昨年7月25日、国交省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」によるローカル線問題に関する提言が公表されたことは、本連載第6回「騒がしくなってきたローカル線~鉄道40年周期説から考える」(本会報第29号掲載)でお知らせした。この提言を具体化するための法案を政府が国会に提出するのでは……との噂は昨年末くらいから聞こえてきていた。もし噂が本当なら、年明け早々に召集という通常国会のタイミングから逆算してすでに法案は完成しているはずだと考えた私は、年末に国交省鉄道局に電話取材。「検討中。それ以外は答えられない」が回答だった。
国交省が提出したのは「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」(活性化再生法)の一部改定案。(1)輸送密度1000人未満の線区について、国が特定線区再構築協議会を設置して、鉄道事業者と「地域」との間で存廃の前提を置かず協議する、(2)従来は、持続が困難となった線区の沿線自治体側からのみ設置の申出が可能だった再構築協議会を、今後は鉄道事業者からも申し出ることができる――等を内容としている。
活性化再生法は、地方の過疎化の進行により持続が困難になった地方交通を再構築するための特別法として、2007年に制定された。持続が困難となった公共交通の関係自治体が法定協議会を設置し、鉄道事業再構築事業の実施を含む「地域公共交通活性化再生計画」を策定、国土交通大臣の認可を受ければ関係自治体に補助金が交付されることになった。
この制度は、持続困難な状態に陥った地域公共交通が手遅れになる前に対策を講じたいと考える自治体にとって、活性化の呼び水となるまったく新しいものであった。『抜本的な国鉄事業再建策を即刻実施し、これ以上国民の負担を増やさないように措置する必要』があり、そのために『毎年の赤字の発生をストップさせ、今後は赤字補填の借入金はもとより、財政援助をも国には求めない』(国鉄再建監理委員会答申、1985年7月26日公表)ことが国鉄分割・民営化(1987年)の最大の目標とされた。この答申を「丸呑み」して以降、「巨額の赤字を生み出したローカル線には今後、一銭の財政援助もしない」という方針を金科玉条のように守り抜くことが日本政府の既定路線だった。
国鉄分割民営化からちょうど20年後、一定条件を満たせばローカル線に税を投入することを認める法律が活性化再生法の形で成立したことは、国鉄分割・民営化以来のローカル線切り捨て政策に重大な変更を迫るものとなった。今回の改定は、設置が沿線自治体の自由意思に委ねられていた法定協議会を、国が主導する形で輸送密度1000人未満の線区に「横展開」できるようにするものといえる。
一方で、活性化再生法は重大な弱点も抱えていた。沿線自治体間で意見がまとまらず、法定協議会の設置ができない場合には、従来の枠組みのまま、地域公共交通が衰退していくのを座して見ている以外にない。バスと異なり、地域に大きな外部経済効果(間接的経済効果)をもたらす一方、輸送力が大きいため維持費も高い鉄道の再構築事業を行う場合であっても、予算措置されるのは輸送の「高度化」に関する部分のみ。最も肝心な鉄道の日常の維持管理費や運行費は財源化されなかった。このため、活性化再生法をもってしても、多額の運行経費がかかる鉄道の維持には消極的にならざるを得ない地域がほとんどであり、多くのローカル鉄道が消えていった。
今回の改定案にも、運行経費の財源化は盛り込まれず、活性化再生法最大の弱点は解消されなかった。この状態のまま、国が主導し、鉄道事業者側からも協議会設置を求めることができるようになれば、各地域、とりわけ地方自治体の熱意や行政能力によって協議の行方は大きく左右されることになるだろう。熱意や行政能力の低い自治体しか持ち得ない地域では鉄道を存続させるのは難しくなるであろうし、財政力の小さい地方の市町村が、地場では有力企業である鉄道事業者に対抗するのは事実上難しいのではないだろうか。
輸送密度1000人未満の区間について、協議会が認めた場合には別の運賃体系を設ける「認定運賃制度」も新たに盛り込まれる。認定運賃がどのように設定されるかは2通りの未来予測が成り立つ。ひとつは、初乗り運賃を2km以下の区間について100円に値下げした若桜鉄道のように大幅値下げとするケース。もうひとつは、地方交通線の運賃を幹線の1割増しとした旧国鉄~JRのように値上げとするケースである。その後の展開を見ると、若桜鉄道は大幅に乗客を増やす一方、旧国鉄~JRの地方交通線はさらに乗客の逸走を招き、それが今回の「提言」と活性化再生法改定を招いた。運賃引き上げは鉄道に代替手段がない大都市部では有効でも、地域鉄道では命取りになる。認定運賃制度により輸送密度が極端に低い区間のみ別の運賃体系が可能となると、極端な場合、遠くの駅に行くよりも、近くの駅に行くほうが運賃が高くなるような未来も排除できない。同じ会社の同距離であれば同運賃となるように設定されている現在の運賃秩序の崩壊は避けられないだろう。
それでも、レールが残るならまだいい。最悪なのは、輸送密度が低い区間が廃線となり次々線路が断ち切られることだ。鉄道は、悪路でもハンドルを切り、ゴムタイヤで何とか乗り切れる自動車とは違う。たとえ1mでも線路が途切れていれば列車は先に進めずネットワークは途絶してしまう。報道によれば、「提言」が協議会入りを前提とする区間は全国で100カ所近くあるという。この100カ所で線路がすべて途絶した場合、日本の鉄道は全国どこに行っても行き止まりばかりになってしまう。
鉄道はレールが線のようにつながっているからこそ「線」路と呼ぶ。全国100カ所もの区間で途切れて行き止まりになってしまえば、それはもはや「線」路と呼ぶに値しないだろう。「点」路とでも呼ぶ方が実態に合っているが、全国規模で運行されている貨物列車の中には、2泊3日かけて札幌から福岡まで走るものもある。この列車は今後、「点」路のどこを走ればいいのだろうか。
ただでさえ日本経済は失われた30年で地盤沈下し、今やOECD(経済協力開発機構)加盟国の中でも労働者の賃金は下から数えた方が早いような状況になりつつあるのに、この上線路が「点」路になってしまえば生活物資の輸送すらままならなくなる。アジア諸国の経済成長は近年著しく、国民1人当たりGDPで日本は今年中にドイツに抜かれ、いずれインドやインドネシアにも抜かれるとする予測もある。「公共サービスである鉄道を民間企業の商売にし、儲からない区間を次々と廃止することで、物流をみずから崩壊させ、経済力を著しく衰退させた日本は、OECDから脱退させられることになりました」――アジア諸国の子どもたちの教科書に、いずれ、そんなふうに書かれる日が来るだろう。これが私たちの望む未来なのか。私たちは今、重大な歴史的岐路にさしかかっている。
(2023年4月10日)