本誌がみなさんのお手元に届く頃、ウクライナ戦争は開戦4年を過ぎ5年目に入っている。コロナ禍と併せ、世界中のあらゆる財・サービス・労働力を、過剰から不足に一変させた戦争は終わりが見えない泥沼の中にある。
そんな中、日本での物価高とインフレはとどまることを知らず、こちらも5年目に入っている。この間の物価高を検証していくと、エコノミストの間でいずれ始まると騒がれているハイパーインフレは、とっくに始まっていると形容しても過言ではない。具体的に見ていこう。
●卵、コメ、チョコレート、抹茶は2倍
ウクライナ戦争開始後、最初に値上がりしたのは鶏卵だ。戦後の混乱期から高度成長期、オイルショック後の低成長時代、そして「失われた30年」を通じてほとんど価格が変わらず「物価の優等生」といわれてきたが、何が起きているのか。
これには複合的な要因がある。物価の優等生といっても、それは消費者側から見た話だ。この間、一般産業労働者の1人当たり月給は1955年の2万円から、1995年の30万円へ、15倍も上昇している(注1)。にもかかわらず、鶏卵の値段が変わらないのでは、養鶏農家にとっては実質賃金が15分の1に低下し、貧しくなったことを意味する。
加えて、高病原性鳥インフルエンザが2020年代に入ると各地で頻発し、数万~数十万羽の殺処分も珍しいことではなくなった。夏の異常な高温も常態化し、狭い鶏舎に多くの鶏をぎゅうぎゅう詰めにして飼養する養鶏農家では、高温のため大量死する鶏が増えてきたことも、供給増加を困難にしている。
こうした要因が重なり、2023年、鶏卵が全国の小売店の店頭から消える「エッグショック」が起きた。数ヶ月後、鶏卵が店頭に戻ってきたとき、価格はそれまでの150円程度から300円前後になっていた。
巨額の外貨準備を抱え、過去、多くの食料品を輸入で調達してきた日本では「足りなければ輸入すればいい」との意見が依然として多いように思われる。しかし、鶏卵は生鮮食品であるため品質劣化が速く、海外から船便での輸入は難しい。一方、航空輸送は機内の気圧が変化しやすく、卵を航空機に乗せた場合、多くは気圧の変化に耐えられず割れてしまう。鶏卵不足に対して、打てる手は限られており、今後も頻発すると考えられる。
コメに関しては、昨年以降、たびたび本誌でも論じてきたため繰り返さないが、資材費や機材費、燃料費の高騰に加え、農家の所得を維持する名目で導入された「需要に応じた生産」路線を政府が頑なに改めないことにある。
チョコレートの原料となるカカオ豆も、2倍に値上がりしたもののひとつである。私は、職場での眠気防止のため、午後1番にコーヒーを飲むことを習慣にしている。数年前まで400~500円で買えていたドリップコーヒーの18袋入りが、今では500円が底値で、700円くらいが相場になっている。コーヒーショップの店頭では、それほど値上がり感はないが、これは大量仕入れによるスケールメリットが大きいように思われる。
意外なものとしては、抹茶も「倍近い値段になった」とする証言がある。岩手県盛岡市の名物・神子田(みこだ)朝市でスイーツを出店する地元の「川村商店」店主・川村浩さんは、「円安の影響でチョコレートの価格が倍に値上がりし、海外からの観光客らに人気の抹茶も倍近い値段になった。値上げをせずに頑張っているが、利幅は小さくなった」と証言する(注2)。
●エネルギー価格、東京の中古マンション価格は1.5倍
これ以外で大幅に高騰しているものにエネルギー価格がある。ウクライナ戦争前、電気料金(従量制部分)は、地域や電力会社によっても異なるが、1kwh当たり20円くらいのことが多かった。現在では30円前後のことが多く、1.5倍になっている。
東京の中古マンション価格にも異変が生じている。民間住宅情報サイト「いえーる住宅研究所」が2025年11月27日に発表した「住宅ローン市場消費者動向レポート」によれば、2025年7月の東京23区中古マンション価格(70㎡あたり)は1億477万円となり、中古として初めて1億円の大台を突破。2023年7月から2025年7月にかけての2年間で、約1.51倍に値上がりしている(注3)。
これだけの住宅価格の高騰の下で、普通の労働者が東京に住むことはすでに不可能となりつつある。東京都への人口流入は、コロナ禍前を上回る勢いで続いているが、最近目立つのは外国人だ。東京23区は富裕日本人と富裕外国人だけが住み、一般労働者は23区外に住まなければならない事態がすでに現実になっている。
●非生産財での狂乱物価はハイパーインフレの入口
2022年ごろから始まったインフレと物価上昇のトレンドは、現在まで止まることなく続いており、また生活必需品から高級品まで日本経済のあらゆる分野に及んでいるが、ここまでのおおまかな分析で見えてきたことがある。大幅な物価上昇が、不動産などの非生産財や、エネルギー・カカオ豆など国内生産がほぼ不可能な「日本にとっての非生産財」分野で起きているということである。これらは日本政府や日本企業が生産をコントロールできない分野であり、為替変動の影響をまともに受ける。
物価上昇率を「〇%」でも「〇割」でもなく、「〇倍」、それもわずか数年で1.5倍~2倍に上昇と表現しなければならない状況は、まぎれもなくハイパーインフレと言ってよい。現状はまだ日本政府、日本企業が生産をコントロールできない分野にとどまっているが、2000年代以降の製造業の海外移転などによって、生活必需品を含めた「モノ作り」の基盤が崩壊してしまった現状で、今後、日本政府や日本企業が需要に見合った国内生産を回復できるようには思えない。ハイパーインフレはいずれ他の分野にも波及してくることは間違いない。
高市政権の発足、そして衆院選での大勝によって、インフレに歯止めがかからなくなるおそれが高まっている。日経平均株価が2026年中に6万円を超えるとの見通しは、多くのエコノミストによって示されているが、株価上昇は予想を超える速さで進んでおり、今年前半には6万円を超えそうな気配だ。
2030年代を迎える頃には、日経平均株価は10~15万円、コンビニのおにぎり1個が1000円、初任給が30万円という状態が一般化し、10万円札が発行されることになるかもしれない。
●インフレから身を守るには
メディアでは、今、「インフレから身を守る節約術」などが盛んに取り上げられている。日本人が保有資産を円から外貨に替える動きも加速している。金も最高値を更新し続けており、注文が殺到している。この間の激しい物価高に個人の努力で対応するにはこの程度が限界だ。円に対する信認は、海外からはもちろん、日本人の間でさえ急速に失われつつある。だからといって、国の公式通貨である円を個人で防衛する手段もない。いったいどうすればいいのか。
ここで私から提案がある。過去、長野県などが提唱したものの、尻すぼみに終わった地域通貨の発行を各地で推進するのだ。かつての地域通貨は、使用を域内に限定することで、経済効果を地域内循環させることを目的としており、あくまでも円通貨によって価値を保証していた。うまくいかなかったのは、円高・デフレ時代だったため円通貨の価値が高く、地域通貨より円を保有するほうが合理的だったからだ。
今回、私が提案する地域通貨は、基本的に価値の保証を円以外によって行うことを想定している。具体的には、自治体が金を保有し、その金の価値を超えない範囲で地域通貨を発行し、域内のみで流通させるのである。地元銀行員など金融専門家を招聘し、地方自治体から独立した「○○地域準備制度理事会」を設け、地域通貨の発行量の管理に当たらせる。さしあたり、食料とエネルギーが自給可能な北海道や九州などでは、通貨管理のやり方さえ間違えなければ、将来、円に代わる通貨として成功する可能性がある。
私のこの提案には、ロシアでの歴史的先例がある。帝政ロシア時代、第一次世界大戦で戦費を浪費したロシアはハイパーインフレに陥った。ロシア革命で成立したボルシェヴィキ政府は、紙屑同然になった旧ルーブルを使用停止し、チェルヴォーネツという通貨を発行した。この通貨は、発行量を中央銀行が保有する金の価値以内に抑えた。事実上の金本位制である。
この措置によって通貨の価値を安定させた後、ボルシェヴィキ政府はチェルヴォーネツを廃止、新ルーブルに切り替えた。革命後のソビエト連邦が、計画経済と併せて早期に経済危機を脱出し、第二次大戦でナチス・ドイツに勝利できた背景に、スターリンによる重工業重視政策があることは比較的知られているが、この通貨政策の成功に関してはあまり知られていない。
いずれにせよ、日本経済がここまで考えなければならないほどの危機的状況にあることを、本誌読者にはぜひ知っていただきたいと思っている。
注1)「常用労働者1人平均月間現金給与額 1947年~2024年 年平均」(独立行政法人日本労働政策・研修機構調査)
注2)「朝6時に行列100人超 20分で完売の洋菓子店主が政治に望むこと」(2026.2.6付け「朝日」)
注3)「東京の中古マンション価格1.5倍の裏で、ペアローンは8.6倍に。住宅ローン市場の“異変”」(2025.12.6付け「マイナビニュース」)
(2026年2月25日 「地域と労働運動」第306号掲載)