JR北海道列車脱線・炎上事故が意味するもの
JR北海道・石勝(せきしょう)線のトンネル内で二〇一一年五月、走行中の特急「スーパーおおぞら十四号」が脱線・炎上した事故は、乗客四十人が病院に
搬送される重大事故となった。幸いにして死者はなかったが、トンネル内の列車火災としては戦後最悪の死者三十名を出した北陸トンネル内列車火災(一九七二
年)を上回る惨事になりかねなかった。
犠牲者がゼロで済んだのは、@一三,八七〇mという長大トンネルのほぼ中央で火災が発生した北陸トンネル内事故に対し、今回の事故ではトンネルの長さが
六八五mと短かったため乗客の脱出が容易であったこと、A北陸トンネルの火災では食堂車の燃料(木炭)が火元となって有害な一酸化炭素が発生したのに対
し、今回はそうした事態が起きなかったことなどの幸運が重なったせいでもある。しかし、最大の要因は車掌の制止を振り切り、自主的に脱出した乗客がいたこ
とだ。脱出した乗客は「JRから避難誘導はなく、自分で逃げなければ死んでいた」という。
◎利益優先の高速化と酷使による車両老朽化
今回の事故は推進軸の破損から始まったと見られている。推進軸とはエンジンやモーターなどの動力を車輪に伝える重要な部品である。自動車でいえばシャフ
トにあたるものだが、鉄道車両のなかでもつねに強い力がかかり続ける部品であるため、高い強度を持つように設計されている。それでも、鉄道車両のなかで最
も酷使される部品であり、現在でも時々、破損事故が起きている。
運輸安全委員会による事故調査の結果はまだ発表されていないが、推進軸が破損したのち、レールの上に散乱、これに車輪が乗り上げて脱線が起きたと見られ
る。火災に関しては、破損した推進軸の一部がエンジンか燃料タンクを傷つけたことが発生原因であろう。
今回事故を起こした車両はキハ二八三系と呼ばれ、民営化後の一九九六年から登場したものである。登場から今年で十五年目だ。鉄道ではそれほど古い部類に
は入らないが、この車両がよく事故を起こしている。二〇〇九年二月、函館本線で起きたブレーキ部品脱落事故もこの形式の車両である。
在来線車両の場合、四十〜五十年も活躍するものもあるが、北海道に関する限り、本州と同じように長期の使用に耐えると考えてはならない。新幹線がなく、
札幌都市圏を除けばほとんどの路線が非電化区間(=ディーゼル運転)である北海道では、気動車特急が都市間輸送の重要な役目を果たしている。北海道の特急
気動車には、新幹線と同じように一回あたりの走行距離が長く、しかも高速運転が多いという特徴がある(「スーパーおおぞら」が走る札幌〜釧路間の営業キロ
は三四八・五qあり、東京〜名古屋間に匹敵する)。こうした使用条件のもとでは車両の劣化も新幹線車両並みのスピードで進行する。一九八五年に登場した東
海道新幹線一〇〇系が二〇〇五年には東海道区間の「ひかり」運用から引退したことを考えると、北海道の特急用気動車も概ね二十年が限界といえる。
JR北海道の無謀ともいうべき高速化も指摘しておく必要がある。あまり知られていないが、鉄道車両のディーゼルエンジンは、自動車のエンジンのように走
行中ずっと動力をかけ続けるような使用を想定していない。むしろ、規定速度に達したら動力をかけるのをやめて慣性によって走行し、速度が落ちてきたらまた
動力をかけるという運転形態のほうが一般的である。ところが、JR北海道の特急気動車は、走行中ほとんど動力をかけたまま最高速度を維持するという運転形
態をとっている。JR北海道では二〇一一年六月にもエンジンから煙が上がる事故があったが、こうした想定外の酷使と無関係ではない。
背景には、北海道内輸送をめぐる航空との競争がある。百七人の命を奪ったJR西日本と同じ利益優先、安全軽視の暴走はJR北海道でも顕著である。
◎消えた座席―不十分な安全基準
ところで、全焼後の車両の写真をメディア報道で見たとき筆者は強い衝撃を受けた。車内にあったはずの座席が完全に焼け落ち、姿を消していたからである。
筆者が情報公開制度を利用して入手した「鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準」(国土交通省鉄道局長通達)を見直してみた。驚くことに、新
幹線と地下鉄以外の車両では座席の表地にこそ難燃性の材料の使用を義務づけているが、詰め物にその義務はない。多くの乗客の命を預かる鉄道車両の安全基準
がこんなものでいいはずがない。
新幹線や地下鉄以外の路線でも、長大トンネルが次第に増えてきている。全ての鉄道車両で座席の表地も詰め物も難燃性の材料使用を義務づける必要がある。
◎安全闘争に取り組まない労働組合
安全を厳しく監視すべき労働組合はどうしているのか。JR北海道労働組合は事故から一カ月近く経った六月二十一日になってようやく「安全確保に向けたア
ピール」を出し、五月三十日に「原因究明を求める会社への申し入れ」を行ったことを公表した。しかし、列車は日々走っているのだ。労働組合としてこの動き
はあまりに遅い。会社の安全対策を現場から問い直す試みもほとんど見られない。労働組合も機能不全だ。
二〇〇九年一月、江差線で下請業者の信号配線ミスにより、赤が表示されるべきところに黄が表示され、あわや追突という事態が起きた。同年十二月には富良
野駅で除雪車と快速列車の衝突事故も起きている。これらの事故の深刻なところは、通常のようなフェイルセーフ(事故の際、最も安全な措置がとられること)
の作動による事故ではなく、フェイルセーフ欠落が招いた事故であるということだ。これは尼崎事故直前のJR西日本と酷似している。
「スーパーおおぞら」の事故から四カ月後の九月十八日に、JR北海道の中島社長の遺体が小樽沖で発見された。自殺の可能性が高いという。遺書らしい書き
おきからは、中島社長が事故の件で悩んでいたことが伺える。自らの命を絶つ前に、無理な高速化の見直しや車両火災の防止策などできることがあったはずであ
る。死亡事故を防ぐためにも、JRは再度初心に戻り、安全第一の企業風土確立に努めるべきだ。
(この原稿は、季刊誌「民主主義的社会主義」No.71に掲載されたものを、同誌編集部の転載許可を受け転載しました。)