福島第一原発事故に伴って、国の避難指示区域以外から自らの意思で避難した区域外避難者(いわゆる自主避難者)で、東京都内の国家公務員住宅(東雲住宅)を斡旋され居住しながら、福島県から退去強制の訴訟を起こされ、県の勝訴(判決確定前の仮執行を含む)によって本人の意思に反して退去を余儀なくされた2名のうち1名について、県の退去処分の妥当性を問うた裁判の上告審判決が、2026年1月9日、最高裁第2小法廷で言い渡された。
判決(多数意見)は、あらゆる手段を弄して区域外避難者を「不可視化」したい福島県の主張に追随した下級審判決を追認するのみで、特に見るべきものもない。一方で、三浦守裁判長の反対意見は、原発事故時における「避難の権利」確立に向け重要な意義を持つ(注)。
注)三浦裁判長の反対意見を含む判決全文は、裁判所公式ホームページから読むことができる。
●本裁判の争点となったセーフティネット契約とは
本裁判の争点は、国から福島県に対して授権された「債権者代位権」が無限か有限か、有限であればどこまでを範囲とするかをめぐるものである。
福島第一原発事故後、本来であれば国の業務に従事する国家公務員に貸し出されることが前提の国家公務員宿舎を区域外避難者に貸与する根拠となったのは「セーフティネット契約」制度に基づく。
これは、2008年に起きたいわゆるリーマン・ショックにより、住居と仕事を同時に失った労働者に対する緊急措置として導入された制度である。失業後、新たな職を求める労働者が、公共職業安定所では「住所不定の者に職業紹介はできない」と断られる一方、賃貸住宅を借りようとすれば「無収入の者に住居は貸せない」と断られる事態に陥り大きな社会問題となった。
セーフティネット契約は、このような「負のループ」を断ち切る必要から、住居と仕事を同時に失った労働者が「とりあえず、次の仕事を見つけるまでの間、一時的に住所を確定させる」ための制度としてスタートした経緯がある。未曾有の事故によって生活基盤のほぼすべてを一挙に失い、そのため生活再建にかなりの長期間を要すると考えられる区域外避難者の救済措置としては、もともと不十分なままとならざるを得ない宿命を背負っていた。
セーフティネット制度の導入は、国家公務員宿舎法の改正を行わないまま、財務省が通達を改正して対応した。この点においても、法律による裏付けがなく行政通達にのみ依拠しているという法的不安定さも内包した制度だったのである。
●国有財産とは
国有財産法によれば、国有財産とは国が所有する不動産(土地・建物)や船舶、航空機などの大型動産を含む(これ以外で国が所有する有形固定資産は、物品管理法により物品として取り扱われる)。国有財産法は、国有財産を行政財産と普通財産に区分している。
行政財産とは、国の行政機関が本来の行政目的に沿って使用するものである。一方、普通財産とは、行政財産としての使命を終え「用途廃止」された国有財産で、売却などの処分を前提とするものである。
普通財産は処分を前提としているものの、その処分を待つ間、いたずらに維持費だけがかかり続けるのに比べれば、貸付によって有効利用が図られる限り、国にとって有益となるので、貸付を認めている。一方、行政財産は、行政目的に反する用途にまで対象が広がりかねないとの理由で貸付を禁じており、行政目的の範囲内において一時的な「使用収益の許可」を行うことだけが認められている。
国家公務員宿舎は、国の事務に従事する公務員が生活をする場として貸し出されるものであり、一見、国の行政目的のための使用でないようにも感じられる。しかし、国にとって、公務上の必要から国家公務員を職場近くの宿舎に居住させることは行政目的そのものであり、国家公務員宿舎は行政財産に区分されている。
セーフティネット契約によって区域外避難者に貸与されている国家公務員宿舎も区分上は行政財産である。「住んでいるのが公務員か原発区域外避難者か」ではなく「その国有財産の本来の使用目的は何か」に基づいて、行政財産か普通財産かの区分が決められるからである。
●民間住宅の賃貸契約と国家公務員宿舎「使用許可」との類似点と相違点
民間住宅においては、居住者と不動産会社との間で賃貸契約が締結されるが、不動産会社が本来の賃貸住宅所有者ではない(「大家」が別にいる)というケースがしばしば見られる。
本来、建物の賃貸契約は所有者(大家)と住人との間で結ばれるべきものだが、大家が個人である場合など、膨大な管理事務に対応できないため不動産会社を間に立てる。この場合、大家と不動産会社との間で「大家の事務を不動産会社に委託する」旨の委任契約が結ばれる。これにより、事務を受託した不動産会社は、大家に代わって賃貸契約業務を代行できる。
債権といえば、一般市民の日常感覚では「貸した金を返してもらう権利」の意味合いが強いが、法律用語としての債権にはもっと幅広い様々な権利が含まれる。民間住宅の賃貸契約の場合、住人は大家または不動産会社に家賃を払う義務(=債務)が発生するが、同時に住宅に居住させてもらう権利(=債権)が発生する。一方、大家または不動産会社の側にも、家賃支払いを受ける権利(=債権)が発生する一方、住人のために部屋を提供する義務(=債務)が発生する。
多くの契約では、債権と債務は表裏一体であり、契約締結によって当事者の双方に、セットで発生する場合が多い(双方が債務を負うという意味で「双務契約」と呼ぶ)。これに対し、債権・債務が当事者の片方だけにしか発生しないものは「片務契約」と呼ばれるが、これは贈与契約などわずかな例しかない(贈与契約の場合、贈与する側には債務だけが、贈与される側には債権だけが発生する)。
ところで、国家公務員宿舎の貸与が行われる場合の手続き及びその法的位置づけは、民間住宅とは若干異なっている。民間住宅では、大家(甲)、不動産会社(乙)、住民(丙)の3社が当事者の場合、甲乙間における業務委任、乙丙間における賃貸はいずれも契約であり、ほとんどの場合双務契約となる。「この契約書に記載のない事項で紛争が生じたときは、甲乙/乙丙間の協議による」等の文言が契約書に記載されている場合、当事者間の協議が整えば契約書に記載していない事項でも実施が可能であり、またこの当事者間合意が整う限り、その範囲にも制限はない。
一方、国家公務員住宅の貸付の場合、財務省(窓口は各地方財務局)と、居住者である国家公務員の間で行われるのは使用許可である。具体的には、居住予定者が宿舎貸与申請書を財務局に提出し、財務局は宿舎貸与許可書を発行し許可する。
財務省によれば、この許可は契約と異なり行政行為の一環と解されており、例えば、屋台を出すために道路の使用許可を受ける場合と同じく目的を限定して行われる。屋台を出すために使用許可を受けた道路上でサッカーの練習をすることは「目的外使用」となり、許可の取消事由となる。当事者間で協議が整えば、契約書外の事項でも範囲を限定せず実施可能な契約とは異なっている。
許可の期間は、屋台のように○年間などと指定される場合もあるが、国家公務員宿舎のように、許可書では指定されない場合もある。しかし、いずれの場合も許可は有期であり、無期限ではない点が共通している(国家公務員宿舎の場合、被貸与者はいずれ退職・異動などで退去することが前提の貸与であり、10年を超えるような長期貸与は公務員の場合でも想定されていない)。
ただ、許可を受けた国家公務員が使用許可の条件に反しない限り、財務局は宿舎提供義務を負う一方、被貸与者にも宿舎使用料を支払う義務が生じるなど、契約の場合に類似した債権・債務の「双務性」が見られる。このため、外形的には使用許可の形式であるものの、実質的には賃貸契約として受け取られることも少なくないのが実情である。
セーフティネット制度によって、区域外避難者に対し行われた国家公務員住宅の貸与に関しても、間に各都道府県を挟むという点を除けば、事情は同じである。財務局が各都道府県に対して行うのは使用許可であり、当事者間合意による賃貸契約ではない。一方で、各都道府県と区域外避難者の間ではセーフティネット契約が結ばれており、これは当事者間合意による契約に当たる。
民間住宅に例えるなら、住人と「不動産会社」(各都道府県)の間で賃貸契約が結ばれる点では何ら変わるところはないが、大家と「不動産会社」との間では、契約が結ばれる代わりに、大家(財務局)が行政機関であるために、不動産会社に対して使用許可を与えるという点でも、外形的な手続き及びその法的位置づけは根本的に異なるのである。

●画期的な三浦反対意見を明日につなぐ
これに対し、三浦守裁判長が述べた反対意見は大変画期的なものである。裁判自体は敗訴ではあるものの、原発事故被害者の「避難の権利」確立に向けて、重要なポイントを述べておきたい。
第1に、福島県の「原告適格」自体を完全に否定したことである。判決文P.11~12にかけて、三浦意見は国(財務省)から福島県に対して与えられている権限が賃貸契約ではなく使用許可であることの本質に照らし、筋論を展開している。
国が福島県に与えたのは宿舎の使用許可であり、その許可条件に照らす限り、許可の目的は避難者が宿舎に住むことで実現している。一方、使用許可は、被許可人の行う許可申請に対し国が行う行政行為であるから、その許可の取消を行い得るのも許可権者である国のみとなる。当然ながら「被許可者」である福島県がみずから許可の取消を行うことはできず、そのため、福島県は今回の裁判において、居住者を追い出すための訴訟を起こす適格自体がないとする三浦意見は、理路整然としている(前述「図解2」のとおり、福島県が行い得るのは使用許可の申請のみであり、対して国側が行い得るのは使用許可のみである点が、両者対等の賃貸契約と異なっている)。
第2に、社会権規約、国内避難に関する指導原則などの国際法を根拠に避難の権利を位置づけたことである。『経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)11条1項は、締約国に対し、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についての全ての者の権利を認め、この権利の実現を確保するために適当な措置をとることを義務付けている。』とした。
また、『国内避難に関する指導原則(E/CN.4/1998/53/Add.2)は、国内避難民を保護するための重要な国際的枠組みと認識され、その保護を増加させるための効果的な方策をとる旨の国際社会の決意が表明されているところ(2005年(平成17年)世界サミット(国際連合首脳会合)成果文書132項参照)、同指導原則は、災害により避難を余儀なくされた者を含む国内避難民について、国内当局は、国内避難民に保護及び人道的援助を提供する一義的な義務及び責任を有し、国内避難民は、これらの当局による保護及び人道的援助を要請し、及び受ける権利を有すること(原則3)、国内避難民は、移動の自由及び居住地の選択の自由についての権利、自らの生命、安全、自由若しくは健康が危険にさらされる可能性のある場所への強制的な帰還又は再定住から保護される権利、適切な生活水準に対する権利等を有すること(原則14、15、18)、権限のある当局は、状況に関係なく、及び差別することなく、国内避難民に対し最低限、基本的な避難所及び住居等を提供し、これらの安全な利用を確保すること(原則18)、権限のある当局は、国内避難民が自らの意思で、安全に、尊厳を維持しつつ、自らの住居若しくは常居所地に帰還できるようにし、又は自らの意思で国内の別の場所に再定住できるようにする条件を整え、及びそのための手段を提供する、一義的な義務及び責任を有すること(原則28)等を定めている。』〔判決文P.12〕とその意義を述べた上で、避難者にその全面適用を求めた。日本の国内法における空白を埋める上で画期的である。
第3に、応急仮設住宅に居住する必要性を避難者側が証明すべきとした国・県側主張を退け、その必要性がないことの証明を国・県側に求めたことである。
『著しく異常かつ激甚な非常災害であって、当該非常災害に係る応急仮設住宅の入居者の居住の安定に資するための措置を講ずることが特に必要と認められる特定非常災害においては、多数の被災者の避難が広域かつ長期に及ぶなどして、被災者の安定した住宅の需要が被災地域及びその周辺(以下「被災地域等」という。)に限られないこと等にも鑑みると、所定の期間を超えて応急仮設住宅を使用する必要性に関し、被災地域等における住宅の供給状況等を重視して一律に判断することは困難』〔判決文P.16〕とする避難者側の事情に配慮を示した。『応急仮設住宅を使用する必要がないことが、合理的な根拠に基づいて認められなければならないものと解される』〔判決文P.17〕とした。これは、避難者の住宅からの強制的な追い出しが正当化されるためには、避難者が応急仮設住宅を使用する必要がないことを、国・県側が証明するよう求めるものである。証明責任を事実上、転換するもので、避難者に寄り添った有意義な内容といえる。
第4に、一般公衆の被ばく基準「1mSv/年」とする原則を再確認するとともに、国がこの間、福島県民をはじめ、汚染地域に居住する住民の被ばくからの防護対策を講じる上で恣意的に基準としてきた「20mSv/年」そのものを否定したことである。
国が行った避難指示区域の設定は、被ばく線量20mSv/年を基準として実施されたが、三浦意見は、避難指示区域の『設定及び解除については、住民が1年間に被ばくする放射線量が20mSvを超えるか否かが、一つの基準とされている・・・法令に基づく放射線障害の防止に関する技術的基準ではなく、公衆の被ばくに関する限度について、放射線障害防止法3条の定める基本方針の下に技術的基準の斉一が図られたものでもない。』〔判決文P.19〕として、「20mSv/年」基準が国際基準、日本の国内基準と不整合であることを指摘、これを否定した。
『福島県内の各市町村において除染が実施され、災害公営住宅の整備、公共インフラの復旧等が進んでいたとしても、・・・環境の汚染状態が続いている居住地から避難している被災者にとって、その避難の継続は、放射線障害防止法3条の定める基本方針に照らし、自らの受ける放射線量が障害を及ぼすおそれのないようにするという点で、法令に基づく合理的な根拠があるというべきである。』〔判決文P.20~21〕。
避難がむしろ法令が定める被ばく基準に自分自身を適合させようとする正当な行為であるとして、「自主」避難に積極的な評価を与えている。避難の権利を直接的に導き出すものであり、これが持つ意味はいくら強調してもし過ぎることはない。
●ICPR勧告と「1mSv/年」基準、「20mSv/年」基準
三浦意見は、『放射線審議会は、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年(平成2年)の勧告を踏まえ、公衆の被ばくに関する限度に関し、実効線量については年1mSvとするなどとして、これを規制体系の中で担保することが適当であるとし(平成10年6月10日同審議会決定「ICRP1990年勧告(Pub.60)の国内制度等への取入れについて(意見具申)」)、関連する法令の規定は、これに従って技術的基準の斉一が図られている。』〔判決文P.19〕としている。ここで、ICRP勧告と日本の国内基準について再確認しておきたい。
福島第一原発事故当時、日本が受け入れていたのは、チェルノブイリ事故直後にその知見を踏まえて定められたICRP1990年勧告である。ここでは、一般公衆の被ばく基準を年1mSv以内とした。
ICRPが2007年に公表した勧告は、被ばく線量管理を3段階に区分するものだった。①「計画被ばく状況」(原発作業員など、被ばく線量を管理できる状況)及び②「現存被ばく状況」(事故の起きていない一般的状況)にあっては1~20mSv/年の下限値(すなわち1mSv/年)とし、③「緊急時被ばく状況」(原子力事故が起き被ばく線量を管理できない状況)にあっては20~100mSv/年の下限値(すなわち20mSv/年)とするものであった。①②については1990年勧告の水準を維持する一方、原子力事故が起きた直後(③)では事実上基準を緩和する不当なものである。
三浦意見にあるように、日本では、ICRP勧告の国内適用は放射線審議会の権限である。当時は2007年勧告を国内に取り入れるため、放射線審議会で「有識者」による審議を実施している段階で、近い将来の国内への全面適用が予定されていた。
そこに福島第一原発事故が発生した。原子力規制官庁の再編によって、放射線審議会が文部科学省から原子力規制委員会に移管されたこともあり、国内適用の動きはストップした。適用の方向性自体は示されたものの、一般公衆の被ばく基準を1990年勧告に基づいて1mSv/年とした原子炉等規制法等の改正は行われないまま、今日に至っている。
2007年勧告に対応した国内法整備が行われていない以上、現状、日本国内に適用されているのは1990年勧告であり、一般公衆の被ばく限度に関して、これに基づく1mSv/年以外の基準は存在しない。この意味でも、三浦意見は原則に立ち返り、きちんと筋論を述べている。
2007年勧告が、たとえ1990年勧告と比べ後退した内容であったとしても、国が、福島で避難指示区域を20mSv/年を基準に設定しようと考えるのであれば、きちんと国内法「改正」手続きを経る必要があった。ところが、国は、その手続きを経る前に福島第一原発事故が起き、さらに法の事後改正~遡及適用も「法の不遡及」原則に照らして難しいことから「原子力緊急事態宣言」を発令。この宣言は、まもなく事故15年を迎えようとしている今日、なお解除されないままである。
●法治国家、立憲主義のあり方と司法の「気概」示した三浦意見
日本政府は憲法9条と自衛隊・安全保障政策の分野に象徴されるように、「違法政策」「違法事実」を積み上げることによって法を無効化するという法治国家にあるまじき統治体制を長期にわたって続けてきた。今回の「20mSv」問題も、日本が抱えるこの構造的な宿痾が原子力の分野で表面化した典型的事例である。
福島の子どもたちの被ばく問題を追ってきたジャーナリスト・団藤保晴氏は、法的根拠のないまま福島だけが20倍の被ばく基準を押しつけられている現状を「一国二制度」と呼び批判した。沖縄と同様、福島も日本国憲法の適用から除外され「外地」扱いとされたのである。
三浦意見は、こうした「法改正なき解釈変更」から日本を取り戻し、法治主義・立憲主義の原則に立ち返らせるという点でも重要な意義を持っており、積極的な評価を与えるべきである。
一方、法の番人である最高裁の多数意見が、こうした行政のあり方を問題視もせず追随したことはきわめて残念である。とりわけ、債権者代位権の専門家として、多数説に与せず原則的立場から多くの著作を残してきた高須順一判事が、任官前とは別人のごとく国・県の代理人に堕したことに対しては、強い憤りを表明しておきたい。
(2026年1月25日 「地域と労働運動」第305号掲載)