押しも押されもせぬ通勤路線である。流山おおたかの森は東武野田線、そして守谷は関東鉄道常総線との乗換駅。つくば エクスプレスの普通列車は全て守谷が終点である。初乗車のこの日、つくば駅で快速と区間快速の時刻しか掲載されていない時刻表を見て焦った が、守谷からつくばまでは区間快速が全駅に停車することによって普通列車の代替をしているわけだ。

 列車が守谷を発車すると、私は運転席に注目した。つくばエクスプレスは、60km足らずの短い路線なのに、直流区間(秋葉原〜守谷)と交 流区間(守谷〜つくば)に分かれており、守谷〜みらい平間に交直切り替え地点がある。交流区間と直流区間を電気的に遮断するため、架線に電気 の通らない区間(死電区間;デッドセクション)を設け、ここを通過中に車両側で電気方式を切り替える「車上切換」方式である。デッドセクショ ンを通過中の運転席で「直」「交」の表示灯が一瞬並んで点灯、運転士が「交」のボタンに触れるとやがて「直」の表示灯が消え、交流への切換は 無事終了した。先ほど私は、普通列車が全て守谷止まりで、そこから先は区間快速が普通の代わりを果たすのだと書いたがこれには理由がある。つ くばエクスプレスには快速/区間快速用の「2000系」車両と普通列車用の「1000系」車両とがあるが、1000系は直流区間専用なので守 谷〜つくば間では走れない。だから1000系を使用した普通列車は守谷止まりとならざるを得ないのである。

 交流区間に入っても快調に飛ばし続けた列車は定刻通りに無事終点、つくばに到着した。秋葉原発車からわずか50分ちょっとであり、確かに 速い。そしてこの瞬間、開業9日目にしてつくばエクスプレス線の全線完乗を達成したわけで、早速記録をつける私だが、どうにも解せないことが ある。なぜこんな短い区間なのに直流区間と交流区間とに分けたのだろう? 考えていても分からないので、思い切ってつくば駅の駅員に尋ねてみ ると、「つくば市に地質研究所(?)があり、直流電気を使うとそこでの研究に影響が出るのでこの地域では交流しか使えない」という答えが返っ てきた。たしかにインターネットで検索すると、つくば市に(財)深田地質研究所という民間の研究施設があり、そこで直流電気を交流に変換する 実験をしているとの記述がある。なんだか納得が行ったような、煙に巻かれたような妙な気分なのだが…
 

 この点に関しては、「(財)深田地質研究所ではなく、気象庁地磁気研究所が原因。直 流区間では架線からの漏洩電流があり、それが地磁気観測に影響をきたすため、研究所周囲40Km(半径?)の地域を全て 交流電化した。このため、JR常磐線は取手〜藤代間で、JR水戸線は小山〜小田林間で、つくばエクスプレスは守谷〜みら い平間で交直流切替を行うなどしており、茨城県南部で電車を動かそうとすると、必ずこの問題が絡んでくる」とのご指摘を 後日、いただきました。ありがとうございました。(管理者)

 こうして開業9日目にしてつくばエクスプレスの初乗り兼完全乗車を果たしたわけだが、感想を率直に書く。通常走行をしている分には、おそ らく事故らしい事故はほとんど起こらないだろう。130km走行でもほとんど揺れず、軽量車体にもかかわらずカーブを130kmのまま走行し ても遠心力すら感じないのは、充分なカント(レールの高低差)が確保され、また車両の重心がそれなりに低く設定されているためと考えられる。 地下線と高架線だけだから踏切事故もない。急カーブが続く地下線区間ではATCによって60km制限がかかっている。全区間が高架線で、周囲 には田んぼ以外に何もない区間が大半を占めているから悪天候時は横風が強そうだが、高架線の全区間に防風壁があり、横風による横転も考えにく い。ほとんどの区間がスラブ軌道だから、軌道が原因の事故もそうそうないだろう。これはもう新幹線のミニチュア版と言ってもいい。

 しかし…。私がこの鉄道になぜか薄ら寒いものを感じたことも事実である。この気味悪い「薄ら寒さ」はどこから来ているのだろうか。おそら く列車の運行に人の手が全く介在しないことだろう。血の通う人間の暖かみを感じないのである。これまでもATOによる自動運転の鉄道に私は何 度も乗ったことがあるが、速度が遅い地下鉄や新交通システムだったので、怖さも薄気味悪さも感じることがなかった。新幹線も全線ATCによる 運転だが、それすらも駅で列車を定位置に停めるのは人間であり、「最後は運転士が何とかしてくれる」という安心感があった。しかしこの鉄道は 違う。大勢の通勤客が毎日利用するし、天候の影響を受ける。通常の鉄道方式だから車輪とレールの摩擦力は小さく、空転や滑走が起きやすい。そ れなのに130km運転をし、駅で列車を停めるときでさえ人間は介在しない。防風壁を備えていても、台風や地震となればその影響は予測できな い。そんな異常事態が起きたときに、人の判断で列車の運行を中止し、乗客を避難誘導させるノウハウがあるのだろうか?

 この鉄道に「死角」があるとすれば、それは行き過ぎた機械化と「技術過信、人間軽視」しかない。事故が起こるとすればこの死角を突く形で のものになるだろう。現にこの日もつくば行き列車が、みらい平駅直前でATOによって減速したものの、「速照80キロ」(80キロに減速できているかどうか速度照査せよ)の標識までに80kmに減速できず、90kmで通 過するのを確認した。旧型ATSであるATS-S型は、指定速度プラス5キロまでは作動しないという話も聞いたことがあり、そうだとすれば一 応5キロまでの速度超過は「許容範囲」ということができるが、その基準に照らしても若干のオーバーである。守谷〜みらい平間といえば交直切換 のためのデッドセクションがあるところだ。速度超過がこれと関係しているかどうかはよく分からない。この程度の速度超過で直ちに事故につなが る可能性はほとんどないが、ATOもまた完全無欠の保安装置ではないということが明らかになったとは言えるだろう。

 結局、最後に安全を守るのは人間しかないのだ。鉄道ファンの間には、「この程度のオーバーランでいちいち騒ぐことの方がおかしい」という 意見もあって、それは確かにその通りだろう。だが私はやはり不安を感じた。「最後の砦」の人間がその程度の力量でいざというときに大丈夫なの だろうか、という不安である。運転士たる者、やはり最後の安全は俺が守るという矜持と、それにふさわしいだけの力量を持つものでなければなら ない。

 つくばエクスプレスは「首都圏最後の通勤新線」と言われている。今後、首都圏での新線開業は当分の間ない。新線開業のために鉄道ファンが 走り回る必要性は減るだろう。この際ゆっくりと、既存路線についてあれこれと考えをめぐらせるのもいいかもしれない。 

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