備蓄米放出でも止まらない危機 重大局面はこの秋に来る

 本誌3月号で報告した「令和の米騒動」は、私の予想通り拡大の一途をたどっている。政府は、この春から各界各層からの声に押されて備蓄米放出に踏み切ったが、私の試算では、その備蓄米の在庫もこの夏までに尽きる見通しが強まっている。「本当の危機」は、おそらくこの秋にもやってくる。

 ●着実に進んできた農業経営基盤弱体化

 コメが流通段階で目詰まりしているのではなく、絶対量そのものが不足していることは、本誌3月号既報の通りである。ウクライナ戦争で資材費・原料費の高騰が始まって以降、ギリギリのところで踏ん張っていた農家の多くが離農、廃業した。企業の倒産、廃業情報を専門に扱う東京商工リサーチによれば、コメ農家の倒産と、事業休止に当たる旧廃業・解散の合計は2023年に83件まで急増。2024年も過去最多の89件に達した。

 令和の米騒動が始まってすでに9か月が経つ。その間、全国のコメ農家の倒産・旧廃業件数としてあまりに少なすぎるのではないかと思う読者がほとんどだろう。東京商工リサーチが把握できるのは、企業・法人の形態を採っているものだけだ。当然のことながら、向こう三軒両隣以外の誰にも知られることなく、ひっそりと離農する個人農家の動向までは把握できていない。

 実際の離農件数を農水省の統計に基づいて確認すると、2015年に134万戸あった個人/家族農業経営体数は年5~6万戸ずつその数を減らしてきた。とりわけ、2019~2021年のわずか2年間で約16万戸も個人/家族農業経営体数が急減。2021年には、ついに全国の個人/家族農業経営体数が100万戸を割り込んだ。コロナ禍が農家の経営にも大きなダメージを与えたことがわかる。

 一方で、企業や法人の形態を取る「組織経営体」数はこの間、わずかながら上昇しているが、個人/家族経営体による生産量減少をカバーするには至っていない。農業基盤弱体化はこの間も着々と進んできたのである。



 「農村と都市をむすぶ」誌編集委員で農業ジャーナリストの神山安雄さんは、この間の離農の特徴として、土地持ち非農家数が9万戸増加していることを指摘。「農地を持ったまま、離農とともに離村する人が増えている」と述べている。

 農業を続けるために何とか農村で歯を食いしばって耐えていた農家が、離農とともに生活基盤も失われた農村地帯から離れ、都会に出て行く。コロナ禍が明けて以降、東京や地方中核都市(政令指定都市クラス)への人口集中の動きが再び加速していることと整合性を持つ。

 ●食糧法の正式名称も知らなかった農水相

 では、この危機の中で農業の現場を預かる農水省は何をしているのか。コメ価格が対前年同期比で2倍を超え、備蓄米放出を求める声が勢いを増す中でも、江藤拓農水相は記者会見で「価格は市場が決めるもので、コメ価格への介入はできない」と再三にわたって繰り返した。

 確かに、1995年、旧食糧管理法と食糧管理制度の廃止に代わって現在の食糧法が制定された。食糧法に基づく農政は、WTO協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定)体制に基づいて、世界がグローバリズムに向かう時代の潮流に合わせたものだった。

 だが時代はコロナ禍を経て大きく変わった。食料、エネルギー、資材、そして労働需給に至るまですべてが過剰から不足に変わり、世界でインフレとともにこれらすべての奪い合いが激化している。

 しかし、日本政府・自民党はコロナ禍以降、根本的に変化したこのような世界情勢を認識していない。江藤農水相は、2月28日の衆院予算委員会で、記者会見で述べたものと同じ見解を繰り返し、食糧法には価格の安定とは「書いていない」と4回も繰り返した。実際には、食糧法は「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」が正式名称であり、条文はおろか題名からきちんと価格の安定が入っている。この程度の知識も持たない閣僚が自民党内で「農水族」議員と呼ばれているとする報道もあるが、これが事実なら、農業現場と農政を知悉する人材は、自民党からほぼ払底していると見るべきだろう。

 食料となる予定の家畜にもできるだけ苦痛を与えない飼養方法を採用すべきとするアニマルウェルフェア(家畜福祉)は、欧州はじめ世界では制度化の方向にあるが、この考え方では、多数の鶏を、身動きもできないぎゅうぎゅう詰めの鶏舎に押し込んで飼養する「バタリーケージ」方式は禁止が原則とされる。

 この措置が日本に波及するのを恐れた鶏卵生産販売大手「アキタフーズ」が、吉川貴盛元農相に寄付を行っていた事件が2021年に発覚した。江藤農水相が党内で農水族と呼ばれていることに触れたのは、2021年1月17日付け東京新聞だ。記事によれば、吉川元農水相の他に4人の自民党国会議員もアキタフーズからの寄付を受けたが、その1人が江藤農水相である。自民党「農水族」の実態は今や単なる「農業利権族」に過ぎないようだ。

 ●備蓄米在庫が尽き、この秋迎える「重大局面」

 令和の米騒動につながるコメ民間在庫量の減少が始まったのが令和4/5年度(2022/2023年度)産であることは3月号本誌ですでに述べた。その後も対前年同期比で40~50万トン程度の不足基調であることは変わっていない。



 驚くべきなのは、▲で表示されている不足数が、いわゆる累積在庫減少量ではなく、対前年度比の在庫減少量であることだ。大幅な前年度割れはすでに3年度にわたって続いており、本稿執筆時点で最新版「民間在庫の推移」(農水省)によると、3月時点では、2022/2023年度産から3年度の合計ですでに92万トンもの在庫量減少に陥っているのである。

 各界各層の声に押され、政府はすでに初回分として21万トンの備蓄米を放出した。今後も毎月10万トンずつ放出を続ける方針だ。だが、(1)コメの年間収穫量が680万トン~720万トン程度、1か月のコメ消費量が60万トン程度であること、(2)農協・全集連(全国主食集荷協同組合連合会)加盟各社などの大手集荷業者が集荷できる量が、コメ収穫量全体の半分程度に過ぎず、「民間在庫の推移」で把握されている在庫量もこれら大手集荷業者分しか反映していない可能性が高いこと、(3)残り半分は農協・全集連を通さず、生産者と外食産業や中食産業との間の直接取引によって売買されている可能性が高いこと――は私が3月号本誌ですでに指摘したとおりである。

 要するに、第1回放出された備蓄米21万トンでは、農協・全集連が集荷・販売している一般消費者向けコメの消費量の20日分、外食・中食も含めた消費量全体では10日分に過ぎず、「出さないより少しマシ」程度の効果しか持たない。これで高騰する米価の沈静化につながらないことは、長く農業界を見てきた私には自明だったのである。

 この数字を見る限り、「備蓄米が市場に出てくれば、5月以降、米価は落ち着く」とするコメンテーターなどの楽観論には何の根拠もないことがご理解いただけるだろう。それどころか、この秋、私たちを待ち受けているのはさらに戦慄の事態である。備蓄米の在庫が100万トンしかないことは農水省も公式に認めているが、前述したように、2022/2023年度産以降、生産量の前年割れが3年連続で続いており、その総量は3月時点で92万トンに上っている。つまり、現在放出している備蓄米も、秋には底をつく。

 ここ数年来で急減した100万トンの生産量を回復させる秘策でもあれば別だが、そうでない限り、日本はこの秋、重大な決断を迫られることになる。「100万トンの外国産米を毎年輸入するか、主食としてのコメを諦めるか」である。それが日本社会にもたらす衝撃の大きさは、WTO協定発効に伴い、ミニマム・アクセス(MA)米の一定量の輸入を日本が受け入れた1995年をはるかに上回るものになる。

 本誌読者のみなさんに思い出してほしいことがある。食糧管理制度廃止とWTO協定発効が同時並行で進んだ1995年当時、MA米受け入れ(それは同時に、コメ完全自給政策の放棄を意味していた)という重大な決断は、細川非自民連立政権によって行われた。長年の自民党政権によるコメ失政のツケを、非自民政権が払ったのである。

 現在、自公政権が衆院で少数与党になり、「あのとき」と同じように揺らいでいるのを偶然のひとことで片付けてもいいのだろうか。邪推かもしれないが、自公政権は、この夏の参院選で故意に敗北して政権から降り、「毎年100万トンの外国産米受け入れ」という重大な政治決断を「自民以外の新たな政権」に押し付けるつもりなのではないか――そんな予感が私の脳裏をよぎって離れないのである。

 ●やはり出てきた「MA米活用」論~これは仕組まれたコメ不足か?

 ところで、コメ不足解消のため「MA米を活用すればいい」との声が、財務省筋から出ているとの報道がここに来て流れている。私は「やはり来たか」との思いだ。

 MA米は、WTO協定発効当初は国内消費量の4%の輸入が義務付けられた。その後、段階的に8%まで引き上げられている。協定が発効した1995年の時点では日本の年間コメ生産量が約1000万トンだったことから、輸入量は約40万トンとされた。8%引き上げの段階では、輸入量が77万トンとされたが、それは「分母」に当たる生産量が減ったからである。

 ここまでで、察しのいい読者はお気づきかもしれない。現在、「不足」が囁かれている量(約100万トン)と、MA米の輸入量(77万トン)が近似していることである。MA米の用途を見ると、最も高く売れる主食用は9万トンに過ぎず、加工用17万トン、飼料用59万トン、海外への食糧援助用5万トン、バイオエタノール用16万トン、食用不適品4万トンとなっている。つまり、高い保管経費をかけながら、そのほとんどは二束三文の安値しかつかない用途に回されているのである。

 MA米の価格はSBS(売買同時入札)制度による競争入札の結果で決まる。輸入業者(商社など)とコメ販売業者が連合で参加し、輸入業者は輸入額を、販売業者は国内での販売価格を提示する。その差額の最も大きい――つまり、国にとって最も差益の大きい――入札額を提示した業者連合が落札となる。売買差益は国の特別会計に組み入れられ、ここから保管経費が賄われてきた。この売買差益が事実上の関税と同じ効果を持つため、MA米は無関税でよいというのが国の公式説明である。

 ただ、それでも多額の保管経費がかかっていることは想像に難くない。財務省としては、MA米すべてが高値販売される主食用米に回ってくれるなら、SBS方式で得た売買差益の一般会計繰り入れを農水省に対して求める。そうなれば財政均衡主義に一歩近づく。確証があるわけではないが、財務省だけにいかにもありそうな話といえる。

 ついでに言えば、ここ9か月来のコメ不足、高騰の責任を「流通を目詰まりさせている」「米を隠している」などとして流通業者に押し付ける論評があるが、それは正確ではない。そもそも、食糧管理制度が廃止の運命をたどったのも、MA米活用論がここに来て財務省筋から出てきているのも、コメの保管経費が高くつくからだ。国でも採算が取れないようなコメの長期保管(=隠匿)を、民間企業であるコメ業者にできるわけがない。

 ●令和の百姓一揆、トラクターデモ

 3月30日、都内を先頭に全国各地で「令和の百姓一揆」が行われ、農業者がトラクターでデモ行進した。デモには沿道から途中参加する人もいて、解散地点では出発時点より人数が増えていたという。デモ隊に拍手する人もいたと聞く。デモがこれほど市民の支持を受けたのは、私の知る限り、福島第1原発事故直後の反原発デモ以来ではないだろうか。

 主催団体「令和の百姓一揆実行委員会」委員長で、山形で有機農業を営む菅野芳秀さんは、集会でみずから壇上に立ち、こう訴えた。「まだ残っている農民と、(市民の)皆さんとが共同で力を合わせて、農業を滅ぼす政治から、食と農と命を大事にする日本に変えていかなければならない」。

 日本は今、重大な岐路に立っている。生産者と消費者が、その認識を共有できただけでも「令和の百姓一揆」は成功したと言っていい。だが、生産者と消費者が心をひとつにし、力を合わせたとしても、本当の困難はこれから始まるのだ。

 (2025年5月18日 「地域と労働運動」第297号掲載)

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