<地方交通に未来を(12)>でたらめだらけのストップ!リニア訴訟判決

 原告らの請求をいずれも棄却する――それだけを言い渡すと、3人の裁判官はそそくさと、逃げるように奥に消えた。判決理由の朗読すらないので、棄却の理由もわからないまま。裁判官が「消えた」法廷内では、何が起きたかわからず、呆然としたまましばらく動けない傍聴人もいた。行政訴訟など、国や自治体を相手にした訴訟ではしばしば見られる光景らしく、噂には聞いていたが、自分自身が体験したのはこれが初めてだ。249名の原告が、国にリニア中央新幹線の事業認可取り消しを求めていた「ストップ!リニア訴訟」の判決言い渡しが行われた2023年7月18日、東京地裁での出来事である。

 もともと、この日は朝から異例ずくめだった。朝10時過ぎにはすでに気温は35度近くに達した。訳あって前日から東京・立川駅前に宿泊していたため、筆者は横浜線で横浜市内に出た後、東京地裁を目指した。

 このルートを選んだのには理由がある。リニアの駅ができる予定の神奈川県・橋本駅の現状を、通過しながらの一瞬でもいいから見たいと思ったからだ。事前情報通り、リニアの駅らしきものは影も形も現れていなかった。用地買収すらまだ完全には終わっていない。こんな状況で「2027年開業」というJR東海の説明は寝言に等しい。何しろ4年後なのだ。公式の説明では大阪延伸が予定されている2045年に、当初予定の品川~名古屋間が開業できれば御の字というのが現状ではないだろうか。

 筆者は時折、大型書店の鉄道関連コーナーを見ているが、最近出版される書籍の中に、無邪気な「リニア礼賛もの」は全くといっていいほどない。代わりに並んでいるのは、リニアに疑問を呈するものばかりになっている。大手メディアがリニアについて全く報道しない現状でも、こうした書店の動向からは、大型事業の先行きを探ることができる。

 判決に先立つ午後1時から、裁判所前で集会が行われた。

 川村晃生原告団長は「2016年の提訴から、コロナによる中断を挟んで7年、ついに判決の日が来た。JR東海は私たちの主張に全く反論できず、法廷内では私たちが圧倒していた。しかし、裁判所もまた国の機関だ。日本では国を訴える行政訴訟に独特の難しさがあるが、裁判所が私たちを相手に真摯に耳を傾けてくれるなら、私たちの勝利は間違いないと確信している」とあいさつした。

 続いて関島保雄弁護団共同代表が発言した。「通常、この手の訴訟では、原告は事業が行われる周辺数キロの狭い範囲にとどまることが多い。しかしこの訴訟は、東京から名古屋まで、約300kmもの長い範囲に多くの原告を抱えるという意味で珍しい大型訴訟だと思っている」と訴訟の概要を説明。続いて「リニアは全区間の86%がトンネルだ。いわば、飛行機のような速度で地下鉄を走らせようという計画であり、非常識」だと国策事業を斬り捨てた。

 高山浩JR東海労働組合副委員長は「リニアをめぐって、何度も労使交渉を申し入れたが、会社は窓口でお茶を濁すような回答をするだけで応じなかった。労使関係が存在しない中で、会社と正面からぶつかり合う苦しい闘いだった」とこの間を振り返り、「引き続き、皆さんとともに闘っていきたい」と決意表明した。

 判決後の報告集会には約150人が集まり、衆院第一議員会館多目的ホールをほぼ埋めた。本村伸子(共産)、山添拓(共産)、山崎誠(立憲)の各国会議員が連帯あいさつ。山崎議員は「コロナで休眠状態だった党の公共事業再点検を再起動させたいと考えている」と表明した。

 報告集会で配られた判決要旨は6ページで、ここで初めて棄却理由が明らかになった。これほどでたらめばかりの事業ですら認可は国土交通大臣の裁量の範囲内だという。これでは、いったん行政による認可を受けたら最後、どんなでたらめ事業でも司法の場で問うことは不可能になる。司法の事実上の「自殺」である。

 (1)鉄道事業法は、開業後の鉄道が継続的事業運営を行えるよう監督することが目的の法律であり、従って開業前のリニアには適用とならない、(2)認可はあくまで全国新幹線鉄道整備法に従って判断すればよい――という東京地裁の判断も責任逃れに他ならない。建設途中の鉄道に将来性があるかどうかは、周辺人口とその推移、沿線での経済活動の規模等を見れば相当程度わかる。JR東海の当時の社長みずから「採算に乗らない」と表明するような事業を行政が認可し、司法もそれを追認するならば、リニアが計画倒れに終わり、3兆円にも上る財政投融資が不良債権化したあげく、JR「倒壊」となった場合の責任は行政も司法も共に負うことになると警告しておこう。

 原告のひとり、天野捷一さんは、この日、裁判所の前で掲げた「不当判決」の旗のほかに、本来掲げるはずだった「勝利判決」の旗を開いて見せると「本当はこれを掲げたかったのですが、控訴審に向け取っておきます。控訴審ではこちらを使えると期待しています」と発言。事実上の控訴宣言だ。

 会場からは「司法はでたらめばかりで悔しい」という声が相次いだ。筆者もそれらに共感するが、原発訴訟で敗訴したときのような悲壮感はなかった。すでに稼働しているものを司法の場で勝って止めており、「負ければ翌日から即、再稼働」となる原発訴訟と異なり、まだ影も形も現していないものの建設工事の法的根拠を予防的に失わせることを目的としたリニア裁判の場合、負けたからといって、故障したままの工事用シールドが突然復旧し、明日から破竹の勢いで地下を掘り進めるようになるなどという事態は、およそあり得ないからである。

 この日、ストップ!リニア訴訟原告団、ストップ!リニア訴訟弁護団、同訴訟サポーター一同の3者連名で声明が発表された。「本判決は、国及びJR東海の主張を丸写しにしたものであり、現実に生じている実験線での環境被害を無視したもので、責任ある判断を放棄したに過ぎない。原告団・弁護団はこの不当な、詐取された認可処分を維持させることは、リニア中央新幹線という負の遺産を後世に残すことになると考え、上訴審で最後まで戦い続ける所存である」と結ばれている。

 安全問題研究会もこの訴訟を最後まで支援し続ける。リニア中央新幹線問題は、全国で同時進行するローカル線問題の深刻化と併せてJR体制を蝕み、揺るがさずにはいない。地域公共交通活性化再生法の小手先の見直し程度ですむほどJRの現状は甘くなく、民営JR7社体制が遠からず再編を迫られるという当研究会のかねてからの見通しを修正する必要は全くない。むしろその時期は予想より早く訪れると見越して、関係者は準備に入るべきだと当研究会は考えている。

 (2023年10月10日)


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