復興庁が今年春、トリチウム汚染水の海洋放出で発生が予想される「風評被害」対策の一環として「トリチウムゆるキャラ」を公開しながら、全国からの批判を受け即撤回に追い込まれるという出来事があった。危険な放射性物質をゆるキャラに仕立て、海を泳がせるというセンス、無神経さには呆れるほかないが、その制作を指示していたのは復興庁であることが、本紙が行った情報開示請求で明らかになった。
◎国の直接指示で
本紙が行ったのは令和2年度「放射線等に関する情報発信事業」発注関係の情報開示請求だ。復興庁は、黒塗りを含む36ページの資料を開示した。
「企画競争理由書」によれば、事業発注目的は「放射線に関する基本的な情報や福島の現状等について広く国民一般(特に、乳幼児・児童生徒の保護者及び妊産婦。)に伝え」ること。放射能への不安を持ちやすい層を明確にターゲットに打ち出している。
特に重点を置く事項として「放射線以外のリスクを示しつつ、放射線リスクを相対化して発信する」ことを記載している点には注目すべきだ。事故直後、御用学者を大動員し「福島より国際線乗務員の被曝量の方が多い」「放射能よりたばこの方が身体に悪い」などのキャンペーンが繰り広げられた。放射能のリスク自体は否定できず、他よりマシという宣伝しかできないことは原発最大の弱点だ。そうした宣伝が国の直接指示によることを公文書で確認した意義は大きい。
「マンガ、アニメーション、動画など親しみやすいコンテンツを作成する」との記載もある。ゆるキャラも復興庁の指示だった。
復興庁が公表した「トリチウムゆるキャラ」
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<資料1>復興庁から開示された令和2年度「放射線等に関する情報発信事業」関係文書のうち「企画競争理由書」の一部。「放射線以外のリスクを示しつつ、放射線リスクを相対化して発信する」と堂々と指示している。
◎選定は電通ありき
予定価格とその積算根拠はすべて黒塗りにされているが、企画競争理由書には契約予定金額を2億5千万円程度と記載している。通常、これほどの金額は一般競争入札としなければならないが、復興庁は入札になじまない案件を随意契約にできる会計法の特例条項を適用したと説明する。
事業参加を希望する業者から事業目的を実現するための企画提案書を提出させ、発注者(復興庁)側が指名した委員がその内容を審査して業者選定するのが企画競争方式だ。開示された企画提案書審査基準及び採点表によれば、全15項目120点満点のうち「放射線に関する基本的な情報等」「福島の現状に関する情報」「インフルエンサー(ネット上で影響力を持つ人物)等を通じた情報」発信の実現可能性を問う3項目に各20点、計60点と全体の半分が配点されている。事実上この3項目を制する業者が「落札」となるが、実現可能性を審査基準にする限り、過去、類似事業に参加実績を持つ業者が有利なのは明らかだ。半永久的に電通だけに受注を保障する仕組みといえる。
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<資料2>開示された「企画提案書審査基準及び採点表」。この3項目だけで120点満点のうち60点を占める。採否の鍵を握るこの項目で「過去の実績」を評価し電通に誘導できる。
◎あの御用学者にも電通マネー?
国・電通一体となった赤裸々な「洗脳」計画を隠したいのか、電通が復興庁に提出した企画提案書は9割がた黒塗りとなっている。そのわずかな開示部分にやはり開沼博の名前がある。福島県民に寄り添うふりをしながら、放射能に不安を抱く市民や避難者を一方的に「風評加害」者と決めつけ攻撃する最悪の扇動者だ。その「功績」が認められ、立命館大准教授から御用学者の殿堂・東大へ華麗なる「栄転」を遂げた。
「3・11から10年目の福島の課題」と題し、電通が開沼准教授に講演依頼したことが黒塗りの隙間から覗く。報酬支払の明示はないが、さすがに無料はあり得ないだろう。汚い電通マネーの一部が「新進気鋭の御用学者」に流れている可能性を匂わせる。
今年4月14日の参院「資源エネルギーに関する調査会」。山添拓議員(共産)の質問に対し、角野然生・復興庁統括官はゆるキャラ作成費を数百万円程度と答弁した(注)。そもそも事業全体の費用は3億700万円で、この2億5千万円もその一部でしかない。3億7千万円との差額は何に使われたのか。開沼准教授への報酬があるとすればいくらか。開示文書からは新たな疑問も生まれた。
<資料3>契約予定金額を2億5千万円と予定。一方、復興庁はゆるキャラ制作費は「数百万円程度」と国会答弁している。差額は何に使われたのか?
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<資料4>電通から復興庁への企画提案書。黒塗りの隙間から「開沼博」の名前が覗く。
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<資料5>資料4の拡大部分
◎3.11までこれが原子力ムラの日常だった
復興庁は、今回、国民からの批判で「トリチウムゆるキャラ」撤回に追い込まれたが、3・11前まではこれが原子力ムラの「日常」だった。
1993年、動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現在の日本原子力研究開発機構)が核燃料サイクルへの「国民理解」を進めるために登場させた「プルト君」にそっくりだ。当時もチェルノブイリ原発事故の直後で市民の原子力不信が高まっていた時期だった。市民、反対派を小馬鹿にした図柄、「原子力に反対する者がどんな目に遭うかわからせてやる」とばかりに反対派が静かにしていてもあえて挑発してくる傲慢さ。昔の悪しき体質の復活だ。
2015年、政府は復興資金の財源捻出と称して復興特別所得税を創設。全国民に対し2・1%もの増税を今も続ける。その増税の使い道がこれでは、公開即削除となるのも当然だろう。
3・11前まで「日本の原発からは毎日、放射性物質が漏れている」などと反対派が言おうものなら、直ちに推進派から嘘つき呼ばわりされた。今、推進派は「韓国の原発からもトリチウムは排出しているのだから処理水も流せ流せ」の大合唱だ。かつてと180度態度を変え、3・11前に否定していたことを白昼堂々と主張する。それも「隣の人は2回立ち小便をしているのだから自分も1回くらいしてもかまわないのだ」と臆面もなく主張する連中を同じ人間とすら思いたくない。
原子力自体の危険性やコストなどの問題はもちろん、「原子力に携わる人びとや組織を信用できるか」もこの10年で問われてきた。やはりこんな嘘つきに日本の運命は委ねられない。
◎今後に向けて
国の機関では、入札での応札者、随意契約での応募者が1者のみであった場合に事後検証が求められている。今後、類似の契約を行うこととなった場合に再び参加者が1者のみとなることがないよう、発注手法を改善させるためである。1者となった理由、より多くの業者が参加できるようにするための仕様書の改善などについて検証し、文書化することを義務づけている省庁もある。今回、この事後検証文書の開示も請求したところ、復興庁は当該文書を所持していない(不存在)と回答してきた。
この回答からは、2つの可能性が浮かび上がる。1つ目は復興庁が事後検証とその後の文書作成を義務づけていない可能性である。2つ目は多くの省庁と同様、復興庁でも契約応募者が1者のみとなった場合の事後検証を義務づけているが「その必要がない」。すなわち応募者が電通以外にいた可能性だ。後者の場合、電通以外からの企画提案書の開示を請求することで、新しい事実を明らかにすることができるかもしれないと考えている。今後も情報開示請求を続け、ジャーナリズムとして読者の知る権利に応えたい。
注)参院「資源エネルギーに関する調査委員会」会議録(2021年4月14日)。
ここで、「復興庁のホームページを見て驚きました。トリチウムがゆるキャラのように登場しております。これは親しみやすさのためだと、そういう担当者の発言も報道されておりました。しかし、事故原発から放出されるトリチウムは親しむべき存在ではありません。六ページを見ますと、世界でも流しているといって、ほかの原発の排水と同じであるかのように強調までしているんですね。復興庁に伺いますが、この広報、どこに幾らで発注したものですか。」との山添議員の質問に対し、角野統括官が「御質問いただきました点、当該事業全体額、すなわち事業者の契約金額は三億七百万円でございますが、お尋ねのありました動画及びチラシ作成に掛かった金額につきましては、不開示情報のため詳細な金額は申し上げられませんが、今申し上げた金額の内数として、大体数百万円程度でございます。これは電通でございます。」と答弁している。
(2021年9月25日 「地域と労働運動」第253号掲載)