農水省組織再編が映し出した日本の食卓の危機

 ●日本の「食卓」象徴する組織再編

 2021年7月1日、農林水産省で大きな組織再編が行われた。輸出・国際局新設や大臣官房に設置される環境バイオマス政策課の他、約20年ぶりに農産局、畜産局が復活することなどが大きな特徴だろう。これらはどのような意味を持つのだろうか。

 中央省庁の組織は、大きいほうから順に省-庁-官房・局-部-課・室-班-係であり、当然ながら大きな組織ほど予算も人員も大規模となる。筆者は農業・農政関係者としてこの30年近く業界の内外情勢を見つめてきたが、農水省の組織の変遷について語るとき、避けて通れないのは日本人の主食のはずだったコメの地位の著しい低下である。

 食糧管理法が廃止され「新食糧法」に移行する1995年まで、日本のコメは強い政府統制下にあった。食糧管理制度の実行部隊として食糧庁が置かれ、全国津々浦々に食糧事務所があった。1980年に廃止されるまで、都道府県食糧事務所の地方支所の管轄下に出張所があった。出張所を含めた食糧事務所の数は郵便局より多いといわれたほどだ。

 食管制度廃止と同時に食糧庁は食糧部となった。局を飛ばして庁から部へ、一気に「2階級降格」は中央省庁の組織としては戦後初といわれ、当時は農業界全体がひっくり返るほどの騒ぎとなった。それが今回の組織再編ではついに農産局穀物課となる。今後、農水省はコメ、麦、大豆などの「耕種作物」をまとめて穀物課で担当する。かつての庁から課へ「3階級降格」されたコメは、日本の主食としての面影すらない凋落ぶりだ。

 実際、最もコメ消費量の多かった戦前、日本の人口は8千万人で今の3分の2だったにもかかわらず、年に2000万トンものコメを食べていた。戦後は食の多様化、洋風化で日本人がコメを食べなくなったといわれるが、それでも1990年代初頭にはまだ1億2千万の人口で1000万トンの消費量を誇った。1993年、「100年に1度」「祖父母も経験したほどがないほどの大冷害」といわれた平成の大凶作が起こり、日本は200万トン近い外米の緊急輸入に追い込まれたが、この年ですらコメは800万トン近い生産量をあげていた。

 ところがここ数年来、日本のコメ生産量は毎年800万トン程度で推移している。驚くことに、平成の大凶作の頃と同程度の生産量しかあげられていないのである。それでも当時のような騒ぎにならないのは、この30年間で日本人のコメ離れがさらに進んだからだ。

 コメを食べなくなった日本人は今、何を食べているのか。それを解き明かす2つのデータがある。総務省「家計調査」によれば、1世帯あたり年間支出額は1985年にはコメ7万5302円に対し、パンは2万3499円で、3倍以上の差があった。それが2011年、コメ2万7777円、パン2万8371円とついに逆転する。2012~13年にはコメが一時的に上回ったが、2014年に再び逆転。以降ずっとパンがコメを上回っている。

 もっともこれは金額ベースの比較なので、最近の「高級食パン」ブームなども考えると、単純にパン消費量の拡大ではない可能性もある。だが若い世代ばかりではなく、GHQ(連合国軍総司令部)が敗戦直後に普及させたパン食中心の学校給食で育ってきた高齢世代にもパン派が多いとの指摘もある。パンと同様、右肩上がりで消費量が増えている品目としては、ラーメンやパスタなどの麺類がある。

 もうひとつのデータは農業生産額だ。9兆円あまりの日本の農業総生産額のうち、コメは1兆7千億円。食管制時代には米価審議会を通じて政府がコメ価格を統制してきたという事情はあるとしても、茶碗1杯のご飯がわずか数十円では農家は収入どころか作れば作るほど赤字になってしまう。

 これに対し、今、稼ぎ頭になっているのが畜産で、2018年のデータでは総生産額はなんと3兆2千億円に上る。コメのほぼ2倍であり、畜産だけで農業総生産額の3分の1を叩き出している。畜産が「局」になる一方、コメが麦や大豆とまとめて「課」扱いになった事情が理解できる。今や日本人の主食はコメではなくパン・麺・肉。マクドナルドのハンバーガーこそ日本の食卓の象徴なのだ。

 ●あるべき食卓の姿とは

 「そんな状況になっているとは知らなかった。でもウチはお金がなくて、牛肉なんて年に数回も食べられればいいほうなのに」と思っている読者がいるとしたら、おそらくその「肌感覚」は正しい。今、日本の畜産は極端な高級路線にシフトしているからだ。日本の牛肉は、おいしさなどの品質を基準にA1からA5まで5等級に区分されているが、農畜産業振興機構の調査によると、2018年にはついに最高級のA5区分が生産量全体の4割を占めるに至っている。こうした実態はメディアでも報道されず隠されてきたが、新型コロナ感染拡大という思わぬ事態でその一端が露呈した。多くの高級料亭が閉店や営業時間短縮要請の対象となり、売れ残った大量の高級牛肉がスーパーなどで安く買えるとして話題になったからである。日本の庶民には手が出ない高級肉ばかりが大量生産される歪な畜産業の構造が明るみに出たことは数少ないコロナの「功績」かもしれない。

 捌ききれないほどに大量生産されたA5等級の高級牛肉は、その大半が金に糸目を付けず「爆買い」を繰り返す外国人観光客の胃袋に入っていた。こうした外国人富裕層の需要に応えるため、国は食料輸出を基本方針に掲げるようになった。この役割を担うのが「輸出・国際局」なのだというのが、筆者の現在の見立てである。こうした農業・農政が日本の市民・労働者を幸せにする方向と正反対のものであることは改めて述べるまでもなかろう。この先、日本の農業・農政が向かう先を思うと、深い憂いを抱かざるを得ない。

 (2021年7月1日 大鹿の十年先を変える会会報「越路」掲載)

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