今こそ取
り調べ全面可視化と司法改革を!
厚生労働省を舞台とした障害者郵便不正利用事件で、村木厚子元局長に無罪判決が出されたのをきっかけに、前田恒彦・元検事(起訴され懲戒免職)による証
拠改ざんが明るみに出た検察が激震に見舞われている。事件当時の特捜部長・大坪弘道容疑者が犯人隠避容疑で最高検に逮捕。小林敬・大阪地検検事正と、当時
大坪容疑者の上司だった三浦正晴・福岡高検検事正も辞意を明らかにした。事態は法務・検察トップである検事総長の引責辞任をにらみながら、しばらく緊迫し
た展開が続きそうだ。
●検事が「作られたストーリー」「可視化」
ところで、大坪前特捜部長は、逮捕後、収監された大阪拘置所で、接見した弁護士に対し「検察官を辞めるつもりはない」と辞意を否定した。大坪前部長は
「最高検の言っているのは事実と違う。作られたストーリー」とも話し、自身の容疑について全面的に争う意向を示している。比較的落ち着いた様子で、弁護人
が差し入れた「被疑者ノート」に、取り調べでのやりとりを詳しく記しているという。大坪前特捜部長は、ともに逮捕された大阪地検特捜部前副部長・佐賀元明
容疑者とともに10月21日付で懲戒免職処分となったが、人事院に処分取り消しを求める申し立てを行い、徹底的に争う意向といわれる。逮捕された特捜検事
が容疑を全面否認し、最高検と全面対決する道を選んだのだ。
さらに驚くことに、佐賀容疑者は最高検に取り調べの録音・録画(全面可視化)を要求した。これに対し、最高検の伊藤鉄男次長検事は、10月5日の記者会
見で「(検察官が)自分が取り調べられる時だけ可視化をしろというのはどうかと思う。彼は(取り調べの中で)自分を守る方法を一番よく知っているはずだ」
などと述べた。
さらに、伊藤次長検事は「被疑者の権利を守るための可視化ならば必要はない」とも述べた。なんたる傲慢な姿勢か、いったいいつの時代なのかと思ってしま
うが、それが彼ら検察の偽らざる本音なのだろう。
これまでさんざん市民からの取り調べ「可視化」要求をはねつけ、被疑者に自分たちのストーリーに合うような供述を強要してきた特捜検事たちが、自分たち
が被疑者の側になるや、一転して最高検の捜査を「作られたストーリー」と反発し、しかも自分たちがかつて取り調べてきたあまたの容疑者も顔負けの全面否
認、取り調べの可視化まで要求する。それに対して最高検が「お前らも検事なのだから、自分の身の守り方くらい知っているだろう」と却下する。それは密室取
り調べと改ざんがまかり通る日本の刑事捜査が生んだ喜劇のような悲劇である!
●問うに落ちず、語るに落ちる
検察の怖さ、その手の内を最もよく知る検事たち自身が可視化を要求する。日本の密室取り調べの違法性と可視化の重要性を検事みずから証明してくれたので
ある。「問うに落ちず、語るに落ちる」とはまさにこのことだろう。
取り調べ可視化が最も重要な司法制度改革のひとつだということは疑いがないが、同時に、欧米諸国のように、取り調べに弁護士が同席できるシステムも必要
なのではないか。可視化が実現することは、「推定無罪」の被疑者が人権を保障されるための大きな一歩には違いないが、フロッピーディスクさえ改ざんするよ
うな捜査機関に公正な録音録画が果たして本当に可能なのだろうか。
弁護士が取り調べに同席し、録音録画も弁護士など捜査機関でない者が実施するという原則を確立すべきだ。取り調べ可視化も、ただ実施さえすればいいとい
うものではないということを、今回の証拠改ざん事件は教えてくれている。
●地位にしがみつく検事総長
ところで、事態がここに至っても、法務・検察トップの大林宏・検事総長が「失われた国民の検察に対する信頼を取り戻すことが私の責務」などと、未だに地
位にしがみつく姿勢を続けているのは情けないことだ。
もちろん、大林検事総長はこの間、札幌高検検事長〜東京高検検事長の地位にあったのだから、大阪を舞台とした今回の事件に直接の責任はないかもしれな
い。しかし、当誌第105号に掲載した拙稿「法務・検察の不愉快な仲間たち」で明らかにしたように、大林検事総長は、在中国日本大使館一等書記官として北
京に赴任していた1980年、中国当局の秘密監禁を解かれて帰国しようとする伊藤律・日本共産党元政治局員(故人)を尋問し、「共産党をどう思っている
か」などと、思想調査まがいの取り調べを行っていたのである。
超難関といわれる司法試験を突破して検事となった大林検事総長が、まさか日本の最高法規である日本国憲法をご存じないということはあり得ないだろう。国
民が信条によって差別されないこと、思想・良心の自由は侵してはならないことがそこにはきちんと定められている。この国の最高法規である日本国憲法を白昼
公然と蹂躙し、思想調査を行った者が法務・検察行政のトップに就くこと自体、あってはならないことである。
検事総長が、「今回の事件は自分の責任ではない」と思っているとしたら、それは大きな誤りである。今回の事件は、目的のためなら手段を選ばず、非合法活
動にさえ手を染めてしまう「政治検察」「秘密警察」的体質が生み出したものだといえるからだ。
過去に共産党員を秘密警察的に尋問した大林検事総長は、いわばそうした政治検察の申し子のような存在である。だとすれば、彼がとるべき出処進退は明らか
だろう。検事総長は過去の自分の行為が違憲であったことを認め、潔く法務・検察行政から去るべきである。
(黒鉄好・2010年10月24日)