目前に迫ったJRグループの3月改正。
その改正では、芸備線の急行「ちどり」「たいしゃく」の両急行が「みよし」に統合され、愛称消滅の運命を辿ります。
「ちどり」は、いまでこそ備後落合発着の地位に甘んじていますが、かつて(15年ほど前まで)は芸備線〜木次線経由で山陽と山陰を結んでいた
栄えある「元・陰陽連絡急行」で、その愛称は松江城の別名・・・千鳥城に由来します。また「たいしゃく」の名称は、広島県の名勝・帝釈峡に由
来します。
私は、1月27と2月23〜24日の2回に分けて、両急行に乗りに行ってきました。今日は、そのうちから2月に乗車した「たいしゃく」の模様
をレポートします。
本当は、愛称的な重みからいえば当然「ちどり」をレポートすべきなのですが、いろいろな意味で今回は「たいしゃく」の方におもしろいネタが多
かったので、そちらを選ぶこととしました。
今回の乗車旅行は、いつもと違い撮り鉄の友人と2人での行動となりました。まず1日目の23日、午前中は友人が「たいしゃく」に乗車、私は
友人の車を駆って併走します。午後、「たいしゃく」に乗車です(友人は車で併走)。
午後5時半前、いよいよ広島駅9番線に「たいしゃく」の登場です。いつもなら広島カラー(白地に緑の斜めライン)キハ28・58の2両編成な
のですが、この日はジョイフルトレイン「ふれあいパル」(内装はお座敷列車)の回送編成が併結され、堂々の4両編成です。
やがて17:34、ほぼ満員の乗客を乗せて広島を定時発車した「たいしゃく」は、いきなり志和口までの33.1km、39分間、交換のための
運転停車を除きノンストップで走ります。昨今では珍しい堂々たるダイヤです(^^;; やがて広島市域を外れ、向原、甲立と停車。ポツリポツ
リと数人が降りますが、まだ車内はほぼ満員のままです。
車内の乗客にはっきりした動きが見えたのは三次到着時ですね。ここで乗客の大半が降りてしまい、車内は急に閑散とします。三次は近年、広島市
のベッドタウン化が著しい地域で、一応三次市が広島への通勤圏の北限と考えて良さそうです。三次では2分間の長時間(?)停車。
三次を出た列車は塩町、備後庄原、備後西城と停車し、やがて備後落合へ。終点・備後落合まで乗車したのは、なんと私1人だけ(^^;;
備後落合到着後、車掌に「ふれあいパル」の件について尋ねると、この日は備後落合に滞留し、明日24日朝、団体列車として備後落合から呉線方
面に向かう、とのことでした。
その夜は友人の車で東城町内の旅館に向かいそこで一泊、翌朝再び下り広島行き「たいしゃく」に乗車します。幾分早起きして備後落合駅に向か
い、「たいしゃく」の一足先に発車する「ふれあいパル」を撮影。さすがは中国山地のど真ん中だけあって真っ白に雪化粧した備後落合駅は、かつ
て構内の片隅にあった機関庫が取り壊されて影も形もなくなっており、より一層の寂寥感を誘います。
お目当ての「たいしゃく」は、備後落合〜備後庄原間が普通列車扱いになっているのが前日の上りと違う点です。
備後庄原までは通学の高校生らが入れ替わり立ち替わり乗車、下車を繰り返します(日曜日なのに学校?)。急行となる備後庄原では乗客のほとん
どが降りてしまい、車内は閑散とします。
昨日とは逆に、三次で大量の乗車があり、広島市域に近づくにつれポツリポツリと乗客が増えていきます。三次から広島市内へ遊びやショッピング
等に行くのにちょうどよい時間帯ということもあり、老若男女さまざまの乗客で車内はほぼ満員。日曜日のせいか若者の姿も多く、斜め前に座った
高校生らしき女の子は強めに設定された暖房の影響もあってか参考書を広げたままこっくりこっくりとしています(^^)
志和口を出ると広島まで32分間はノンストップ。昨日のような交換待ちの運転停車もなく、今度は本当のノンストップ運転。これはなかなかの圧
巻でした。
やがて9:25、私を乗せた「たいしゃく」は無事広島駅に着きました。
さて、2日間の乗り歩きを通じて感じたことを少々。
「ちどり」に関しては今回、「たいしゃく」に比べてレポートが書きにくかったため割愛しましたが、車両・運転形態・車内模様・乗客の流動等は
「たいしゃく」とほぼ同じでした。ただ、「ちどり」は「たいしゃく」と比べた場合、朝に広島市に向かって夕方、ベットタウンの周辺地域に帰
る・・・という乗客の流動とはダイヤが逆の設定になっており、その影響で車内の混雑度は「たいしゃく」が上だったように思いますね。「ちど
り」がそのようなダイヤ設定になっているのは、陰陽連絡時代のダイヤを引きずっているからでしょう。
3月改正では、両急行は「みよし」に統一され、運転区間も広島〜三次間に短縮されるとのことですが、上でレポートしたとおり、両急行とも三次
以北の区間はほぼ空気輸送に等しい状況といえます。歴史と伝統のある「ちどり」も備後落合打ち切りとなって以降、凋落ぶりは覆いがたく、三次
以北の区間を打ち切って利用状況のよい区間だけの急行サービスに徹しようという今改正での選択は、利用状況を見る限りはやむを得ないものとい
えそうです。愛称の整理が適当かどうかの判断は留保しますが(^^;;
広島〜三次間は、今後も急行として残すだけの価値は充分あると考えます。広島〜志和口間33.1kmノンストップ運転に見られるように、この
区間での急行の優位性は高く、広島〜三次間に限れば表定速度は60km/h。これは、近代化の遅れている中国地方の非電化幹線・亜幹線では気
動車特急の表定速度にほぼ匹敵する水準であり(気動車特急が遅すぎる、という事情もありますが・・・)、特急に格上げできる水準ではないもの
の急行としては十分な速度で走れているといえます。
ライバルである高速道路(中国自動車道〜広島自動車道)が芸備線と比べて大きく西に迂回しているという事情も、芸備線急行に有利に作用してい
るようです。実は私、23日午前中友人の乗っている「たいしゃく」を撮影しながら車に乗った時は、撮影後、高速道路を使って追いかけたにもか
かわらず結局、広島まで「たいしゃく」に追いつくことはできませんでした。
JRの急行料金は、(月に1,2度の乗車であれば)子供の小遣いでも捻出できる程度の格安の金額であることから、現に学生など若者が気軽に利
用し、連日満員の状況が続いているこれら急行は芸備線の収支アップ、イメージアップに大きく貢献していることは間違いなく、その点からもJR
広島支社は「ちどり」「たいしゃく」統合後の新生「みよし」を暖かく育てていって欲しいと思います。
結論・・・急行、健在なり!