座談会「国鉄改革20年の検証」 利権獲得と安全・地域破壊の20年
――公共鉄道の再生に向けて――
出席者 立山 学 氏
鎌田 慧 氏(ルポライター)
安田 浩一 氏(フリージャーナリスト)
唐澤 武臣 氏(国労高崎地本役員)
佐久間 誠 氏(鉄建公団訴訟原告団事務局長)
司 会 松原 明 氏(ビデオプレス)
※肩書きはいずれも当時のものです。
松原 1987年4月1日に国鉄が「分割・民営化」され、ことし3月31日で丸20年という節目を迎えます。当時から現在にいたるまで国鉄改革の経過をウオッチしてこられたジャーナリストの皆さん、身をもって体験してこられた労働者の皆さんにお集まりいただきました。この座談会では国鉄改革20年を徹底的に検証したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
●崩れだした「国鉄民営分割政策成功神話」
まず国鉄改革20年について総括的なお話を、立山さんからお願いします。
立山 鎌田さんと私は、20年前の87年4月1日の「国鉄の臨終」に立ち会った仲です。この日の「国鉄が死んだ日」というタイトルのTV朝日の番組に一緒に出演しました。私はそこで「国鉄民営化が余部事故をもたらした。その反省をしないと、事故が多発する」と指摘しましたが、不幸にして、この警告のとおりになっています。「国鉄民営化の20年」について具体的にしゃべったら1カ月以上かかりますので(笑)、以下ポイントだけ問題提起します。
「国鉄民営分割問題」とは、JR・鉄道問題だけではありません。「国鉄民営化を先頭に、民営化路線を日本全体に適用していくことが、日本を活性化させる唯一の道だ」という立場を自民党政権も財界もこの20年間一貫してとり、平和・福祉国家路線つぶしをしてきました。
国鉄民営分割政策は、道路公団民営化や郵政民営化など日本の民営化路線を牽引する機関車であり、教育改悪・憲法改悪とも連結していることは明白です。
その国鉄民営分割政策は「大成功だ」というのが、政府・財界の評価であり、世間一般も「大成功」と信じ込まされてきました。
しかし、具体的事実を踏まえた検証はやられていません。検証抜きの「国鉄民営分割成功神話」が長い間、日本社会を覆ってきた。これが、国鉄闘争の拡がりを妨げる大きな壁になってきたわけです。しかし、05年4月25日の尼崎事故を契機として「国鉄民営分割神話が崩れた」とまでは言わないが、「化けの皮」がはがれてきていることは間違いありません。
事実に基づく検証をつきつけていけば、「国鉄民営分割神話」は総崩れする可能性がでてきている。「国鉄改革成功論は福知山線事故以前には世間一般に通用したが、事故以降は通用しない」と葛西JR東海会長自身が述べています。
「国鉄民営化20年の功罪」についての総点検運動を国民運動として、今こそ、積極的に展開すべき時です。
●国鉄改革の達成目標5項目の結果
国鉄民営分割政策の点検項目、つまり、政府が国鉄改革で達成すると国民に公約したことは5項目あります。
結論から言えば、(1)長期債務処理が失敗、(2)労使関係正常化問題も不当労働行為問題で未解決(3)「生活の足、地方の足は守ります」と約束した3島問題も未解決です。政府はこの3項目については、「未解決」あるいは、「やり残しがある」と認めているんです。(例えば国土交通委員会での石原伸晃国土交通大臣答弁)
(4)「鉄道経営への利権政治の介入排除」については、政府は「排除できた」と言っていますが、誰も信用しません。政治利権のシンボルの整備新幹線をフル規格でやっているのですから。
国鉄民営分割から10年経過した時点で、すでに「国鉄民営分割神話」を支える5本の柱のうち4本は崩れてしまい、残ったのは(5)「効率的経営の確立」だけになっていました。つまり「JR本州3社の黒字化は達成できた、ものすごく儲かっている」ということしか「国鉄改革成功論」をアピールできるものはなくなったのです。
だから、国鉄改革=「効率的経営の確立」(国鉄改革法第一章に明記)達成をことさらにアピールするためにも、JR本州三社の「過剰なリストラ」による、「過剰な黒字づくり」を、安全二の次で追求しつづけたのです。その成功モデルとして、JR西日本の福知山線を含む「アーバンネットワーク方式」が宣伝された。それを政府も財界も高く評価したわけです。その結果が、107名の命を奪う尼崎事故となったのです。
「国鉄民営分割成功神話」を支える唯一の柱である「本州JR三社の黒字経営」は、「安全無視の危険なリストラ」と「専制的懲罰的労務管理(不当労働行為労務政策)」で成り立っているということが、世間の目にも見えてきたわけです。
しかし、政府は「民営化と事故は無関係」と言い張っています。だが、民営化推進側でも、先が読める連中は、従来の「民営化成功神話」はもう通用しなくなると見て、軌道修正を模索しています。野党・労組のリーダーの方が、この情勢に鈍感のようです。
●国鉄改革の裏の狙い=利権獲得
しかし、「国鉄改革成功神話」がゆらいできたからといって、民営化路線を告発し対決する運動の高揚なしには、そのまま自然に相手がつぶれるかというとそうは言えません。
なぜかといえば、「国鉄改革の公約5項目」は建前であって、民営化陣営が、本当に民営化で達成しようと狙っている裏の目的は別にあって、それは、かなり達成されているからです。
現状は、「紳士の仮面」が破れて、詐欺師の素顔が出てきたようなものですが、詐欺師をつかまえないと、彼等は金をもって逃げてしまう。
民営化詐欺師が、民営化で獲得しようとしたものは何かといえば、それは、公的資産の略奪=利権と特権の肥大化です。
国鉄民営化とは「国家的な振り込め詐欺」だと、わたしは見ています。
国民が騙されたのは、公を蝕む「官僚主義」と「利権あさり」があまりにひどいから、借金整理をからめた「民営分割をすれば、官僚主義と利権あさりを抑制できる」という民営化詐欺師口上にひっかけられたのです。
しかし、点検してみると、民営分割の結果は、かえって、官僚支配も、利権も増殖・肥大化させ、公的借金を増やしていることがわかります。
1つは旧利権の温存です。第二臨調は国鉄の借金の大元をつくった「整備新幹線建設をやめる」と言いましたが、結果は、整備新幹線の新規3線5区間の建設財源1.1兆円を、国鉄民営分割でひねり出し、フル規格で建設し、北海道・九州にまで延ばすことになっています。
なぜ鉄道族のドンの三塚博運輸大臣(当時)が国鉄民営分割推進の先頭に立ったかといえば、国鉄が借金を抱えたままでは、新規利権鉄道工事をやる財源の余地が狭まるから、民営分割で国鉄の借金を清算して(国民負担化)、身軽にしたほうが、鉄道族利権を温存・継続できると計算したからです。中曾根も旧利権の温存を約束して、国鉄改革をやった。
民営化をやった87年の年末には、赤プリ族(運輸大臣経験者)が赤坂プリンスホテルに集まり、JR各社の社長を全員呼びつけて「おまえら、誰に社長にしてもらったと思っているんだ。整備新幹線賛成です、といえ」と脅し、整備新幹線着工にもっていったのです。この鉄道利権の三塚派を引き継いだのが森・小泉派です。
それだけではありません。JAPIC(社団法人日本プロジェクト産業協議会)という鉄鋼・セメント・ゼネコンを中心とする公共事業受注産業グループは、受注産業からプロジェクト産業に転換しようといって、自分たちで、大規模公共事業を企画・提案し、政・官に働きかけてやらせる仕組みをつくったわけです。このJAPICが「国鉄民営分割が終わるまで鉄道の新規工事は抑制されるから、別口を開拓しよう」と計画し、金丸信を使ってやらせたのが臨海副都心開発であり、東京湾横断道であり、関空建設でした。
まさに、民営化と並行して、大規模利権公共事業のバラマキが進行したのです。それに、鈴木保守都政も一役買った。「行革の神様」と呼ばれた鈴木都知事は、福祉を削ってためた黒字分を全部つぎ込んでゼネコンを潤すだけの都庁新宿移転・臨海副都心開発を進めました。そのツケが重く今にのしかっている。
行革・民営化によって、利権退治ができるなんで、真っ赤なウソです。
●民営化利権の発生
国鉄民営分割は、旧利権を温存したうえに、さらに、新規民営化利権をもたらしました。その典型が、民営化による国鉄用地の格安売却です。国鉄駅前の超優良国有地の放出は、100年に一回のことです。それとからんだ都市再開発ビジネスの典型は汐留です。この問題については既にくわしくレポートしていますので、多くは述べません。(国鉄闘争共闘会議発行パンフ『こんな日本に誰がした』参照)
中曾根が、国鉄民営分割で最も狙っていたのは、土地利権の獲得と、闘う労働運動つぶしだったわけです。
彼の公共の土地利権あさりのひどさについては、大塚雄二元建設大臣が怒りをこめて、詳細に暴露しています(インターネットでも見ることができます)。
「国鉄民営化」の経験で、「民営化は利権ぶとりができる絶好のチャンス」だということを、欲の深い連中が嗅ぎつけたから、以来、つぎつぎと、民営化という名の公共資産かっぱらいの動きが広がるのです。
それにブレーキをかけるべき労働運動・野党・マスコミの批判力も衰弱させられたからなおさら、利権ビールスの伝染がひどくなっている。
さらに、それを加速させたのが、アメリカです。アメリカは日米構造協議で、「おれたちにも、民営化のうまい汁をすわせろ」として、日本は630兆円の公共投資をしろ、と圧力をかけました。この民営化・規制緩和後押しの日米構造協議方式が現在まで継続している。そのマイナスが、事故・不祥事多発、格差拡大、少子化などとして顕在化してきています。
しかし、これは、まだ、序の口で、これからが、民営化のマイナスの表面化が本番化するでしょう。「民営化こそ売国の所行」だということが、これからハッキリしてきますよ。
●歴史の変わり目に機能しなくなるマスコミ
鎌田さんからも、20年間を振り返った総括的なお話をいただきたいと思います。
鎌田 国労本部は87年3月31日に当時の国労会館の講堂で集会を開き、その前にも日比谷野音で大集会をやりましたが、それらは一行も報道されませんでした。ジャーナリズムであれば、あした国鉄が分割・民営化される一方で、反対集会が開かれたことを報道すべきだったと思います。僕は佐賀県の鳥栖にも取材に行きましたが、駅やホームにはJR発足のポスターや飾り物がいっぱいで、大宣伝をやっていたことを覚えています。とにかく、反対意見は一切報道しないというマスコミの姿勢だったのです。このとき、これからの新聞、マスコミは国策に対して全然抵抗できないことを、僕は肝に銘じました。マスコミは今回の教育基本法改悪でも、反対集会や国会前座り込みなどをほとんど報道しませんでしたよね。歴史の変わり目には、マスコミがほとんど機能しなくなることが顕著に表れた例が、近年では国鉄分割・民営化だったと思います。
安倍政権が言っている「戦後レジームからの脱却」は、中曽根政権の「戦後政治の総決算」を引き継いでいます。中曽根が国鉄分割・民営化と国労つぶしをやり、彼に続く歴代の自民党政権が戦後民主主義を総否定してきて、安倍が憲法改悪で総仕上げをするという戦略がはっきり見えています。が、それに対してマスコミがほとんど無力です。普段はそれなりに民衆のことを取り上げても、いざ「国策」となると全く歯が立たないことは、国鉄分割・民営化という歴史的な経験を通して強く感じます。
●労働運動つぶしとしての国鉄改革
これはいろんな集会で話したことですが、三池労組の経験として、「抵抗なくして安全なし」という歴史的な事実があります。三池炭鉱では59年ごろに第二組合がつくられて、どんどん肥大化しました。坑内の現場で第二組合が多数派を占め、第一組合は少数派に転落して、安全点検闘争をほとんどできなくなってしまいました。それまでは労働組合が安全をチェックし、要求として掲げ、危険な作業は絶対しないという形で労働者の命を守っていました。それが「抵抗なくして安全なし」のスローガンで、抵抗がなくなれば事故が起きることを見通していたわけです。三池労組が少数派にされたことによって、63年11月の炭じん爆発が発生したのは、歴史的な事実です。僕は国労つぶしの歴史の中で、「抵抗なくして安全なし」を強く主張してきました。
60年に三池争議が敗北した後、民間大企業で労働組合の敗退が続きました。60年安保闘争に中立労連の全造船が参加したことに恐怖した造船資本、軍需資本は、第二組合の造船重機労連をつくって、全造船をつぶしていきました。三池労組つぶしから三菱重工、石川島播磨といった民間大企業の労組つぶしが続きましたが、国労を含めた公労協はほとんど関心を示しませんでした。
僕は当時、大阪の国労青年部の学習会に呼ばれて、2日で朝勤と夜勤の労働者と2回続けての講演をやったことがあります。国鉄にも合理化の波がひたひたと押し寄せてきたときで、公労協の組合が民間の合理化の実態を知りたいという最初でした。しかし、国労も含めた公労協は、民間の合理化にほとんど無関心でした。その国労が組合つぶしの攻撃を受け、全電通や全逓が攻撃され、今は自治労が攻撃されています。まさに「戦後レジームからの脱却」という形で、戦後つくり上げてきた労働運動を全部つぶしてしまおうという攻撃がかけられてきたわけです。その最も強力な攻撃が、国労つぶしという形で表れました。
大阪市職労と大阪市従業員組合に対する攻撃は、去年ごろからものすごく強烈なものになっています。僕は従業員組合にかかわっていますので、よく知っていますが、自民党の市議会議員がテレビクルーを引き連れて攻撃させています。いわゆる「ヤミ専」問題で、テレビ局のスタッフが組合員の自宅に張り込み、家から組合事務所に入るまで尾行したり、事務所に来ているかと押しかけてきて、それを放送しました。生活が苦しくなっている市民は「あいつら、いい加減なことをやっている」と同調しました。しかし、大阪の現場の労働者は、戦後、全く人権のないところから労働運動を始めたんですよ。現業労働者の賃金は人件費として計上されておらず、「資材費」の中からかろうじて払われていました。そういう差別の中から労働組合をつくり、ようやく獲得してきた権利を、今度の攻撃で全部はく奪されてしまったのです。もともと行革で一緒にやるはずの攻撃でしたが、バブルによって地方自治体に金が入りましたので、行革は徹底しないで終わりました。その攻撃があらためてかけられているわけですから、今の自治労攻撃の前段として、教訓として国鉄分割・民営化はありました。
そういうマスコミと一体化した労働組合つぶしに対抗する論理を持たなかったことも、1つの反省点ですね。もちろん論理だけで対抗できたわけではありませんが。
国鉄では時間内入浴が攻撃されました。「汚れ落としも仕事のうち」で、労働者が風呂で体を洗って家へ帰るのは当たり前の権利でした。これは造船でも、鉄鋼でも、炭鉱でも同じでしたが、国鉄労働者はその権利もはく奪されました。
●引き起こされたモラルの崩壊
国労つぶしのもう1つの側面は、公共性というモラル、あるいはルールを根本的に破壊して、労働者のプライドと抵抗を破壊し、もうけのために労働者を従属させることでした。その方法は、不当労働行為として明確に表れています、同じような不法行為が、あちこちの現場でモラルを崩壊させてきました。食品会社は食品にばい菌が入らないようにする、交通運輸企業は事故が起きないようにする、メーカーは爆発によって被害をまき散らさないようにするといった、資本主義による生産が規制しているモラルを崩壊させて、超過利潤を追求していくという形です。公共性や法令順守、企業の社会的責任を全部破壊させてきた源に、「戦後政治の総決算」、「戦後レジームからの脱却」という政治的な攻撃がありました。残念ながら野党はそれに対応できませんでした。そういう意味では、国鉄分割・民営化という事業は、額面どおりには成功しなかったにしても、政治的な攻撃は成功してきたわけです。うその情報でも何でも遮二無二使って攻撃することをブラックプロパガンダといいますが、ブッシュが「イラクは大量破壊兵器を所有している」と言ったのと同じようなブラックプロパガンダが、まかり通ってきました。
20年たって、裁判所がやっとこれじゃまずいと少し正気を取り戻しつつありますが、その時には累々たる死骸(しがい)の山ができていたというのが、国鉄分割・民営化に関する僕なりの総括です。
松原 今のお話を聞いて、1945年から始まった戦後の約40年間、危ういながらも何とか持ちこたえていたのが、87年に大きく転換され、それから20年たったという感じがしました。国鉄分割・民営化によって、不法行為が公然と行われ、それをマスコミが支えるという構造が出来上がったことが、今になってより明確に見えていると思います。国鉄分割・民営化の狙いは旧利権の温存であり、新規利権の獲得であったという立山さんのお話と考え合わせると、相手側の路線の全体像が浮かび上がってくると思います。
●尼崎事故の反省もなく天下り
安田さんは、国鉄分割・民営化に対してどう感じておられますか。
安田 わたしは民営化をリアルタイムで取材したわけではなく、いわば20年たってから民営化を検証する作業に足を突っ込んだ形ですから、この間の細かい状況に関しては立山さん、鎌田さんにお任せしたいと思います。
立山さんから利権の話が出ましたが、民営化とはまさに利権の新たな姿だとわたしも思っています。その典型が、昨年のJR西日本の天下りです。尼崎事故の後、私も記者会見に行きましたが、彼らは一斉に頭を下げて「申し訳ございません。二度と繰り返しません」と謝罪しました。しかし、その舌の根の乾かぬうち、1年もたたないうちに、JR西日本の鉄道本部長だった徳岡研三さんがレールテックの社長になり、企画本部長だった坂田正行さんは西日本JRバスの社長になり、相談役だった井手正敬さんも傘下の広告代理店の社長に天下りました。昨年の株主総会の後、尼崎事故の被害者と遺族の方々がJR西日本に説明会を求めました。そこに徳岡さんや坂田さん、大阪支社長を務めていた橋本光人さんといった元役員が出席し、「あなた方は、二度と繰り返さないと謝罪した舌の根も乾かぬうちに、なぜJRに復帰したのか」と突き上げを食らって、「これまでの経験を生かして、さらに頑張りたい」と発言しました。何を頑張るのかさっぱり分かりませんでしたし、反省の色が全く見えず、107名もの命を奪ったという事の重大性に全く気付いていないような表情でした。
●「企業の目的はもうけること」
昨年までJR西日本の会長だった南谷昌二郎さんが1988年、つまり民営化の翌年に行った講演の記録を最近見つけました。その中で南谷さんは「企業の目的とは何か。それはもうけることである」と発言しています。この講演を主催したのは誰かといえば、当時のJR西日本の最大労組・鉄道労連です。現在のJR連合とJR総連が、まだ蜜月だったころの組織です。その労働組合が主催する講演会で、後にJR西日本の会長になる南谷さんが「企業の目的はただ一つ、もうけることである」と発言し、拍手で迎えられたのです。その言葉にこそ、彼らにとっての民営化の本来あるべき姿が明確に見て取れると思います。だからこそ、彼らはJRにしがみつき、大事故が起きようが何しようが、もうけのためだけにまい進しています。何ら責任を感じることなく、子会社に天下っていくという構図は、既に民営化の時点から出来上がっていたのではないかと思わざるを得ません。
●土地利権の象徴・汐留
松原 ジャーナリストの皆さんのお話が一巡したところで、土地利権ついてさらに突っ込んだ解説をお願いします。
鎌田 利権の象徴は、やはり汐留です。汐留の旧国鉄用地の売却は、バブルが崩壊して不況になったものですから、塩漬けにされていました。あの時に売っていれば、坪1億とか8000~9000万ぐらいの価格でしたが、地価が下がるまで待って、3000万ぐらいで売却しました。彼らは、みんなが忘れてしまうまで待つのです。原発の建設でもそうです。計画から土地の買収、稼働までも30~35年かけますので、抵抗する側も抵抗し切れなくなってくるわけです。
汐留の土地を狙っていることは初めから明々白々で、国鉄分割・民営化をめぐる欲望の根源の1つは土地でした。これから金融が国際化し、世界から金融業がやって来ることで需要が急増するというのがバブルの始まりでした。しかし、千代田・港・中央区には空いた土地が全くないので、どう公共の用地を切り取って手に入れるかが財閥の最大テーマになったわけです。
それは、立山さんも先頭に立って頑張った都電撤去問題の時に明確に表れていました。都電の車庫も大体いい場所にありましたから、現在は銀行などになっています。三田や巣鴨、新宿といった都心の公共地を奪っていった都電撤去と同じような方法が、国鉄分割・民営化でも行われ、その典型が汐留だったわけです。
87年から10年以上塩漬けにし、みんなが忘れてしまって、警戒心がなくなっていると、工事がどんどん始まりました。汐留に入ったのは共同通信、電通、日本テレビといったマスコミで、論功行賞みたいな形で土地を分けてもらったわけです。以前から国有地を手に入れるのは、大体マスコミでした。毎日新聞も朝日新聞も日経もそうです。そういうマスコミの連中も、第二臨調の委員だった時事通信の屋山太郎など、御用記者のような存在が歪曲(わいきょく)した形で表れているわけですが、マスコミの犯罪性ということをすごく感じます。マスコミは決して中立ではありませんよね。これからの憲法問題や軍事大国化の中でマスコミを見ていくときに、分割・民営化の教訓はすごく大きいと思います。
●「ディベロッパー+マスコミ」連合の都市再開発
松原 汐留にマスコミがあれだけ入れた仕組みとは、一体どういうものでしょうか。
立山 汐留の再開発の主役は、三菱地所、森ビルなどの巨大ディベロッパー連合です。しかし、ディベロッパーだけで、汐留進出をすれば、国鉄用地略奪の舞台裏が丸見えになってしまうから、日本テレビや共同通信などマスコミを抱き込んだわけです。
この「ディベロッパー+マスコミ」連合の都市再開発方式が全国的に流行っている。政・官・財の談合で、交通の便の良い公共用地をディベロッパーに安く払い下げさせて、それを、「公」が、税金で、道路などの基盤整備をし、ディベロッパーが超高層ビル街を建て、それをマスコミが名所化キヤンペーンをし、政府が「特区」指定するというやり方で、官民一体で、地上げするわけです。
汐留開発と日本テレビ、臨海副都心開発とフジTV、六本木ヒルズとテレビ朝日の関係をみれば明らかなように、主要な大規模都市再開発には、かならず、マスコミが、特に、テレビ会社が一枚かんでいます。
20年前のスローガンを思い出してみてください。「東京一極集中の修正」、「首都圏移転」と言っていました。ところが、国鉄民営分割が終われば、首都東京集中で都心の地上げの再現であり、地方の切り捨てですよ。
以上のように、民営化とは、「強者」の我欲達成のための、公共の資産を私物化する「かっばらい」運動であり、その犯罪性を隠蔽するために、「国鉄民営分割大成功神話」が創作され、まき散らされてきたわけです。
●民営化翼賛体制の成立
その史上最大の強盗詐欺が、まかり通ったのは、「民営化翼賛体制」づくりと一体になっているからです。
民営化のウソ、欺瞞、インチキを告発する主体をつぶして、沈黙させることに、推進派は全力をあげた。押し込み強盗は抵抗する可能性のある者をまず狙いうちにするのと同じです。
中曽根は元大本営参謀の瀬島龍三を第二臨調事務局長に起用して、戦後民主体制攻略作戦を目的意識的に構えたのです。民営化を批判し抵抗する者―特に、闘う国鉄労働者とそれを支える革新勢力を「主敵」として攻撃する布陣を最初から整えて攻撃してきました。
池田から中曾根以前までの保守政治は、利権・金権政治ではあるが、経済成長の成果を労使でわけあい、平和・福祉国家路線にそって進もう、というものだったが、80年代からの中曽根・瀬島の行革・民営化政治は、護憲、平和、福祉路線を支える革新主体をまず解体に追い込んで、労使・保革協調体制=民営化翼賛体制へと再編することを追求したわけです。
これに社会党・総評の幹部たちは、反撃できなかった。(活動家は抵抗したが)かくして、民営化改革路線については自民も民主も推進、連合も推進で大合唱する時代になだれこんだわけです。
こうして、政・官・財・マスコミ・学者・労働組合幹部が癒着した民営化翼賛支配構造がつくり上げられて、「国鉄改革成功神話」で国民のマインドコントロールがされてきたのです。戦前の「侵略戦争翼賛体制」とそっくりの「民営化翼賛体制」が実現されている。これは、はっきりいうと戦後民主主義への反革命です。だから、国の基本路線としての民営化政策の是非が選挙の争点にも、社会的論争テーマにも日本ではなっていないのです。こんな国は、先進資本主義国では日本だけです。
しかし、そんな状況の下でも、国鉄民営化告発の火は、孤立化させられながらも、20年間燃やしつづけられてきた。これが、戦前とは違うところです。だから、巨大な民営化翼賛体制が、現在、ゆらいできているわけですよ。告発の火が燃やしつづけられたということは、大変に価値のある、重要なことです。これから、その火をいかす時です。
鎌田 瀬島のところへは、葛西や井手がしょっちゅう行っていました。葛西は国鉄官僚時代からかなり右寄りでしたが、瀬島と一緒に分割・民営化をやって、その論功行賞でJR東海の社長になり、今は右派の論客として産経やあちこちに論文を書いています。
安田 トヨタや中部電力などと一緒に学校までつくって、副理事長にも就任しています。
鎌田 安倍のブレーン、国家公安委員にもなっています。そういう形で人間が配置されてきているわけです。
●メディアの上に君臨するJR
安田 汐留の国鉄跡地に共同通信、日本テレビ、電通が入ったことについてすごく象徴的だと思うのは、日テレの親分の氏家齊一郎、そのまた親分のナベツネ(渡辺恒雄)が中曽根の盟友であることです。また、電通はメディアを全体的に支配していますし、今はJR自体もメディア化していると思っているのですが、そういう意味でマスコミの抑えにもなっています。汐留の土地が塩漬け状態だった時に、あの土地を使っていろいろやっていたのが、やはり中曽根の盟友である浅利慶太が主宰する劇団四季だったことを考えると、人脈的にすべてがつながっているという不可解さを感じますし、その裏には何かあるのではないかと思っています。
わたしが週刊誌の記者をやっていたころ、「絶対批判できないのは出版取次会社と電通だ」とよく言われていました。JR批判らしきことをやると、電通がちょっかいを出してくることの繰り返しでした。最近「週刊現代」でJR東日本の革マル問題を掲載できるようになりましたが、記事そのものは非常に秀れたものであるけれど、あれは党派性を前面に出すことによって、何とか条件をクリアできたはずで、JRの本質的な批判につなげると、かなり難しいと思います。いまメディアの中においては、JRそのものがメディアの上に君臨するメディアとして恐れられているのです。ですから、経営批判を多少できたとしても、JRの存立基盤である分割・民営化に言及した場合、果してどこまで記者個人が論陣を張ることができるのかといえば、かなり難しくなっているのではないかと思っています。
●利権を優先、安全は二の次
松原 安田さんが指摘したJR幹部の天下りの問題は非常に重要な問題ですね。
立山 利権維持と天下りは直結しているのでずが、そのことが、同時に、利権優先・安全二の次の体質を継承させて、事故がつづくことになるのです。
それを最も証明しているのが余部事故問題です。
「無理な国鉄民営分割をやれば事故が起きる」という警告は余部事故のまえから多くの鉄道専門家から出されていたんですよ。
それに対して、杉浦国鉄総裁は「絶対に事故は起こすような民営化はしません」と11月の国鉄国会で約束していました。にもかかわらず、1カ月後に余部事故を起こした。その責任がまともに追求されたら、当時の国鉄本社を仕切っていた井手の責任問題はまぬがれず、井手のJR西日本への天下りはありえなかった。
だから、井手は、自分の天下りを最優先させて、余部事故の真相究明をうやむやにしたのです。その利権優先・安全二の次の体質が、天下りシステムと一体でずっと引き継がれて、今度の尼崎事故につながったわけです。
安田 大阪支社長だった橋本さんも天下りしましたが、この人は支社の第一の目標として「稼ぐ」という標語を作った人です。いま話に出たレールテックでは、孫請け業者がボルト検査で手抜きしていました。300本のボルトを検査しなければならないのに、1本のボルトを300回締め直して数値を出すというとんでもないことをやっていたわけです。下請けの社長はその時、JRの体質を何とかしなければ安全性に大きな問題があると、レールテックの社長だけでなく、当時鉄道本部長だった徳岡さんにも直訴しました。しかし、徳岡さんは黙殺するどころか、レールテックと謀って、その下請け業者を工事から外すことまでやりました。安全問題に関して下請け、孫請けから何度か言及されていながら、それを黙殺し、放置していたのです。彼らの黙殺、安全無視という態度が、結果的に尼崎事故を引き起こしてしまいました。
松原 先ほど立山さんは「民営化翼賛体制」と言われましたが、いわゆる「ネオコン人脈」と同じですよね。ブッシュがめちゃくちゃなイラク戦争をやったように、自分たちの利権確保のためにめちゃくちゃな不法行為をやってきたことがよく分かりました。
●国民負担に回された債務
現場からの発言で、話を膨らませたいと思います。分割・民営化の渦中におられる唐澤さんにとって、国鉄改革20年とは何だったのでしょうか。
唐澤 先ほどブラックプロパガンダのお話がありましたが、国鉄の大赤字を国民に負担させないように、国鉄を改革しなければならないというキャンペーンの渦に、わたしたちは巻き込まれました。そうであれば、あのときの赤字解消論はどうなったのかが全く問われてないことが問題だと思っています。国鉄清算事業団が解散した98年に債務処理に関する法律がつくられ、旧国鉄の借金は一般会計予算で返済していくことに、つまり国民負担に回されることになりました。分割・民営化して土地は売ったが、借金は全然返せなかったという、まさに謀略的な中身だったと思います。赤字を解消するという約束が破られ、その責任が問われてないことが大きな問題です。
●安全の低下と地方の切り捨て
19万2000人いた国鉄職員は5万5000人減らされ、現在のJR社員は13万7000人になっています。それほど大幅なリストラ、合理化が続いてきたわけですが、そもそも国鉄再建監理委員会は債務処理、土地処分、リストラの議論はしましたが、安全の保持については全く触れませんでした。大幅な合理化、無理なコスト削減が安全を損なっていきたことは明らかですし、それが究極的に行き着いたのが尼崎事故でした。分割・民営化の本質は、そこに表れていると言わざるを得ません。
安全を脅かし、公共性を解体するという図式は、20年前に始まりました。中曽根首相は「民間活力の導入」と言いましたが、それは市場原理主義の先駆けであり、現在の競争社会、格差社会にストレートにつながっています。
線路保守や車両検修の周期を延伸し、それに従事する社員の削減を続けると、線路の傷を見逃してしまい、車両の老朽化が進み、ひいては大事故につながるという結果をもたらすと思います。いわゆる大きな事故といわれる運転事故は、88年の900件から450件へと半分ぐらいに減っている、これは踏切の立体化や安全対策に投資してきたからだとJRは言っています。その半面、小さな事故といわれる輸送障害は20%も増えています。これは社会的な問題ですし、いったん事故が起きると、なかなか回復できないという事態にもつながっていると思います。
株式を上場してからのJRの経営は、株価を上げること、配当のためにコストを削減していくことに行き着いてしまっていると思います。その結果、大都市間の輸送にはどんどん投資しても、地方には投資しないという格差が鉄道の中でも生じています。地方では鉄道が衰退し、駅が無人化され、第三セクターに切り替えられ、ついには線路も剥がされています。地方は市町村合併で衰退し、高齢化社会になっていくという社会構造がJRの中でもはっきり表れてきたのが、この20年の流れだったと思います。
●膨大な下請け化と技術力の低下
松原 20年前と比べて、職場の実態はどのように変わりましたか。
唐澤 JR社員の仕事は検査、管理になりました。下請けに出向させられた人たちは保守をしていますが、そこからさらに孫請けの監督になります。下請け、孫請け、ひ孫請けという二重、三重の保守構造になっており、下にいくほど予算が切り取られていきますので、昼も夜も働かざるを得ないという過酷な労働条件になっています。ですから、常にヒューマンエラーの要因をはらんでいるのが今の労働環境で、労働災害は非常に増えているのではないかと思います。
松原 JRの正規社員が5万5000人も減らされて、膨大な下請け化が進められてきたわけですね。JR社員が管理し、下請けが保守をやるというのは、コスト削減のためですか。
唐澤 人件費を減らすためです。
立山 「技術が継承されていない」とJR側も不安感をもっているようですが、このままでは鉄道の技術の継承、熟練はどうなるでしょうか。
唐澤 やはりJRも、団塊の世代の退職を非常に意識しています。以前は線路の安全を人間の目で確認していましたが、今はすべてがコンピューター管理になっています。そんなことで安全を確保していけるだろうかと心配です。分割・民営化から数年間、正規社員を採らなかった時期がありますので、技術力の断層は必ず生じます。この問題は、JRとしても看過できないだろうと思います。
松原 コンピューター化の危うさとは、具体的にどういうことですか。
唐澤 新入社員が最初からデスクで、現場に出て線路を直す仕事をしていませんので、線路がどういうものか、路盤がどういうものかを肌で感じていないのです。ですから、異常が発生したときに、どこが悪いのかが直感的に分かりません。
立山 津山線で落石事故がありましたが、線路際の斜面の石を見て危ないか危なくないかを判断するのは、かなりの経験をつまないと無理でしょう。以前は土木の専門家が見ていたそうですが、今は、土木の専門家が減らされてしまっている。
鎌田 保線の下請け化は国鉄時代からやっていましたが、当時とどう違うのですか。
唐澤 国鉄時代には直轄でやる仕事、下請けにやってもらう仕事、一緒にやる仕事というすみ分けがありました。何よりも、実際に線路を歩いて、目視で安全を点検、確認しました。それは今もありますが、周期が大幅に延伸されています。レールのキズを検査する車両を1回走らせて、コンピューターのデータグラフに異常が表れたら、細部検査・応急処置、下請け業者がレール交換するというやり方になっています。
安田 保線の人に話を聞いても、レールに触ったことのない人が多いですよね。
●伯備線の事故――分割・民営化によって断絶された安全
伯備線の事故から1年になりますので、つい先日もう一度現場へ行ってきました。事故現場は単線で、背後から来た列車に保線担当者がはねられるという事故でした。要するに、工事区間の前後、両側に見張りをつけていれば防げた事故だったわけですが、片側にしかいなかったために、はねられてしまいました。JR西日本米子支社はどうしたかといえば、ことしから工事担当者にGPS(衛星位置情報装置)を持たせるようにしました。GPSを見て、列車が近づいてくることを確認しなさいというわけです。確かにGPSは、ないよりあった方がいいかもしれません。しかし、見張りをもう1人立てて安全を守るという発想は、JRには全くありません。1人増やせば足りるのですが、人を増やすということは絶対しないのです。先端技術の応用は大事だと思いますが、果たしてそれだけで安全が保てるのでしょうか。安全のために人を増やすという発想がまるでないことに、わたしはがくぜんとしました。
鎌田 60年前からの合理化の行き着く果てという感じですね。機械化、コンピューター化して労働者を減らすというのが最大の目標でしたから、その発想から抜け切れないんでしょうね。
佐久間 伯備線の事故について「なぜ、あんな吹雪の日に保守作業をやっていたのか」と現場の人に聞いたら、予算がなかったのだそうです。普通は下請けの人がやるのですが、予算がなくなったため、普段は監督業務をやっている本工の労働者が作業に出て、触車事故に遭ったのです。分割・民営化以降、300人以上の本工・下請け労働者が死亡しています。これは大変なことです。
技術の伝承もなくなっています。わたしも国鉄時代は保線区にいましたが、ここの路盤は泥炭地で脆弱(ぜいじゃく)だから、暑い気候になれば何かが起きる、凍てつけばどういう状態になると、その地形を知っている者が守っていました。そういう知識と経験が職場から一掃されたわけです。
安田 分割・民営化によって、安全は断絶したと思います。というのは、伯備線の事故と全く同じ事故が1969年2月13日に起きて、6名の保線労働者が亡くなっていたのです。国労は大闘争をして、当時の国鉄本社と運輸省に安全対策しっかりしろと迫りました。毎月13日を鉄道安全の日と定め、特に西日本を中心に13日には安全に関する労使協議、あるいは安全教育をやりました。しかし、分割・民営化と同時にその習慣はなくなり、事故の教訓も断絶されてしまいました。今では1969年の記憶すらなく、伯備線で全く同じ事故が起きてしまったわけです。
●安上がりの社員教育
検修工場の実態にも、安全の断絶は顕著に表れています。昔の検修工場では、若い職員が検査したものを、ベテラン職員が検査用の長いハンマーでこつこつたたいてチェックしていました。しかし、今の検修工場に行くと、入社して数年の若い労働者が長いハンマーを持っています。昔は10年の経験がなければ持つことができなかった検査用のハンマーを若い労働者が持って、自分が検査したものを自分でチェックしています。今の検修工場では二重チェックが全くできていないのです。
伯備線の事故の要因として、なぜ責任者が反対方向に見張りを立たせたのかという問題があります。吹雪で列車の運行が乱れていれば、指令に連絡して、どちらから来るのかをはっきりさせなければならないのですが、責任者は27歳という若さでした。国鉄時代は年数を重ねて現場を知り、仕事を知った上で責任者になっていましたが、JR西日本の経営方針は即戦力を育てるというもので、何回かやれば一人前で、主任になれるという形です。運転手についても、昔は数カ月という長いスパンで運転手教育をしていましたが、今は短いスパンで独り立ちさせています。
●人間を生かすことの大切さ
鎌田 検査方法や安全対策などを協議していた現場協議制度がなくなったことも、基本的な問題だと思います。
先輩が後輩に手を取って技術を教えることが減っているのは、JRだけではなく、日本の現場の総体的な問題です。JALの整備でも外注化が進み、中国や台湾など海外にまで下請化され、現場の労働者が判断する部分が削減されているようです。そういう現場の状況が、事故を発生させたり、欠陥商品をつくったりしています。実はトヨタ自動車は、もうけも最大ですが、欠陥商品、リコールも最大なんですよ。それでも社会が回っていることが問題ですね。
佐久間 世界一正確で安全が、かつての国鉄の売りで、国鉄労働者の誇りでもありましたが、分割・民営化によって壊されてしまいました。国鉄が解体され、日本全体の安全や安心もずたずたにされています。以前はそこまではやらないという不文律がありましたが、今の新自由主義路線はそこを超えて、飽くなき利権追求になっています。
松原 唐沢さんが言われたように、人間の力を軽視して、コンピューターばかりに頼っていても、社会は壊れてしまうと思います。人間を減らすのではなくて、人間を生かすことの大切さを、国鉄改革20年の教訓として訴えたいですね。
立山 鉄道の仕事は自動車工場の仕事とは違います。「自然の中でやっている独得のカルチャーの事業」だということを前提にしなければ、鉄道は成り立たないと、アメリカの鉄道経営者も言っています。JRは、そこを踏み外してコンピューター化でなんでも解決できると錯覚している。これでは、JRには、未来はないのではないでしょうか。
●約200人を自殺に追い込んだ分割・民営化
松原 87年にJRから採用差別、90年に国鉄清算事業団から不当解雇を受けた佐久間さんは、不法行為の犠牲者として20年にも及ぶ闘いを強いられているわけですが、これまで頑張り続けてきた理由、歴史の生き証人として感じていることをお願いします。
佐久間 一言で言えば「許せない」ということです。先ほどお話があった現場協議制もやり玉に挙げられましたが、現場協議制度は決して悪いものではありませんでした。例えば、保線の現場にはレール交換や砂利散布といった工事があり、列車を止めたり、時間を変更したりしましたが、そういう大きな作業を円滑に進めるための協議が主でした。大きな作業だから、年休はなるべく取らないようにするといった形で、労働者側も協力していました。鉄道・運輸機構(旧国鉄)との裁判の中で、相手側の代理人は現場協議は管理者をつるし上げる場だったと決めつけていますが、実際は労働者がけがをしないで、事故を起こさないで、作業を円滑に進めるための話し合いの場だったのです。ですから、現場を知らないのは怖いなと思います。
マスコミが果たした役割も忘れることはできません。ブルートレインの酒酔い運転事故の報道が始まりでした。あの運転士は動労の組合員でしたが、それから「国鉄労使国賊論」キャンペーンがはられ、狙われたのは国鉄労働組合など、『分割・民営化』に反対していた労働組合でした。マスコミからは散々にたたかれて、非常に悔しい思いをしました。
なぜ20年も闘っているのかと聞かれましたが、分割・民営化によって約200人が自殺に追い込まれたんですよ。いわば殺されたわけです。なぜ命まで取られなきゃならないんだという思いが消えたことはありません。しかも「一人も路頭に迷わせない」と国会で約束しながら、一言の理由も告げずにわたしたちを解雇し、20年間も捨て置いています。
鎌田 僕が知っているだけでも、自殺者は150人ぐらいいました。しかし、まとめて書いたものが記事になったぐらいで、個別の事件はほとんど載りませんでした。
立山 それらの資料は「国民会議」がまとめて発表したものです。
松原 国労が追悼デモをやりましたが、世間の反応はほとんどありませんでしたよね。
鎌田 あれだけ亡くなったのは異常事態で、労働運動にとってもものすごいことでしたが、ほとんど無視されました。やはり陰謀としか言いようがないですね。
●国労所属が不採用の理由
松原 被解雇者の平均年齢はいくつになりましたか。
佐久間 国労闘争団の平均年齢が52~53歳です。全動労争議団はもっと高くて60歳ぐらい、動労千葉争議団はさらにもう少し高いぐらいです。
松原 佐久間さんはどんな職員だったんですか。
佐久間 北海道では冬になると、モーターカーやラッセル車を出して除雪作業をします。例えば、深夜の呼び出しで「吹雪いたから、行ってくれないか」と言ってきても、わたしはきちんと応じていました。やるべき仕事はまじめにやっていたつもりです。
言うべきことも、きちんと言っていました。例えば、遠距離を歩いて作業するような仕事に、足をけがしている労働者が強制的につけられるような時期もありました。それに対して「線路の上を長い距離を歩くし、重量物も扱うから、無理じゃないか」と言ったら、「私傷病だから、面倒見られない」というのが管理者の言い分でした。「それはひどいんじゃないか」と言ったら、チェックされて処分の対象ですよ。そうしたチェックが累積されて、最終的に解雇されたわけです。
遅刻の常習者であっても、軽犯罪法で検挙された者であっても、国労を脱退してほかの労働組合に移っていれば、ほぼ全員が採用されたんですよ。
松原 国労だったから、物を言う労働者だったから、差別されたわけですね。
佐久間 全くその通りです。分割・民営化のもう1つの狙いは国労つぶしで、不法行為の連続でしたから、どうしても許せないと思うのは当たり前のことではないでしょうか。その思いが強くて、今も闘っているわけです。
●国鉄民営化=国是論のファッショ性
立山 控訴審で相手側が本音を言っているので、びっくりしました。「国労は国是である民営分割に反対した。その国労に所属して国労方針どおりにしていた者がJRに採用されないのは当たり前だ」と主張している。
「国是に反対するやつは切り捨てて当然」という論理を押し出してきたことは重要です。
戦前、戦中は国の考え方=国是を批判するものは「非国民」と呼ばれ、ぱくられて留置所に入れられたんですよ。
あの頃の「国是批判は国賊」論が、また復活してきているわけです。「民営化の本性見えたり」というべきです。民営化路線は国民からの「批判」に耐えられない代物だから、推進派は、批判排除をやり、民主主義への敵対を構えるしかない。鉄建公団訴訟によって、そのフアッショ的本性をさらけだすしかなくなったわけです。
彼らの言うことは全く道理にあっていません。
第一は「民営化=国是」論はインチキそのものです。
あえて、現在の日本の「国是」は何かといえば、それは、民営化ではなく、平和・民主・福祉憲法であることは明白です。
その憲法は、民営化政策をふくめて、政府の政策を国民が批判し反対する権利を完全に保障しています。
民営化政策を「国是」というのは大間違いです。「エセ国是論」にひっかからないことです。
第二には、国鉄改革法が国会で承認されて、成立したのは86年11月末ですが、国労・建交労・千葉動労の活動家排除の選別作業はその前から7月頃からやられているのです。
「郵政民営化に関する有識者会議第三回」(平成16年6月16日)の中で、井手正敬は、国鉄改革法が国会にかかる前から、国鉄では、新会社へ採用する職員の選別作業をはじめていたが、自民党の国対幹部に、それが表にでたら、改革法は吹き飛ぶから、絶対、水面下でやれと強く言われた」と証言しています。
民営化推進側こそ、国鉄改革法が決まってもいないうちに、インフォーマル(非合法)に、国鉄民営化に反対する国鉄労働者を選別し、排除する作業を先行させていたことは明らかです。
国鉄民営分割批判=「国是」否定の国賊論は全く道理にあいません。ファッショの言い分そのものです。
このファッショ的な国鉄民営化=国是論を粉砕する世論を形成することは、不可能ではありません。民営化神話が崩れはじめたこの好機を、本気で生かすことです。やるべきことを、やりぬくことです。
この鉄建公団裁判闘争と、「国鉄民営化20年の点検運動」を盛り上げて世論を動かしてバックアップして勝利させることは、日本の民主主義を勝たせることに通じています。
●涙ながらの脱退届
松原 国労つぶしのために、現場ではどんな手法が取られましたか。
佐久間 60年代のインフォーマル組織づくりと同じようなことが行われました。わたしの職場では、組合つぶし専門の若い区長が配置されて、国労攻撃を全面展開しました。助役や職制に近い処遇の組合員をうまく使って、職場にインフォーマル組織をつくらせ、その中で「国労に残っていたら、採用されないぞ」と脱退工作をやりました。わたしたちは「組織攻撃に負けずに、みんなで国労に残って頑張ろう」と意志統一しましたが、例えば検査班にいたある先輩は「実は息子が今度大学で、金が要るんだ。もしJRに採用されなかったら、息子を大学にやれない。申し訳ない」と涙ながらに言って、脱退届を出しました。日常的にそんなことが行われて、強い怒りを覚えました。
特に許せないのは、先輩の背中を見ながらついてきた国労の役員でもなく、管理者に文句を言ったこともない若い組合員が、国労に所属していたというだけで首を切られたことです。それだけに、1047名の解雇撤回闘争には何としても勝利する、国鉄改革20年の節目に決着をつけるという意気込みで闘っています。
●経済の論理によって壊される地域社会
松原 佐久間さんの地元は北海道名寄市ですが、分割・民営化から20年たった北海道の現状はどうでしょうか。北海道では線路が外され、過疎化が進み、経済もがたがたになっていると聞いていますが。
佐久間 駅前商店街がシャッター通りになって、やはり悲しいものがありますね。以前の名寄は宗谷本線、名寄本線、深名線が分岐する鉄道の要衝で、いわゆる「鉄道のまち」でした。ところが、名寄本線と深名線は廃止され、今や宗谷線だけになっています。長大路線は残すという国会答弁は守られませんでした。廃止された路線はバスに転換され、運賃が跳ね上がって、通勤・通学者、交通弱者の負担は増大しています。バスの待合室にはストーブも入っていません。今は無人駅が多くなっていますが、かつての駅には駅員がいて、ストーブで暖を取ることができました。駅が地域のコミュニケーションの場にもなっていたんですよね。そういうものが利益第一主義によって壊され、地域が疲弊していくのはつらいことです。
安田 駅の内部が壊れていますよね。2006年4月に廃止された第三セクター鉄道・ふるさと銀河線の取材で北見に行きましたが、地域住民のほとんどももうあきらめていますよね。鉄道はいつかつぶれるものだという共通認識が出来上がっているとしか思えません。もうからなければつぶれて当然だという悪しき前例を国鉄は残したんだと思いますし、むしろ公共性を奪って、経済の論理を地域の人間に押し付けることをJRは成功させたんだと思いますね。
●駅の無人化=サービスの低下
松原 分割・民営化の問題は非常に多岐にわたっていますが、JRの現状についてお聞きしたいと思います。ことし4月1日に首都圏の50~60カ所の駅が外注化されるそうですし、吾妻線などではもう切符もまともに売らないという問題もあります。唐沢さん、その辺の状況についてお話しください。
唐澤 JR東日本は「ニューフロンティア2008」という中期経営構想に基づいて、正規社員をリストラし、外注化、駅の委託化をますます拡大していきます。現在の東日本には1700ぐらいの駅がありますが、約半分以上は無人化もしくは委託化されています。大きい駅の窓口も1年契約の契約社員に切り替えるという方向になっています。
地方ローカル線では、駅の無人化が進められています。駅の窓口閉鎖は去年からで、「もしもし券売機『Kaeru(かえる)くん』」という自動券売機が導入されていますが、お年寄りや障害者には使えませんので、地域の皆さんは「かえないくん」と呼んでいます。盛岡にあるオペレーションセンターからの音声に従って切符を買うというもので、長距離切符や定期券は買えるのですが、買えない特別な切符もあるのです。高崎でも14駅に導入されましたが、対応するのはオペレーションセンターの5人です。たった5人で14駅を担当するわけですから、お客さんが一斉に14駅に着けば、どうしても待たざるを得ませんし、いつになったら自分が切符を買えるのかが分かりません。待っている人が自分の前にはいなくても、ほかの駅にはいるわけですし、順番待ちの人が20人いたとしても、番号は10番までしか出ませんからね。50分ぐらい待たされた人もいて、乗客にとってはまさにサービスの低下です。
JRの方は、そのうち慣れるだろうと推移を見ています。東日本管内に取りあえず50数台入れており、さらに拡大していこうという考えですが、地域の人々は非常に困惑しており、自治体からも冗談じゃないという声が上がって、JRへの申し入れも行われています。高崎線には乗降客が1万6000人ほどの駅がありますが、そこでも窓口が閉鎖されましたので、「窓口を外す根拠は何だ」、「線引きはどうなっているんだ」と住民組織が怒り、自治体もJRに窓口を再開するよう申し入れを行っています。JRは明確な回答ができず、駅の在り方がおかしくなっているという見方がだんだん広がって、住民と行政が一体となった運動になってきていますので、わたしたちも地域の運動と結びつくことが重要だと思っています。
安田 わたしも「もしもし券売機」を見に行きました。JRのジャンパーを着た契約社員の女性が機械に張り付いて、一人ひとりに丁寧な説明をしてはくれるのですが、使い勝手が悪くて、行列がずらーっとできていました。後ろの方に並んでいる人は、みんないらいらしていましたね。効率性、便利性が高まるのであれば、百歩譲ってよしとしてもいいかなという気持ちもないわけではありませんが、全く逆なんですね。不自由極まりないものを押し付けて、乗客に混乱と不便を与えています。人を減らすために機械を導入し、その機械が分かりにくいものだから、わざわざ人を雇って張り付かせるという無駄なことをして、乗客を混乱に導いています。JR東日本は一体何を考えているのかと、不思議でしょうがないですね。
鎌田 外国人が切符を買いに来たら、どうするんですか。
唐澤 難しい場合は「駅員がいる窓口に行ってください」と言うしかないと思います。
安田 お年寄りはみんな混乱していましたよ。ひどい話です。
●公共サービスの低下が住民を直撃
鎌田 今の話は公共性というサービスの問題ですが、分割・民営化はそのサービスをサボるようにしたわけですね。国民は悪宣伝に洗脳され、サービスを受けなくても不満を感じないで、自助努力が必要だという感覚になってきたと思います。国鉄分割・民営化には悪の見本のようなところがありますが、それが郵政民営化にも引き継がれて、同じことがやられていくわけです。国鉄の経験からすれば、いまの郵便局のサービスがそのまま残っていくことはあり得ないわけですね。
そういう意味では、公共サービスの低下が住民を直撃するという教訓を、わたしたちはうまく伝え切れなかったのではないかと思います。高崎線では住民運動が起き始めているという話ですが、北海道のローカル線廃止では運動が立ち遅れましたよね。市民の権利であるサービスの低下に抵抗する運動を提起して、幅の広い運動をつくっていくことが、これからの課題ではないでしょうか。
●駅の無人化が招いた羽越線の事故
安田 駅の無人化は、サービスの面だけでなく、安全面にも大きな影響を与えていると思います。その典型的な例が、ホームの無人化による乗客の転落事故でしょう。
また、一昨年に起きた羽越線の脱線転覆事故にも触れたいと思います。直接的な要因は、確かに風だと思います。現場に行って、風のすごいところだなと感じました。もともと風の強い地域として有名で、風力発電のメッカになっています。つまり、風が吹くのは当たり前という地域なんですよ。
問題は何かといえば、国鉄時代の駅の取り扱い規則では、前後の駅の駅長が風を判断して、運輸指令に伝えることになっていましたが、民営化以降はそれがなくなったことです。今はどうやって風を判断しているかといえば、風速計だけなんですよ。あの鉄橋の前後についている風速計の数値が、遠く離れた仙台の運輸指令に伝わって、「列車のスピードを緩めろ」とか何とか指示を出すわけです。しかし、風速計は突風を予測できませんよね。突風の予兆は、人間の視覚や聴覚によって感じるしかないわけです。ですから、国鉄時代には、電線の揺れや木の揺れなどで判断するという判断基準表まであり、前後の駅の駅長がそれによって判断し、指令に伝え、間接的に運転手にも伝えるという仕組みがありました。しかし、それがなくなり、風速計だけで判断せざるを得ませんので、強風が吹く鉄橋を120キロのスピードで突っ走るような事態になったわけです。
あの辺は全部無人駅で、風を判断する人間が誰もいないんですよ。事故の直接的な原因は風でしょうが、間接的な原因は駅の無人化であり、安全の規制緩和によって前後の駅が風を把握するシステムを壊したことだと思います。
佐久間 スピードアップのために車両を軽量化していることも要因の1つだと思います。突風に持ち上げられて、転覆しやすいわけです。
安田 山形や新潟、秋田の旅行代理店に行けば、特急「いなほ」を飛行機と比べてくださいというパンフレットがいっぱいあります。飛行機と競合し、新幹線と組み合わせることで飛行機よりも速く着く、「いなほ」は時間短縮の優等生といった文言で宣伝し、それがJRの社内文書にもはっきり書かれています。競争に勝つためにはスピードを上げざるを得ない区間であることが、スピードを落とすことを躊躇させる大きな力として働いているのではないかと思います。
●「効率と安全の両立論」は誤魔化し
立山 尼崎事故後は、「効率と安全の両立論」がでてきている。猪瀬直樹なんかがしきりにこれを持ちまわっています。
しかし、「効率と安全の両立論」とは「隠れ効率論」ですよ。例えば、寿司屋が経営難だから、冷蔵庫の電気代を削って、少々ひねたマグロでも食べてくださいといったら、客は怒りますよ。鎌田さんがよく言われるように、安全水準は百パーセント維持されなければならないわけです。
ところで、鉄道評論家の角本良平なども「国鉄改革は20年で賞味期限が切れだ」と言っている。そして、次の段階として、「より採算主義に徹せよ」と強調しています。「採算のとれる路線はやるが、採算のとれない路線はやらない」ようにしろ、ということです。この論理は、ローカル線の切り捨てに直結します。
民営化推進側はJRの安全問題を逆手に取って、「安全にしろというのなら、地域や利用者の皆さんがそのための費用を負担してください。それができなければ、廃線にします」と、公益性無視の、採算主義をふりかざしてくるでしょう。その論法でこれから直撃されるのが北海道、九州、四国です。それでは、国鉄改革、地方行革、郵政改革のトリプルパンチですから、地域崩壊に追い込まれます。逆に言えば、地域切り捨てに反撃する連帯行動をつくり上げないと、地域が生きていけなくなる。
●安全に対する社会的な監視と発言を
佐久間 不二家が賞味期限切れの原料を使っていたことが大きな問題になっていますが、JRでも保安・保守の手抜きによって事故がどんどん起きています。事故を起こせば、社会的に厳しいペナルティーが科せられて、高くつくんだ、事故を起こしてはならんのだということを、企業の中にある労働組合が主張できるかどうかが試されていると思います。はっきり物を言う労働組合と、看過して何も言わない労働組合に二極化していると思いますが、そういう労働組合の質が問われているのではないでしょうか。安全の手抜きを許さない労働運動が求められていると思います。
立山 その通りですね。企業の中からの安全手抜きの告発が大事です。ただし、告発した労働者を支える外の集団、運動が不可欠ですね。
企業側は、これを一番恐れています。だからこそ、JR一家体制を、企業内に、労組を抱き込んで固めたいわけです。企業の内外から、安全手抜きを告発する体制をどうつくるかが大きな課題です。
事故調査についても、JR事故の経営・監督責任を問われる立場のJRと国交省に任せていては真相は解明されません。交通事故や飲酒運転などでは、経営者の責任がかなり追及されるようになってきましたが、JR事故の場合は、加害者側であるJR・国交省が、実際には、合作で事故調査報告を作っている。
事故の被害者である労働者やJR利用者が主体的に、事故の真相を追求し、安全についての社会的な監視と発言を強めること重要ですね。
●企業の社会的責任の追及を
鎌田 グローバル化によって、大企業の合同した力が強くなる半面、不正を行っている企業は世界世論によって排除されやすい状況も生まれてきています。アメリカへ進出した日本企業のセクシュアルハラスメントなどに対する批判もそうですよね。以前は企業内で労働組合が追及するという形でしたが、今は企業の社会的責任論やコンプライアンスなどの意識がかなり浸透してきています。今度の不二家の問題も、たぶん内部告発から始まったのでしょう。企業は違法行為してはならないという世論によって、経営者はだんだん規制されてきており、1人でも告発することが可能になってきていると思います。そういう意味で、企業内の労働組合がすべてを賄うのではなくて、企業の社会的責任をいろんな形で追及していくことですね。
今までJRがやってきたことも、地域を崩壊させてきたわけですから、社会的責任の放棄です。郵政民営化で郵便局をつぶしていくことも、社会的責任の放棄です。そうした社会的責任を追及する運動のネットワークが、ようやくでき始めたのではないかと思います。
立山 世論も「JR万々歳」だった頃に比べれば、JR批判をずっと強めています。英国の世論調査では、8割近くが「国鉄民営化は間違いだった」と回答しています。民営化批判を避けて、世論を動かすといっても、それは無理というもので、民営化批判をきちんとしていけば日本でも世論を民営化ノーに転換することは可能です。その機が熟してきている。世論が圧倒的に民営化反対に変われば、国鉄闘争は勝てます。
●JRは鉄道会社としての本来の姿に立ち返れ
安田 取材していて思うのは、今のJRには鉄道屋としての魅力がなくなっていることです。鉄道会社という感じが全然ありません。例えば、JR西日本の事務所に入って真っ先に見えるのは、売上を示した棒グラフです。しかも営業担当の社員だけではなくて、運転士や保線労働者の成績が棒グラフになって、ばーんと並んでいます。売上を伸ばすために彼らが何をしているかといえば、ボーナスが出たら50万円分ぐらい切符を買って、売りましたと報告し、キャンペーンが終われば、買った切符を金券ショップで換金しています。そういうことが日常的に行われており、社員はあきらめて、そういうものだと思い込んでいます。これは鉄道屋の姿ではありませんよね。
立山 尼崎事故以降もそうですか。
安田 同じです。やっていることは変わっていません。JR西日本で一番評価されるのは、日本海にかにを食べにいくツアーの営業です。かにツアーに行ってみたら、参加者は全員社員とその家族で、社員旅行になってしまったということが、いまだに行われています。
JR東日本・西日本・東海は大学生の就職ランキングの上位に入っていますが、就職しても鉄道員としてのプライドは持てないのではないでしょうか。「JRは鉄道会社としての本来の姿に立ち返れ」と訴えていくことも必要ではないかと思いますね。
鎌田 社会を動かしている職業人はプライドを持たないといけませんね。かつての鉄道員は誇り高き存在でした。その誇りを奪ってしまった分割・民営化は、やはり犯罪的だったと思います。
松原 国鉄改革の20年とは、働く者の誇りを奪い、社会を壊してきた20年だったことがはっきりしたと思います。人間と地域を大事にして、社会責任を果たす鉄道を再生するために、これからも頑張っていきましょう。本日はありがとうございました。