<安全問題研究会声明>
JR西日本歴代3社長「無罪」判決を超えて~判決の評価と今後の闘いのために~

印刷用PDF版

 2005年4月25日、JR福知山線で快速列車が脱線・転覆、107名が死亡した尼崎事故に関し、6月12日、最高裁は、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていたJR西日本歴代3社長(井手正敬、南谷昌二郎、垣内剛の各被告)を無罪とした1、2審判決を支持し、検察官役の指定弁護士の上告を棄却する決定を行った。指定弁護士は異議を申し立てず、6月20日をもって無罪判決が確定。「これだけ多くの犠牲者を出しながら、なぜ誰ひとり責任を問われないのか」という遺族・被害者の疑問に司法は答えず、「日本企業犯罪無責任史」に新たな1ページを加えるだけに終わった。

 そもそも2015年3月の2審判決から2年もの間、1度の弁論も審理も開かず棚ざらしにしたまま、最高裁は何をしていたのか。司法の怠慢と言わざるを得ない。

 当研究会は、2010年の強制起訴以来7年にわたったこの裁判がまったくの無意味であったとは思わない。確かに判決結果だけを見る限り、事故の真相究明と責任追及の両面でこの裁判は大きな成果をあげることなく終わった。だが、史上初めて犯罪企業のトップを被告人として法廷に引きずり出し、被害者による直接尋問を実現させたこと、JR西日本が事故の大きな原因とされた日勤教育を廃止、ヒューマンエラー(人為ミス)を社内処分の対象から除外し、エラーの積極的な報告を求める姿勢に転換したことなどはこの裁判がもたらした大きな成果だ。裁判と直接の関係はないが、鉄道事業者の裁量に委ねられていた速度照査型ATS(自動列車停止装置)の設置がこの事故の直後に義務化されたことも、107名の貴い犠牲がもたらした確かな前進として評価すべきである。

 一方、事故の予見可能性が最大の焦点となり、それが否定される形で3社長の無罪が確定した今回の結果は、今後の企業犯罪訴訟に大きな負の影響を及ぼすだろう。安全対策は企業・経営者が危険を予見することによって始まるものだからである。事故を予見できなかったことが無罪の根拠とされる一方、危険を予見してきちんと安全対策を講ずる事業者が予見可能であったが故に有罪に問われることになれば、まじめに安全対策を講ずる企業・経営者ほど損をすることになる。社会全体で安全対策が後退し、かえって危険な社会が到来する結果を招くことになりかねない。当研究会はこの点を強く危惧しており、事故の予見可能性が最大の焦点となる現在の企業犯罪訴訟の流れは変える必要がある。当面の闘いの方向性として、予見可能性の有無にかかわらず、事故がもたらした結果の重大性のみに着目して経営者の量刑を決めるよう司法に求めることが必要だ。

 「法人組織としてのJRの責任を問うのであれば(指定弁護士側の主張は)妥当する面がある」。2015年3月、大阪高裁での2審判決で裁判長がこのような異例の判示をしている。遺族の一部が求めている組織罰法制(企業に対する罰金刑を規定するもので、英国の「法人故殺法」の例がある)の必要性に司法みずから踏み込んだものであり、注目すべき内容だ。企業経営者個人の罪しか問えない現行刑法に対する問題意識が特定の一裁判官だけにとどまらず、司法内に広がりを見せていることを示している。

 組織罰法制を求める動きに対しては、「企業が証拠を隠す恐れがあり、真相究明につながらない」とする反対意見がある。これらの意見が、過去、公共交通の安全問題に真剣に取り組んできた専門家からも出されていることは残念だ。企業に無限の罰金刑を科することができる「法人故殺法」を制定した英国では、公共交通機関の事故が3割も減少したと評価されている。企業に安全対策を行わせることによって事故を未然に抑止することこそ組織罰法制の真の目的であり、反対している専門家はそれを理解していない。

 グローバル企業の手を縛り、あるべき責任を負わせていく組織罰法制の整備に向けた運動展開が今後の課題であり、そのために運動側の構想力、組織力、行動力が問われている。遺族からのこの問いに、私たちは全力で応える必要がある。

 安倍政権は、この問いに応えるどころか、犯罪企業を守るために、組織化されてもいない一般市民を処罰する「改正組織犯罪対策法」(共謀罪法)を強行採決した。私たちが望む法整備とは正反対の道を進み、立憲主義も法の支配も破壊する安倍政権に代わる、政治変革可能な勢力を生み育てることが、私たち市民にとってますます重要かつ喫緊の課題になっている。

 JR史上最悪の悲劇となった尼崎事故をめぐって、JR西日本歴代3社長の刑事裁判の結果が確定した今年は、奇しくも国鉄分割民営化から30年の節目の年でもある。国鉄労働者に不当な攻撃を浴びせ、国家的不当労働行為の露払い役を務めた挙げ句、汐留の旧国鉄用地を格安で払い下げられた大手メディアは、節目の年にも沈黙を守り、その負の歴史を伝えないことで「国鉄改革は大成功」と宣伝し続ける政府のお先棒を担いだ。ぼろ儲けの本州3社、上場を果たしたJR九州、バブル期以来の鉄道事業営業黒字に沸き立つJR貨物だけを見ていると、国鉄改革「大成功」の幻覚に目まいがしそうになる。

 だが、事実がすべてを語っている。実質的倒産状態となったJR北海道は全営業キロの半分を「JR単独では維持困難」として、地域社会を顧みない路線廃止を強行しようとしている。四国でも路線別の収支を公表する動きが出るなど、廃線危機が表面化する寸前だ。1047名の被解雇者、150人にも及ぶ事故犠牲者、そして「病院にも学校にも通えない」と悲鳴を上げる北海道の地域住民を切り捨てたまま、巨大なカネを持て余したJR東海はリニア建設へ突き進む。国鉄の線路を引き継いだ「兄弟会社」であるはずのJR北海道の危機を前に、国も、道も、他のJR各社のどこも救いの手を差し伸べない――まるで漫画のような巨大な悲劇が進行している。

 日本の鉄道のために日夜、血と汗を涙を流してきた先人たちは、果たしてこんな姿を望んだだろうか。先人たちの幾多の犠牲は、こんな無残な姿の鉄道を生むためだったのだろうか。その答えは断じて否である。日本中にあらゆる悲劇をもたらし、破たんしたまやかしの国鉄「改革」は歴史のごみ箱に捨てられるべきである。

 鉄道国有化を公約に掲げた英労働党は堂々と闘い前進した。大義は私たちの側にある。当研究会は、すべての鉄道労働者、地域住民、貴い犠牲を払ったすべての事故遺族が報われる真の鉄道改革、制度疲労が露わになった民営JR7社体制の抜本的な見直しを強く求め、今後もあらゆる行動を続ける。

 2017年6月27日
 安全問題研究会

声明・コメントのトップに戻る  サイトトップに戻る