2022年2月、国土交通省に設置された「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」が同年7月に出した「提言」で、輸送密度(1日1kmあたり輸送人員)が1000人未満の線区について、存廃協議のための法定協議会を設置し、3年以内に結論を出すよう求めている。この提言に基づいて、法定協議会設置を盛り込むための地域公共交通活性化再生法改定案が、この通常国会に上程されるとの報道が年末頃から数度にわたって「赤旗」紙上で行われた。事実なら重大事態と思った筆者は2022年末、国交省に電話取材を行った。国交省は「調整中としか答えられない」(鉄道局鉄道事業課地域鉄道支援室)として否定しなかった(その後、2023年2月10日付けで閣議決定)。
一方、日本共産党は2022年12月、田村智子政策委員長が「全国の鉄道網を維持・活性化し、未来に引き継ぐために~日本共産党の提言」を公表。2022年12月13日付け「赤旗」紙面にも掲載された。政府・JRの姿勢は、財政力の弱い地方自治体に「廃線か財政破綻かの悪魔の二者択一を迫るもの」だとして政府・JRを批判。地方再生、気候危機への対処のため環境に優しい鉄道を全面維持すべき、としている。その上で、(1)北海道、四国、九州は、もともと分割に経営上の無理があり、国が路線維持のために必要な財政支援を行う (2)巨額の内部留保をもち、黒字回復が見込まれるJR本州3社の鉄道路線を維持する (3)鉄路廃止を届け出制から許可制に戻す、と共産党の基本姿勢を説明。対案として、(1)JRを完全民営から"国有民営"に改革する――国が線路・駅などの鉄道インフラを保有・管理し、運行はJRが行う上下分離方式に (2)全国鉄道網を維持する財政的な基盤を確保する――公共交通基金を設立し、地方路線・バスなどの地方交通への支援を行う (3)鉄道の災害復旧制度をつくり、速やかに復旧できるようにする――を打ち出している。
基本姿勢(1)~(3)については、いずれも筆者が国鉄分割民営化当時から40年近く主張してきたことと同じであり、評価できる。ただし(3)については、許可制当時も鉄道会社による路線廃止を運輸省が覆した例はほとんどない。許可制が歯止めになるとは考えにくく、廃線の前段階で住民投票を必須とするなど、より強い歯止め措置が必要だ。
対案のうち(2)(公共交通基金の設立)と(3)(災害復旧制度)については、国鉄改革法成立当時の国会の附帯決議で、政府が約束したにも関わらず実行されていない項目であり、指摘はむしろ遅すぎるくらいだが、国会に議席を持つ公党から提案されたことに重要な意味がある。附帯決議を踏まえ、政府に40年前の約束の実行を迫っていかなければならない。
また、対案の(1)(上下分離の導入)では、全国の鉄道線路を国が一元的に所有、管理する上下分離導入を提唱している。国による上下分離案は、1982年に小坂徳三郎運輸相の国鉄改革“私案”として作成された。国鉄を、列車運行を行う日本鉄道運行会社(上)と、線路や施設を保有・管理する日本鉄道保有公団(下)に分割するとの内容で、鈴木善幸首相も当初はこの案を支持したが、“自民党運輸族のドン”三塚博氏などの分割民営派に覆されたとされる。また、鉄道を一時完全民営化した英国でも、2000年の脱線事故後、線路保有が政府出資のレールトラック社に移されている。共産党の提案は英国型上下分離の「輸入版」とも呼ぶべきものだ。上下分離導入は、鉄道会社の経営基盤の安定化に寄与する。
この提言には一方で問題点もある。最大の点は現行JR6社をそのまま維持するとしたことだ。コロナ前の各社の経営状態を見ると、JR本州3社で最も経営基盤が弱い西日本の黒字額(約1242億円)だけで、北海道、四国、九州、貨物4社の赤字額合計(741億円)を上回っており、3島会社と貨物の救済にはJR西日本だけでも足りる。JR6社の経営格差がこれほど拡大しているにもかかわらず、この部分に手をつけないのではせっかくの再建案も道半ばで終わりかねない。
共産党が、JR6社を現行のまま維持するという不完全な再建案を出してきた背景について、筆者は年末年始を使って詳細な分析を試みた。その結果判明したのは、この再建案を実行する上で、現行の鉄道・JR関係の諸法令に抵触する部分がまったくないことである。つまり、1本の法律も改正せず、直ちに実行可能ということだ。
立憲が維新との共闘を進めるなど、共産党が孤立を深めるなかで、国会での法改正が当面、不可能とみて「法改正できなくても政策を総動員することによって実現可能な最大限」を提案し、政府に実行を迫るつもりではないかというのが現時点での筆者の評価である。
JR6社は国鉄改革法に根拠をおいて設立されており、その統合・経営形態の見直しには国鉄改革法の改正が必要である。そこに踏み込めない不完全さは共産党も理解しており、公共交通基金を通じてJR6社の収益を調整、格差是正につなげていくのが現状では精いっぱいだと考えているのだろう。
公共交通基金の設立は単年度会計を採る国では難しいが、例えば、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)に「災害復旧・路線維持勘定」を設け、国が資金交付するなどの手法で実施できる。
上下分離は、国または鉄道・運輸機構がJRから線路を買収すればよいが、より簡便な方法として、線路はJR保有のまま、JR各社が負担している保線費用を国や自治体が肩代わりすることで、上下分離と同様の効果をもたらすことができる「みなし上下分離」と呼ばれる手法もある(上毛電鉄(群馬県)が日本で最初に導入したことから「群馬方式」と呼ばれることもある)。津軽海峡線・瀬戸大橋線に関しても、保線作業はJR北海道・四国両社に任せたまま、鉄道・運輸機構が費用を負担するという形で2021年から導入された。ただし、このときは国鉄清算事業団債務等処理法の改正も行われている。
「みなし上下分離」の利点としては、保線を今まで通り鉄道会社が行うため、上下分離の場合に比べ、列車運行部門とも連携を取りやすく安全上の心配が少ないことだ。欠点としては、上下分離が国や自治体の財政支援によって擬似的に実現しているだけのため、制度として不安定であり、財政支援がなくなれば直ちに上下一体の従来型経営に戻ってしまうことである。その場合、再び鉄道会社が経営危機に陥ることが予想される。
安全問題研究会が提案しているJR全面再国有化(日本鉄道公団の設立)案については、夢物語との声をよく聞くが、筆者はそうは思わない。何よりも日本の鉄道は40年前まで実際に公共企業体(国鉄)により運営されていたのだ。国鉄失敗の要因を分析し、同じことが起きないようリニューアルした上で、公共企業体制度復活が提案されるのは自然なことだと思っている。共産党案と比較検討の上、切磋琢磨し改革実現をめざしたい。〔文中の肩書きや組織名はいずれも当時〕
(2023年2月20日)