<地方交通に未来を(15)>安全問題と物流問題~公共交通激動の2024年

 2024年は大変な年明けになった。元日の能登地震と1月2日に起きた羽田での日航機・海上保安庁機の衝突事故だ。羽田空港の事故は、いわば公共交通をめぐって今まで覆い隠されてきた問題が噴出した形で、私はいずれこんな事態になるだろうともう10年くらい前からずっと思っていた。ここまで極端な形は予想していなかったが。

 事故直後、「レイバーネット日本」に分析記事を書いた。特に、2004~2019年の15年間で全国の航空機数が1.5倍に増えているのに、航空管制官が逆に15%も減らされていること、結果として航空管制官1人が扱う航空機数が1.8倍に増えていることを指摘したら大きな反響があった。多くの東京都民の反対を押し切る形で、東京五輪のために強行された羽田新ルート(2020年4月から実施)によって1割近く飛行機の発着回数が増えたことを指摘した回もそれに劣らぬ反響があった。アフターコロナで2019年以前に近いところまで航空機の便数が戻った上に羽田新ルートによる増便を加えた形での航空管制業務は過去に経験のないもので、事故は起こるべくして起きたというべきだろう。

 国交省職員で構成する「国土交通労働組合」(国交労)はずっと以前から職員の定員削減をやめ要員を増やすよう求める署名運動を行ってきたが、関係者やそれに近い人に呼びかける程度であまり知られていなかった。ところが、私がレイバーネットで紹介したこともあって事故直後からメディア取材が殺到。2月6日、国交労はとうとう航空管制官の増員を求める声明を発表し記者会見まで開いた。安全確保のために必要な人員まで機械的に減らし続ける国交行政のあり方を問い直すとともに、国交労の闘いに一般市民・公共交通利用者からの支持があると伝えることが今のこの局面では重要である。

 航空業界は今、問題山積の状態だ。新千歳空港では、機材もパイロットも客室乗務員も足りているにもかかわらず、乗客の手荷物の積み卸しなどを扱う地上職(グランドハンドリング職)の人手が足りないため増便ができないという事態になっている。コロナ禍による大減便で離職したグランドハンドリング職員が他職種に転職したままアフターコロナになっても戻らず、残された労働者に負担が集中。激務に耐えられず辞職者が相次いでいるが、その補充もできず、「このままでは過労で死者が出てしまう」としてとうとう昨年末にはグランドハンドリング職の労働組合が2023年末限りでの36協定(労働基準法36条による残業協定)の破棄を会社側に通告した。2024年の年明け以降は残業をしないという意味であり、航空業界はますます人手不足に追い詰められている。

 公共交通は基本的に労働集約型産業で、シーズンとオフシーズンとで需要に極端な繁閑があるため人員調整に苦労してきた。それでも非正規労働者を雇用の調整弁に使うことで何とか持ちこたえてきたが、若年人口の減少でそうした綱渡りも次第に難しくなってきている。シルバー労働人口は増え続けているが、公共交通の現場は体力勝負の要素が強く、シルバー労働人口がいくら増えても若年労働者の代わりにはならないからだ。

 2024年、航空業界以上に追い詰められそうなのはバス・トラック業界だ。2019年に「働き方改革関連法」が成立し、残業規制(年960時間まで)が導入されたが建設・物流業界に限り「5年後に施行」と猶予期間が置かれた。その猶予期間がいよいよ終わる今年、運転手も年960時間を超えて残業ができなくなるため人手不足に拍車がかかるというわけだ。

 「残業制限などされたら手取り賃金が減り、食べていけなくなる」という規制反対の声が運転手の間から上がっていると聞くが本末転倒だ。年960時間といっても1か月に80時間で、これさえ厚労省が過労死ラインに指定する水準に当たる。声を上げるなら「死ぬまで働いても食べていけないような低賃金を何とかしろ!」であるべきで、過労死するまで働かせろという要求を、労働者の側からは口が裂けても言うべきではない。

 「働き方改革」に対しては、最低賃金引き上げなど実質的な内容の伴うことは何も行われていないという労働側からの批判はある。だが、ともかくも「残業=悪」というムードを日本社会に作り出したことは評価してもいい。問題は「労働時間を半分にするなら、2倍効率的に働こう」というのが安倍流「働き方改革」だったにもかかわらず、効率よく働く議論が置き去りにされたことだ。結局は残業時間を減らした分だけ仕事が積み残しになり、その不利益の押しつけ先を「今までと違う誰か」に変えるだけに終わる気配が濃厚になっている。端的にいえば、今までは「低賃金で死ぬまで働く労働者」が全犠牲を負っていたのが、今後は「いつまで経っても荷物が届かず途方に暮れる利用者」が全犠牲を負う形に変わるだけという結果がここに来てはっきりと見え始めているのである。かつて近江商人の間では「三方良し」(取引先、顧客、自分たちのすべてにとって良い結果であること)が商売の秘訣といわれたが、今は「泣く人の順番を定期的に変える」だけ。21世紀も5分の1が過ぎた2020年代とは思えず、近江商人に笑われるだろう。

 再配達の削減策やスマホアプリ活用による輸送効率化など、確かにやらないよりはマシだとは思う。だが物流危機は若年労働人口の減少という構造的要因が理由だ。物流そのもののあり方を変えるという抜本的な策なしには解決しないが、政府の動きは鈍く、打ち出される策も小手先のものばかりだ。

 一方、政府の対応を待っていられないと、自治体・民間レベルで「抜本的な動き」が出てきた。そのひとつがJR貨物による「レールゲート」構想だ。多くの物流企業が倉庫機能や荷役機能の拠点として使えるよう貨物ターミナルに併設されるもので「駅チカ倉庫」「駅ナカ倉庫」などと自称、東京・札幌では先行利用が始まっている。

 先進的な試み……と言いたいところだが私には「既視感」がある。これは結局、国鉄時代の「ヤード」の現代版なのではないか。かつて国鉄の貨物駅には広大なヤードがあり、トラックが直接乗り付け鉄道貨車に荷物を積み替えていた。ペリカン便事業も手がけていた日本通運は、もともとはこの目的のために旧鉄道省が設立した特殊会社で、終戦まで「日本通運株式会社法」という法律があった。日通が国鉄に委託されトラックで運んできた荷物を貨物駅の広大なヤードで貨車に積み替えていた。貨物の種類ごとに専用貨車を仕立てていた昔に対し、レールゲートはコンテナを使う点が違うだけだ。

 こうしてみると、国鉄のヤード系輸送を全廃し、コンテナと石油、セメント、石灰石の拠点間直行輸送だけに再編縮小した1984年の貨物ダイヤ改正を再検証しなければならない。日本の人口が若年中心でトラック運転手を集め放題だった当時と高齢化が進む今では社会状況が異なり単純比較はできないものの、「JR体制の見直しが始まるなら、それは貨物部門からになる」との、かねてからの私の予言通りに事態は動き始めたようだ。

(2024年2月10日)


<参考動画>運転士1人でドライバー65人分 トラック運転手不足で「鉄道貨物」復権へ 2024年問題で注目(2023/12/19 TNCテレビ西日本)

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