プロローグ あみだくじ


 「おい、全員、ちゃんと名前書いて、どこでもいいから線を1本、引けよ。1人1本だぞ」

 「ふぁ〜い」

 加藤伸司(かとう しんじ)の言葉にやる気のない返事をしながら、男子生徒が次々、名前を書いては線を1本、引いていく。

 「お前もだ。さっさと書けよ」

 「はい……」

 僕も、弱々しい返事をしながら、名前を書き、線を引く。

 「よぉ〜し。全員、ちゃんと書いたな。山下、確認しろよ」

 「ああ」

 呼ばれた男子生徒、山下翔也(やました しょうや)が全員の名前が書かれているか確認する。山下は加藤の親友だった。

 「全員、書いてま〜す」

 山下がそう答えると、加藤は

 「それでは、これから当選者を発表しま〜す」

と、嬉しそうに言った。

 「あみだ、くじ〜あみだ、くじ〜、引いて楽しい、あみだ、くじ〜」

と、歌いながら、加藤があみだくじを逆向きにたどっていく。まったく、何が楽しいんだか。

 「おおっとお〜、決まりましたぁ〜!!」

 加藤が嬉しそうにわめき散らす。全員が当選発表、いや「死刑宣告」の結果を、固唾を飲んで見守る。

 「我が森本学園中等部、2年C組の幸せな当選者は、なな、なんと! 安達正人くんでありま〜す!」 

 居合わせた全員から、どよめきが起きる。

 「うそ? 僕? なんで僕なんですか!」

 僕はそう言って、そのまま言葉を失った。

 「なんでって……お前がそこに名前を書いて、線も引いたんじゃねえか。なに文句言ってんだよ!」

 混乱で頭がぐるぐる回る。ダメだ、反論する以前に言葉が出てこない。

 「お前だって、あみだで決めると言ったとき反対しなかったじゃねえか。まさか、お前、自分が当たったからって、今さら『あみだに反対』とか言わねえよな」

 僕にとって予想外の展開だった。このクラスに男子は15人いる。確率15分の1で、まさか自分に当たるわけがないと高をくくっていたのだ。加藤があみだくじで決めようと提案したときに反対しなかったのもそれが理由だ。それなのに……。

 「念のため、あ、念のためでいいです。あみだの紙、見せてください」

 僕がやっとの思いで言葉を絞り出すと、加藤は、

 「なんだよ、お前、俺のやることが信用できないのかよ。じゃあ見ろ」

と言い、紙を僕に投げつけた。

 それぞれが名前を書いた後、ランダムに線を1本ずつ足していく方式で不正などできるはずがないとわかっていながらも、僕は念のため、加藤が乱雑に書き込んだ当選の☆印から、あみだを逆にたどってみる。……確かに僕の名前に行き着いた。その瞬間、軽いめまいがした。

 「どうだ? 納得できたか?」

 そんなこと言われても納得なんてできるわけがない。僕はそのまま床に座り込んでしまう。居合わせた男子全員から笑い声が起きた。

 「それでは、森本学園中等部、2年C組の前期の男子学級委員は、安達くん、お願いしま〜す。あ、あと、俺たちがあみだで学級委員を決めたことは女子には内緒だ。特に畑山なんかにバレたら男子全員、中庭に埋められるぞ。西野、杉田にも絶対言うなよ。その2人に言ったら、畑山に筒抜けだからな」

 「ふぁ〜い」

 やる気のない声が上がる。

 「よし、じゃあ解散」

 「あ〜あ、やっと終わったぜ」

 加藤の解散命令に、どこからともなくそんな声が上がる。僕以外の男子生徒全員が各自、散っていく。

 「最悪だ……」

 僕だけが床にうずくまり、全身から白い湯気を出して失神寸前だった。

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