<地方交通に未来を(13)>踏みつぶせ! オリンピックと新幹線

 コロナ禍明けの影響もあり、9月以来、休眠していた諸々が動き出し、盆と正月とお彼岸がまとめてきたような多忙の中にいる。今回の原稿では、4月に成立後、約半年の周知期間を経て10月1日から施行された改定「地域公共交通活性化再生法」とこれをにらんだローカル各線の動きを取り上げると腹は決まっていた。だが執筆直前になって思わぬビッグニュースが飛び込んできた。2030年に予定されていた札幌冬季五輪の招致と、北海道新幹線札幌延伸が揃って延期されるという。

 五輪延期と新幹線札幌延伸延期はどちらも北海道新聞の1面トップを飾った。それはそうだろう。今や北海道内の政財官界は、道民生活も、輸入肥飼料の暴騰による農家の苦境もそっちのけで、熱病に冒されたように五輪、新幹線中心に動いてきたからだ。

 この日が来るという予感はかなり前からあり、驚きはなかった。新幹線工事は多くの区間で遅れており、羊蹄トンネル比羅夫工区では2021年7月、シールドが岩盤に突き当たったまま2年以上工事が中断している。工事は長万部~札幌間が最も遅れていると思われているが、意外にも函館~長万部間の遅れが目立っており、トンネル掘削の進捗率が6~7割程度の区間がまだ多く残されている。この状態で6年半後に開通させるのが無理だということは、土木技術に疎い素人の目にも明らかだった。誰もがそれを知りながら言い出せなかったのは、札幌五輪という「北海道最大のタブー」があったからだ。

 もちろん表向き、五輪と新幹線の間には何の関係もないことになっていた。しかし鉄道の歴史を少しでも知る人であれば、1964年東京五輪に間に合わせるため、わずか5年の突貫工事で東海道新幹線が建設されたこと、1998年長野冬季五輪に間に合わせるため、北陸新幹線東京~長野間の建設が急がれたことは知っているだろう。札幌延伸の延期を伝える10月7日の北海道新聞記事は、札幌五輪招致と新幹線札幌延伸が「水面下では連動している」との国交省幹部の発言を伝えている。五輪と新幹線が「セットで押し売り」されてきたことは周知の事実なのだから、この程度の発言で国交省幹部が「守秘義務違反」に問われることもなかろう。

 1997年の東京~長野間の開業の際、並行在来線のうち通常運転方式としてはJR最大の難所とされた信越本線横川~軽井沢間が廃止となった。在来線時代、名物駅弁「峠の釜めし」のホーム立ち売りが行われ、列車の発車時には販売業者「おぎのや」従業員がお辞儀で乗客を見送るこの駅の風物詩も歴史の1ページに消えたが、66.7‰(1000分の66.7)という急勾配の影響で、重量100tを超える補助機関車を何両も用意し、全列車に連結しなければならない特殊区間だった。この区間の廃止は異例中の異例であり、並行在来線の第三セクター分離を沿線自治体とJRの同意を得て確定する(=存続させる)とした政府与党合意の趣旨からしても、前例にならないとみられていた。それだけに、札幌延伸で函館本線の通称「山線」(長万部~余市~小樽)の廃線を聞いたときは、自分たちで「同意」したことさえ平気で破り捨てる政府与党に対し、はらわたが煮えくりかえる思いだった。

 地元以外ではほとんど報道されていないが、山線はバス転換協議も行き詰まっている。事の発端は廃線の「陰の主導者」とされる道庁が、転換バスの委託を想定していた北海道中央バスに根回しさえしないまま、先に廃線を決めてしまったことだ。5年間猶予されていた残業時間規制が運転手にも適用される「2024年問題」を直前に控え、ただでさえ運転手不足で既存の路線さえ減便せざるを得ない事態に追い込まれていた北海道中央バスは、廃線決定後になって初めて転換バスの運行を打診され激怒。「道庁からの要請は二度と受けない」とまで態度を硬化させている。山線のバス転換を話し合うための協議会は先日、ついにストップしてしまった。

 確かに沿線自治体は廃線、バス転換に調印した。新幹線の駅ができる倶知安町を除けば苦渋の選択だった。今回、札幌延伸延期で国交省は延期後の新たな開業時期を明言しなかった。工事遅延とバス転換協議の行き詰まりの両面から、山線廃止は前提条件そのものが根底から崩れたことになる。もう一度原点に立ち返り、函館本線の鉄路を最大限活かす方向で協議をやり直すときだ。

 北陸新幹線は2024年3月に敦賀(福井県)まで開業するが、その後、関西地方まではルート選定すら終わっていない。開業から1年を迎えた西九州新幹線(長崎~武雄温泉)に至っては、できもしないフリーゲージトレイン(軌間可変式電車)にこだわり、「在来線をそのまま活用できる」として佐賀県の同意を取り付けたが、フリーゲージトレインはあえなく失敗。今度は「フル規格格上げ」に佐賀県の同意取り付けを狙ったが「提案されてもいないものへの同意などあり得ない」と拒否に遭う。国・長崎県は性懲りもなく「フル規格格上げに伴って発生する佐賀県の工事費は全額肩代わりしてもよい」と佐賀県に提案したが、「タダでも要らない」「今でも福岡まで乗換なしで行ける県内の鉄道環境は悪くないのに、それをわざわざこちらから壊してまで、メリットのない新幹線を求めに行く理由がない」とする佐賀県を翻意させるには至っていない。武雄温泉から先の区間は整備のめどさえ立たないまま「離れ小島新幹線」状態が長期化しそうな雲行きだ。そして「ラスボス」格のリニア新幹線。どんな状況にあるか、本会報読者には言うまでもない。

 北海道も西九州も北陸もリニアも、今や全国の新幹線は総崩れ状態。これが旧国鉄工事局~日本鉄道建設公団の栄光と伝統を引き継ぐ組織――鉄道・運輸機構の実態だとは信じたくもない。だがこれを裏付けるように2020年12月、国交省は機構として初の事業改善命令を出す。北陸新幹線敦賀延伸工事を大幅に遅らせることになった福井県内のトンネル亀裂事故のためである。命令を受け、当時の北村隆志理事長が年明け後の2021年1月、引責辞任している。「100%親会社」として命運を握っているのがこの程度の法人なのだから、JR北海道・四国両社の経営など傾いて当然だろう。

 もう一度歴史を振り返っておこう。1964年東京五輪・東海道新幹線開業。この年国鉄決算は初めて赤字となった。国鉄諮問委員会が「歴史的使命を終えた」として赤字83線の公表に踏み切ったのは1968年のことだ。2016年、北海道新幹線が函館開業したまさにその年、JR北海道は維持困難10路線13線区を公表する。五輪と新幹線は、いつも「両輪」となって在来線を踏みつぶしてきた。そう考えると、札幌冬季五輪と北海道新幹線札幌延伸、揃っての延期は千載一遇のチャンスかもしれない。さあ反撃だ。切り捨てられてきた在来線沿線住民が今こそ立って、新幹線とオリンピックを踏みつぶせ!

 (2023年10月10日)

管理人の各所投稿集ページに戻る   トップに戻る