安全問題研究会が考える「私の北海道鉄路再建策」

 2017年7月15日
 安全問題研究会

 これまで、JR北海道の路線問題に関しては、道民世論、識者の意見ともに大きく2つの立場に分かれていた。(1)国の政策の失敗(分割民営化のスキーム・経営安定基金の運用益減少)が今日の事態の原因なのだから、国に責任を取らせるべき、(2)地方が主体になって知恵もカネも出し、汗もかかなければ路線は維持できない。国を待っていてももうカネもアイデアも出ず、地方で解決すべき――である。しかし、日高本線の不通から2年半、JR北海道による「維持困難路線」公表から1年弱の時間が経過する中で、次第に(2)(地域主体での解決論)の意見が優勢になってきている。識者の意見も地域の主体性を求める声が多い。

<地域が主体となって鉄道維持策を構想することにより得られるメリット>

 鉄道以外の公共交通(道路、空港、港湾)には上下分離が導入され、インフラ部分(下)には費用対効果の検証も行われないまま、膨大な国費が投入される一方、鉄道だけが上下一体、かつ採算性原理の徹底を求められ、不採算路線に廃止が突きつけられている現状は不公平であるとともに、こうした不公平を当然の前提として議論が進む現状には忸怩たる思いがある。

 しかしながら、政治情勢が厳しい(自民党政権下の首相交代の可能性はあっても政権交代の可能性は当分の間、見込めない)中で、ルール(法律、スキーム)を決める権限が道民及び道内諸勢力に与えられていない以上、当研究会としては、道内諸勢力が知恵と力を結集して、みずから鉄路を残すための方策を示すことも必要であると考える。

 鉄道路線の維持を含めた公共交通の将来のあり方を、道民みずから知恵を結集させ構想することには多大な苦労を伴うが、こうした経験を積むことは、必ず道民にとって将来の政治的財産になる。同時に、努力もせず、税金投入を当然視して漫然と過ごしている道路族に対し、鉄道を維持したいと考えている諸勢力が優位に立つ意味からも、もはや避けて通ることができない道である。

 また、日本人の国民性として「努力しない者は助けない」という考え方が非常に強い。日本が新自由主義を廃棄し、助け合いと共生の社会へ転換する上で、この国民性が最大の妨げとなっている。中長期的にはこうした国民意識を変える必要があるが、JR北海道の財政悪化への対処は緊急課題であり、国民意識の変化を待てない以上、道内外からの共感と支援を獲得するためには道民がみずから主体となり、努力する姿を見せることも必要である。

 以上のような認識の下に、当研究会は、中央に頼らない地域主体の再建策をここに示すこととする。

<地域主体で鉄路再生を図るための基本方針>

・鉄道事業者でありながら鉄道事業からの段階的撤退以外の方策を持たないJR北海道は当事者能力を喪失しており、この会社を維持したままでは鉄路再建はできない。このため、JR北海道を破たん処理の上清算、新事業体を設立する。これにより、新事業体はJR会社法(旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律)の適用から外れることができるため、経営方針の策定・変更のたびに必要だった国の認可が不要となり、経営の自由度を高めることができる。

・国鉄時代の営業政策の失敗により、かつて貨物は不採算の代名詞であったが、トラック台数不足や運転手不足などの追い風(外的要因の変化)により、鉄道の貨物輸送に占めるシェア及び鉄道貨物の採算性は今後確実な向上が見込まれる。こうした中、儲かる貨物の利益は全国1社制のため中央に吸い上げられる一方、儲からない旅客輸送の赤字だけが地域分割のため北海道に押しつけられるという二重の搾取構造が、北海道の鉄道の経営を自立させる上で大きな障害となっている。国鉄分割民営化が生み出したこの二重の搾取構造を打破しない限り、北海道の鉄道の健全経営は成り立たない。旧国鉄時代と同じように旅客・貨物を一体に戻し、儲かる貨物部門の収益で儲からない旅客部門を支える新たな内部補助の仕組みを導入する。

・新事業体は公的関与の度合いを高める必要がある。欧州諸国では、公有鉄道の経営を連邦政府・中央政府でなく州政府が行っている例が多く、新事業体は公有企業、公共企業体を基本に、道及び沿線自治体が資本金の大部分を拠出することにより経営にも積極的に関与する非営利事業体とする。国の支援は求めず、国による経営介入を排除するための仕組みを導入する。

・新事業体への財政支援に伴う道及び沿線自治体の財政悪化を防ぐため、総務省との協議の上、道及び沿線自治体が独自財源(地方税)として「環境税」を導入。課税対象は自動車とし、ここから新事業体に対する財政支援の財源を捻出する。

<具体的な制度設計のイメージ>

・JR北海道の清算後に設立する新事業体は「北海道鉄道公社」(仮称)とする。新事業体は、経営上の意思決定を民主的に行うため「経営委員会」を設置し、委員の少なくとも半数を市民、利用者、労働者代表とする。国による経営介入を排除するため、国と利害関係にある者及び官僚の前歴のある者(天下り)の経営委員就任を禁止する。

・新事業体は、経営委員会の指揮下に公共企業体として置かれる。道及び沿線自治体は、経営委員会の判断を尊重するとともに、新事業体に独立採算制を求めず、安全及び路線が確保されるよう必要な資金を拠出する。また、新事業体に欠損が生じた場合には、年度ごとにその欠損を補てんする。これは、欠損を放置し、金利負担が累積した旧国鉄の反省を踏まえた措置である。

・新事業体は、JR貨物から貨物の経営権を引き継ぎ、旅客・貨物を一体経営する。

・運賃・料金の決定に当たっては国鉄時代の4原則(旧「国有鉄道運賃法」による4つの基本原則)を参考とする(1.公正妥当なものであること、2.原価を償うものであること、3.産業の発達に資すること、4.賃金及び物価の安定に寄与すること)。農産物の道内~道外間輸送に関しては、鉄道に代わりうる陸上輸送手段がないことから、新事業体では不採算の旅客部門を支えられる程度に貨物運賃を値上げする。

・新事業体の職員の身分は公務員またはこれに準じたみなし公務員とする(従来の公務員の常識にとらわれず、ストライキ権は付与)。給与は道内の公務員に準じて経営委員会が決定することを原則とするが、経営委員会と労働組合との交渉によって定めることを妨げない。

・JR貨物労働者の給与水準は本州3社より低い水準にあり、新事業体が職員給与を道内公務員に準じて定めれば、JR貨物労働者の移籍が期待できる。

<その他、新事業体での具体的な鉄道運営のイメージ>

・輸送密度が低いにもかかわらず、経営を維持している鉄道事業者は、客単価を上げる営業政策を採っている(前田忍・大井川鐵道社長)。外国人観光客(インバウンド)の人気観光地として、北海道訪問客数が右肩上がりの状況にもかかわらず、JR北海道時代は料金不要の普通・快速列車ばかり増発し、グリーン車も連結しないなど、商品である列車を“安売り”し過ぎた。こうした反省を踏まえ、新事業体では、特に競合交通機関のない路線・区間を中心に、積極的に特急列車を運転し、グリーン車を連結するなど、客単価を上げる営業政策を展開する。

・特急用ディーゼルカーのエンジンだけで10種類もあるような旧JR北海道時代の高コスト・非効率な経営を改め、車両形式の統一を進める。車両の保守・メンテナンスの方法を統一でき、部品の使い回しができるなど、車両形式の統一には多くのメリットがある。

・旅客・貨物を一体化することで、機関車の有効利用を進める。メンテナンスに手間がかかる気動車を廃止し、JR貨物のDF200型ディーゼル機関車を導入。札幌近郊の電車区間を除く全列車に客車方式を導入し、DF200型を旅客・貨物で共通運用する。このようにすることで、新事業体では札幌近郊で運用される電車と、DF200型、客車、貨車の整備のみで済むようになり、車両整備コストを大幅に下げることが可能になる。

(以  上)

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