最後の灯台守を訪ねて〜竜飛崎灯台旅行記

 灯台守という職業をご存じだろうか。海の安全を守り、船舶に位置を知らせる灯台。その灯台に宿直勤務し、灯台の管理をする人のことであ る。かつて、灯台守の男とその妻の人生を描いた映画「喜びも悲しみも幾年月」(木下恵介監督/1957(昭32)年・松竹)が作られ、同名の テーマ曲(歌:若山彰)が長く国民に歌い継がれる歌謡曲となったことでも知られる。
 現在、灯台は海上保安庁に所属している。有人の灯台は今や長崎県・女島灯台と青森県・竜飛崎灯台の2カ所だけであり、海上保安庁職員が交替 制で勤務している。竜飛崎灯台の場合、1人あたりの灯台勤務は1週間だが、灯台とは岬の突端に位置するものであり、その寂寥感は想像を絶する ものだろう。映画「喜びも悲しみも幾年月」でも、灯台守の妻(高峰秀子)が「わたしたちがこんなに苦労をしていることを、世間の人はなにも 知ってはくれない」とつぶやくシーンがある。これに主人公・佐田啓治は答えるのだ。「お前の苦労は僕が知っている。僕の苦労は君が知ってくれ ているじゃないか」と…
 長年、海の安全を守るために活躍してきた灯台も、近年は次々に無人化され、最後に残ったこの2カ所も2006年3月末限りで無人化されるこ とになった。灯台職員自らの手による一般公開が唯一行われてきた竜飛崎灯台でもそれに先立つ10月末限りで一般公開が終了した。
 2006年3月末の両灯台の無人化は、GPS(全地球測位システム:カーナビゲーションシステムにも使わ れている位置測定装置)の普及などによるものだが、同時にそれは日本から灯台守という職業が消えることも意味する。そんな わけで、古き良き時代の灯台守護者…灯台守の勤務する最後の灯台を追って、ここ竜飛崎へとやってきたのだ。
 それにしても、9月に不老不死温泉を尋ねたばかりなのに、すぐにまたその近辺へ出かけるなんて非効率なことこの上ないと思うが、実は竜飛崎 灯台の一般公開停止〜無人化の話はこの不老不死温泉から帰ってきた直後に知ったのである。事前に知っていれば両方を掛け持ちさせ一度で済ませ たに違いないが、何はともあれ竜飛崎灯台と魅力に満ちた津軽半島をご覧いただこう。(一部の写真は、クリックすると大きくなります)
 

事の発端はこの記事…「読売新聞オンラインニュース」2005年9月22 日付の記事から〜「消える灯台守、津軽・龍飛埼灯台など無人化へ」

 青森県・津軽半島の最北端竜飛崎(たっぴざき)にある龍飛埼(たっぴさき)灯台 (外ヶ浜町)が、来年4月から無人化される。
 長崎県・男女群島の女島(めしま)灯台(五島市)も来年度に無人化される見通しとな り、全国3345基の灯台から「灯台守」が消える。
 龍飛埼灯台では、無人化に伴う工事で、全国で唯一職員により行われていた週末の一般 公開が来月いっぱいで終了する。
 海上保安庁によると、現在、同庁職員が長期滞在しているのは、龍飛埼と女島の両灯台 だけ。龍飛埼灯台は1932年に初点灯し、青森海上保安部職員が1週間交代で滞在し、灯台の管理や波の高さなどの観 測をしている。
 しかし、寿命が長い省エネ電球や海洋情報を自動計測できる「レーダー波高計」が導入 され、全地球測位システム(GPS)機能を持つ船も増え、人件費を節約するために無人化することになった。
 日本海と太平洋をつなぐ津軽海峡は、暖流の対馬海流が日本海側から流れ込むため有数 の漁場となっており、漁船が集まるほか、外国貨物船も行き交う海の交通の要衝だ。潮の流れが速く渦を巻き、風速50 メートル近い突風が吹くため航行の難所でもあり、海の安全を守る灯台は、地元の人に愛されている。
 88年に廃止された青函連絡船に灯台隣の運用舎からラジオ放送で海洋情報を届け、現 在も青森海保職員として灯台を守る菅野俊一さん(55)は「残念だけど無人化は時代のながれ。ただ、灯台から見る北 海道は、大きくて素晴らしいので公開だけはなんとか続けられれば」と話す。(読売新聞) - 9月22日14時59分更新

1.往復の交通機関
 


利用した寝台特急「日本海1号」(撮影地:青森駅)

日本海1号の客車(撮影地:青森駅)

 「日本海」はその名の通り、大阪から日本海縦貫線を通り、函館・青森までを結ぶ夜行寝台列車である。函館始発・終着の1・4号の場合、東 海道本線、湖西線、北陸本線、信越本線、羽越本線、奥羽本線、津軽線、津軽海峡線、江差線、函館本線と10線区を経由する。途中、直流→交流 (60Hz)→直流→交流(50Hz)と3回も電源が切り替わるので、3電源方式の全てを走れる交直流両用機・EF81型電気機関車(写真 左)が大阪〜青森間を通しで牽引する。函館行きの1・4号の青函トンネル区間だけはED79型交流電気機関車が牽引する。
 日本海1号は週末ということもあり、下段はほぼ満室という結構な利用率。九州寝台特急の寂れっぷりばかり見てきた私にとって「車内は混み 合っておりますので洗面所は譲り合ってお使いください」というアナウンスは新鮮だった。

2.青函トンネル記念館と体験坑道
 


ケーブルカーで地下へ下りると青函トンネル体験坑道だ。
頭上の黒いパイプはトンネル内に染み出した海水を排出する配水管。

作業員用通路。この通路を400m進むと竜飛海底駅だ。
トンネル内で緊急事態が起きたときの避難路も兼ねている。

  青函トンネル記念館は、実は竜飛海底駅の真上に位置している。記念館からはケーブルカーで地下に下りて坑道を体験できる。右の写真は封鎖されて入れない通 路で、ここを400m先へ進むと竜飛海底駅がある。竜飛海底駅は、青函トンネル内で緊急事態が発生したときに列車を臨時停車させ、乗客を地上 へ避難させるために設けられているため、通常時はJRが定めたトンネル体験用列車以外は停車しない(2005年10月現在2往復、計4本の み)。しかし、自家用車以外で竜飛崎へ行こうとするとものすごく不便なので、竜飛崎灯台の見物客向けにここで乗降扱いをしてくれればいいのに と、私は今回体験してみて思った。
 


青函トンネル体験坑道内に展示してある工事用車両。

トンネル工事の際の「支保工」。

 青函トンネル体験坑道には、トンネル工事の際の工事車両や、工事の流れ・歴史を説明したパネル展示などが行われている。写真右は「支保 工」(「しほこう」と読む)と呼ばれるもので、建設中のトンネルが崩壊しないよう内部から支えるための支柱である。幸い青函トンネルは工事中 に崩壊に見舞われることはなかったが、同じ海底トンネルである関門トンネルは建設中に土圧によって支保工がトンネルを支えきれず崩壊、陥没し たトンネルで多数の作業員が生き埋めとなり殉職する悲劇が起きている。
 青函トンネルも、建設途中で全体が水没しかねないほどの鉄砲水が起こったという。

3.いよいよ竜飛崎灯台へ!
 


竜飛崎灯台の正門。「竜飛崎灯台 海上保安庁」の看板がある。
灯台の概要を説明する案内板が立っていた。

「津軽半島竜飛崎」の看板があるこの地点は展望台になっている。
晴れた見通しの良い日は、対岸に北海道が一望できるという。

 竜飛崎灯台へ着く。「ご覧あれが竜飛岬北の外れと 見知らぬ人が指をさす」(津軽海峡冬景色/石川さゆり)と歌にも歌われている。
 本当は午前中から回る予定だったが、午前中あまりにも雨が激しかったため、青函トンネル記念館を見学することにして灯台を午後からにしたの だ。天気予報に従った結果だが見事に雨は上がった。
 灯台では、すでに無人化に備えた工事が始まっていた。灯台というものを本格的に見たのは今回が初めてだが、昼間は点灯していないようだ。こ れまでは電球が切れると灯台職員が自ら交換していたが、これからは海上保安庁が契約した電気業者が交換に出向くという形になるのだろう。
 残念ながら一般公開は晴天日だけらしく、この日はなかった。灯台の駐車場には観光客目当てと見られる売店が2店あった。 
 

竜飛崎灯台の正門前に建てられていた灯台の案内板に書かれていた内容をここにご紹介し よう。
(漢数字はアラビア数字に直してあります。また、文字が不鮮明のため読めない部分は*で表 示しています)

竜飛崎灯台
 竜飛崎灯台は、海上交通の要衝、津軽海峡の西側の玄関口に位置し、昭和7年7月1日 完成点灯しました。

施設の概要
 位置 北緯41度15分21秒
     東経140度20分45秒
 塗色及び構造 白色 ** コンクリート造
 灯質 ***光
     毎20秒に2閃光
 光度 41万カンデラ
 光達距離 27海里(約50キロメートル)
 高さ 地上〜頂部 14メートル
     水面〜灯火 119メートル
 管理事務所 青森海上保安部 電話〈略〉

 この灯台は、対岸の白神岬灯台と共に、津軽海峡の西側玄関口を占める重要灯台なの で、霧信号所(青森灯台)を併置して、船舶の安全航行に大きく寄与しております。
 このほかにも、船舶気象通報業務といって、付近航行船舶に毎時、灯台付近の気象状況 を知らせるサービス業務を行っています。
 この灯台が、永い年月、海の道しるべとして人知れず働き続けて来たことを想うとき、 これから***多くの****と貴重な***守るために、夜毎美しい光を*****投げ掛けるよう祈念するものであ ります。

社団法人 燈 光 会  
 〈以下略〉
 参考…(社)燈光会サイト

4.「階段国道」
 


階段国道の麓側。どこにでもある普通の漁港だ。

青森土木事務所が設置した階段国道の案内図。

階段国道がここから始まる。赤いタイル部分を歩く。

何事もなかったように民家の脇に立つ国道の標識。激しく不釣り合い。

 竜飛崎灯台のすぐ近くに、全国で唯一自動車が通れない歩行者限定の国道がある。その名も「階段国道」。弘前市から五所川原市を経由して竜 飛崎へ至る国道339号線の終端に当たる場所だが、元は完成当時、建設省の担当者が図面だけで現地を見ずにここを国道339号線と決定したの がそもそもの始まりらしい。ちなみに自動車は、こことは別の村道を通って頂上に出られるようになっているので問題はないそうだ。
 元々ここは階段がなく、獣道のようになっていたそうだが、ここが地元の小中学生の通学路になっていることから、子供たちがケガをしては大変 と階段が作られたとのこと。
 


いよいよ階段国道のハイライトの階段部分に入る。
見れば見るほど、誰が通るんだろうかと思ってしまう。

階段国道の途中区間。つづら折りになっている。
鉄道で言えば三段式スイッチバックか。(ぉぃ)

いよいよ頂上間近になってきた。
全体が紫色に染まり、どこかに迷い込んだような気分になる。

ゴール到着。ここにも土木事務所が設置した看板がある。
天気がよければ海がきれいに見えるのだが…

 階段国道は麓と頂上の高低差が約70メートルある。日頃運動不足を感じている人はいい運動になるのでぜひ登ってみたいところだ。
 写真は省略したが、階段の途中には廃校となった中学校の跡地がある。ここに通っていた子供たちが毎日ここを上り下りしていたことになる。左 下の写真は、木々の枝葉が紫色に染まり、どこか異世界ムードも漂わせる。階段の手すりが木々の枝と同じ色になっているが、もしこのような効果 を狙って揃えたのだとしたらさすがだ。
 当サイト管理人は、階段の頂上側に車を止めて初めに階段を下り、それから登って往復した。もし車で来ようと思うなら、頂上側に大きな駐車場 があるのに対し麓側は漁港があるだけで駐車場がないので頂上側に駐車するようにしたい。もとよりここに観光に来る人は、ほとんど竜飛崎灯台や 竜飛ウィンドパーク展示館とセットで観光することだろう。竜飛崎灯台やウィンドパーク展示館は階段国道頂上のさらに上なので、その面からも階 段国道の頂上側に車を止めるほうがいいと思う。

・まとめ
 短い日程だったが、津軽半島の旅を堪能してみて思うことは、最果ての地のここ津軽にも見所がたくさんあるということである。私は日帰りの慌 ただしい日程で、竜飛崎灯台を早々に後にしたため実現しなかったが、宿泊するつもりならぜひ津軽海峡に面したホテル竜飛の利用をお勧めする。晴れた日であれば、 津軽海峡に沈む夕陽・昇る朝日が対岸の北海道と共に一望でき、その雄大さに感動することだろう。
 ただ、回ってみて、日帰りでも十分だな、と思ったことも事実である。マイカー利用で朝早く現地入りし、夕方現地を発つ日程なら、ここで紹介 したルートに加えてウィンドパーク展示館まで回っても1日で勝負はつくだろう。
 交通の便が悪いのも難点のひとつである。実をいうと筆者も当初はJR津軽線を使う計画だった。が、時刻表を見る限り三厩から先に交通機関が あるかどうかわからず、JR津軽線にしても、津軽海峡線と別れる中小国〜三厩間で1日5往復しか列車がないというのではどうしようもなく、計 画していた津軽線の完乗を諦めてまでスケジュール優先のために青森でレンタカーを借りざるを得なかった(ついでにいうと、こうなることはある 程度出発前に予想できていたのに「レール&レ ンタカーきっぷ」(通称トレン太くん)を使わなかったのも失敗だった)。
 竜飛崎灯台の露店従業員に、ここまで来る交通機関があるかどうか聞いたところ、三厩駅からならバスがあるという。事実、階段国道頂上の駐車 場にバス停があったので時刻を調べたら、1日数本のバスが運行されていた。しかし、正直、1日5本の津軽線と連絡する1日数本のバスというの では観光客の足にはなり得ない。「津軽海峡冬景色」の舞台にもなった竜飛崎は観光地としてこんなに魅力的なのに、交通の便が悪すぎて観光客を 取り逃がし、ずいぶん損をしているように思うのである。
 青森県と地元・津軽半島が竜飛崎を観光地として盛り立てていこうとするなら、もっとその魅力を宣伝したほうがいいし、交通の便も改善したほ うがいいと思う。とはいえ、単線区間も抱えている津軽線は津軽海峡線との兼ね合いもあってこれ以上の増発は無理だろうから、さしあたって現状 の施設・設備のままできる改善として以下のような点が考えられる。
案1…蟹田〜三厩間の列車を1日10往復に倍増し、海峡線の特急を蟹田に停車させてこれらの列車と連絡させる。
案2…竜飛海底駅で乗降ができるようにする。
案3…青森駅〜竜飛崎灯台間にバスを運行。

…と書いてみたものの、現地の状況を見ているとどれも実現しなさそうだ(苦笑)。この中で一番現実的な案は実は2ではないかと思っている。 現在、特急「白鳥18号」「白鳥3号」を使って竜飛海底駅・青函トンネル記念館の見学ができるようになっているが、残念ながら青森から出発し て函館に向かうルートしか設定されていない。これを、青森から出発し、竜飛海底駅を見学して青森に戻れるコースも設定するのだ。そして、あら かじめ設定されたコースにこだわらず、竜飛海底駅に停車する列車は全て利用可とするだけで、「白鳥」が竜飛崎観光目的に使えるようになる。海 底駅の管理や、地上(青函トンネル記念館)と海底駅を結ぶケーブルカーの運行が負担になるようであれば、普通乗車券の利用は認めず、現状通り 海底駅見学者に限定して乗降する列車を自由に選べるようにするだけでもずいぶん便利になるだろう。海底駅見学・青函トンネル記念館・竜飛崎灯 台コースの「周遊きっぷ」を設定し、この周遊きっぷを持っている人にだけ竜飛海底での乗降を認めるというのはどうだろうか。
 案3として挙げたバスの運行も、週末・祝日、学生の休みの時期や秋の観光シーズンに限定して1日1便か2便くらいで構わないから、実現して ほしい。

 以上、思いつくままに竜飛崎の魅力と交通改善案について書かせてもらった。竜飛崎灯台の一般公開は終わってしまい、来年3月末をもって灯 台は無人化されるが、一般公開だけは何らかの形で再開したいという地元の希望もあるという。魅力にあふれているのにいまひとつ実力が伴わない ように見える竜飛崎に、みなさんもぜひ出かけてみてはいかがだろうか。

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