年明け早々、中国湖北省武漢市でひっそりと始まった新型コロナウィルス(COVID-19)の大流行は、文字通り一夜にして世界の光景を一変させてしまった。地球上のあらゆる目抜き通りからは人が消え、誰もが自宅に閉じこもり、息を潜めて状況の推移を見守っている。
世界史的に見ると、1720年代にはペストの大流行があった。1820年前後にはコレラが世界的猛威を振るった。1920年代には「スペイン風邪」が大流行。「職業としての政治」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」などの著作で知られるドイツの社会学者マックス・ウェーバーは同年、スペイン風邪で没している。そして今回のコロナウィルス大流行だ。未知の伝染病流行は、まるで計ったように正確に100年周期で起きている。
伝染病流行がなぜこのような周期性を持っているのかは判然としない。地球上で歴史を作る生物は人間だけだが、伝染病の流行はしばしば歴史を作らない他の動物による影響も受けるからだ。生物の進化や退化、生活環境の変化も加味しなければならず、伝染病の流行がなぜ周期性を持つのかの説明は難しいのが実態だ。
歴史的資料が少なすぎて検証が困難な1720年代の事情や、人間以外の動物の動向も無視して近代以降の人類史だけで見ると、1820年代のコレラ流行時はフランス革命とアメリカ独立から半世紀弱という時代だった。アメリカは次第に国際社会で力を付けつつあったが、1823年、モンロー大統領が自国第一主義を採り、国際社会には積極的に関わらない、とする有名な「モンロー主義」宣言をしている。また、1920年代のスペイン風邪流行当時は第1次大戦が終了した直後で世界は疲弊していた。アメリカは第1次大戦に最終段階になって参戦、ヨーロッパがみずから始めながら終了させられないでいた大戦に終止符を打ったことで国際的な威信を高めたが、100年続いたモンロー主義を転換して積極的に国際社会の秩序づくりに関わるには至っていなかった。そして、今回のコロナウィルス大流行も、EUから英国が離脱、トランプ政権が「自国ファースト」を唱え、国際社会との関わりを縮小させる方向性を強める中で起きている。
こうしてみると、世界的な伝染病の大流行は、内政、外交ともに国際協調よりも自国優先の内向きの政策を採り、国際社会でリーダーシップを取る意思のない国が大勢を占める時期に起きていることが見えてくる。伝染病の局地的な発生はいつの時代も地球のどこかで起きているが、感染拡大防止に向けた国際協調体制を世界が足並みを揃えて構築できないとき、それが拡散して惨事にまで至るのだと考えるべきだろう。またこれに付随して、国際社会の「覇者」が交代局面を迎えている時期に大流行が起きているという共通点も見逃せない(1820年代はアメリカの発展、1920年代はアメリカ「覇権」の確立、そして今回はアメリカから中国への覇権交代という世界史的事情が背景に見える)。疫病の大流行がしばしば世界史の転換点になったと主張する著作も過去、数多く出されているが、実際には疫病それ自体が歴史の転換点になったというよりも、歴史の転換点に起きた疫病の大流行が後世に生きる人々から見てその象徴として認識されたという側面が大きいように思われる。疫病の世界的大流行に周期性があることも、こうした世界史との関係の中で説明できるのではないだろうか。
●<国際社会>世界の覇権はアメリカから中国へ移る
ほぼ200年にわたって続いてきたアメリカの国際社会における覇権は、経済的にはともかく政治的にはこれで終わることになる。今回の新型コロナウィルスの発生源が中国だったにもかかわらず、中国は早期の「封じ込め演出」に成功し、国際社会での発言力を強める。
中国は「一人っ子政策」の弊害がこれから表面化し、日本を上回るハイペースで少子高齢化に見舞われる。人口が高齢化する国が発展を続けることはあり得ないので、中国は「一帯一路」構想を通じてEUのような「アジア連合」の結成をもくろみ、その中心をみずからが占めようとするだろう。人口構成の若い東南アジア、中央アジア諸国の取り込みに成功すれば、北京はEU本部のあるブリュッセルのようになる。
ブリュッセルに首都を置くベルギーも15歳未満の人口比率が世界194カ国中152位、逆に65歳以上の人口比率が23位という少子高齢化国家だが、単に政治的、社会的「司令塔」になるだけなら人口構成が若いこと、経済活動が活発であることは必要条件ではない。
●<国際経済>世界は緩やかに「大きな政府」へ向かう
第2次大戦後、局地的戦争はあったが、世界の何分の一かが巻き込まれるような大きな戦争がなかった。このような平時は行政需要が増大し、官僚機構が膨張する。日本でも世界でも膨張する官僚機構をどのように縮小するかが課題となった。この問題に最も効果的に応えるのが新自由主義の導入だった。行政改革が合い言葉となり、公共サービスはどんどん解体、民営化された。1980年代頃から拡大した新自由主義は、2000年代に入る頃から弱者切り捨て、格差拡大として問題視されるようになった。
国民皆保険制度を持たないアメリカで、新型コロナウィルスの拡大が止まらないことは、新自由主義の恐ろしさをまざまざと見せつけている。貧困層は検査通院すら困難なアメリカの事情を考えると、実際の感染者数は公式発表よりはるかに多いと見るべきだろう。
アメリカでは現在、大統領選挙に向け予備選が行われているが、とりわけ民主党の候補者選びにおいて最左派のバーニー・サンダース候補が唱える「国営の皆保険制度創設」に若者の強い支持が集まっている。サンダースが所属する民主党内の最左派グループ、DSA(アメリカ民主的社会主義者)はわずか数年でメンバーを大幅に増やしており、若者を中心とした戸別訪問で支持者と票を発掘し、勢力拡大につなげている。ソ連時代の硬直した官僚的社会主義体制を知らない若い世代によって、社会主義は負のイメージを刷新されつつある。新自由主義の怖さを目の当たりにした世界は、新型コロナウィルスの大流行を機会に、一気に社会主義への移行は無理としても、大きな政府を求める人々の声を背景に、再びその方向に舵を切り始めると予測する。
●<日本社会>東京五輪が開催できず韓国、台湾との差が決定的になる
今年7月に迫った東京五輪までに事態が収束する可能性はほぼゼロに近い。少なくとも東京五輪の予定通りの完全開催の目は消えたと言ってよく、本誌が読者のお手元に届く頃には何らかの重大決定(中止または大幅延期)が行われている可能性もある。仮に中止決定なら、日中戦争拡大により自主返上させられた1940年大会に続き、「開催決定後二度も大会中止に追い込まれた世界唯一の都市」という記録が打ち立てられる。大会招致関係者には耐えがたいかもしれないが、それはそれで意義あることだと本稿筆者は考える。
2020年夏の五輪招致に当たって、IOC(国際五輪委員会)が2012年5月に実施した世論調査では、候補地となっていたマドリード(スペイン)、イスタンブール(トルコ)、東京の3都市のうち、住民の招致「賛成」はマドリード78%、イスタンブール73%に対し東京は47%。逆に「反対」はマドリード16%、イスタンブール3%に対し東京は23%だった。東京は賛成が圧倒的に少なく、逆に反対は3都市の中で最多であったことを改めて指摘しておきたい。
この世論調査を受け、IOCは、東京が開催地となった場合に懸念すべき点として、夏の電力不足のほか日本国内の「熱気不足」を指摘している。初めから都民の半分も支持していなかった五輪、福島第1原発からの汚染水流出が止まってもいないのに「アンダーコントロール」とウソまでついて招致した五輪はやはり招致自体が間違っていたのである。
開催決定後も、エンブレム選定をめぐるゴタゴタや旧国立競技場解体後に浮上した新国立競技場の工法変更などトラブルが続いた。3月20日の聖火到着式では聖火リレー用の聖火がなかなか点火しないばかりか、航空自衛隊「ブルーインパルス」による空への五輪マーク描画も5色の煙があっという間に強風で流され失敗に終わった。東日本大震災被災者を置き去りして「復興五輪」のかけ声だけを空しく響かせてきた東京五輪の前途を暗示するようだ。予定通りの開催が不可能となった今、東京五輪は延期ではなく中止しなければならない。
新型コロナウィルス対応をめぐって、東アジアの中では日本と韓国・台湾との間に潜在的に存在していた政治的・社会的レベルの差が表面化してきた。医療崩壊を言い訳に、重症患者に対する検査さえ満足に行おうとしない日本政府への不信、批判が拡大しつつある。専門家の間で意見が分裂し、不毛な批判、罵倒合戦が繰り広げられている日本の状況は、福島第1原発事故の頃とそっくりだ。
韓国ではドライブスルー方式により、自家用車に乗ったまま病院の建物内に入らず新型コロナウィルスのPCR検査が受けられるようになり、感染者の確定を容易にしている。軽症者も含め、感染の全体像を明らかにできれば、致死率が高くないことが科学的に証明され、国民に安心感がもたらされる。
台湾では国民健康保険証のICチップに入力された個人データを基に、1人当たりマスク購入枚数に上限を設け、健康保険証と引き替えにマスクが確実に購入できるシステムが短時間で構築された。不足するマスク増産のため、受刑者による刑務作業がマスク製造に切り替えられ、効果を上げている。台湾政府がこのような実効性のある政策を次々に打ち出しているのに、日本ではマスクの品不足とネット転売屋とのいたちごっこが繰り返され、トイレットペーパーを買えない市民は政府ではなくドラッグストア店員に無秩序に怒りをぶつけ混乱を拡大させている。
1955年の保守合同によって自民党が結党して以降、日本ではこれまで65年間で4回しか政権交代をしていないが、韓国では1987年の民主化以降の33年間で3回、台湾でも1996年の民主化以降24年間で3回の政権交代が実現している(韓国は政党が頻繁に変わっているので、ここでは右派・左派間の政権移動を政権交代と定義している)。大統領制の韓国・台湾と議院内閣制の日本を一律に論じられないとしても、日本の政権交代の少なさ、改革への「拒絶反応」の強さは異常だ。政治の「民主化度数」で日本はすでに両国に大きく水をあけられ、今、その背中も見えなくなりつつある。
そこに追い打ちをかけるように新型コロナウィルス対応の「差」が表面化した。筆者は、東アジアで韓国・台湾が先進国、日本は「衰退途上国」との評価が確定する時期を2020年代末期と予測していたが、日本のこの体たらくを見ていると、その時期は大幅に早まることになろう。
●<日本経済>構造転換に失敗した日本経済はますます観光依存を強める
新型コロナウィルスの影響で、ここ数年、日本経済を支えてきた外国人観光客の客足はぱたりと途絶えた。2012年まで、年間600~800万人台で安定的に推移していた外国人観光客数は、2011年の福島第1原発事故という大きなマイナス要因があったにもかかわらず2013年から爆発的に増え始め、2018年には3000万人を超えた。5年で5倍はあまりに急激であり、当然ながら弊害も出る。最大の観光地の京都では路線バスが外国人観光客に占拠されて市民が乗れないなどの苦情が出始め、ついには「観光公害」という新語さえ登場。市長選では全候補が「観光客の抑制」を公約に掲げざるを得ないほどの異常事態となった。新型コロナウィルス大流行はそんな矢先の出来事だった。
今、閑古鳥の鳴く観光地では多くの観光施設が経営破たんの危機にあり、早くも収束後を見越した外国人観光客待望論が出始めている。これに対し「中国一辺倒の観光政策」の見直しを求める声も上がる。日本の観光政策は、収束後どちらに向かうだろうか。
筆者は「結局、外国人観光客は日本に戻る」と予測する。福島第1原発事故という負のイメージにもかかわらず、外国人が日本に押し寄せていたのは、バブル崩壊後「失われた20年」の中でまったく経済成長しなかった結果、日本がアジアでも有数の「安い国」になったことと大きく関係している。外国人観光客にアポなしで「突撃」して密着取材する民放テレビのバラエティ番組が人気を集めているが、先日、筆者が何気なくそれを見ていて率直に驚いたのは、フィリピン人とタイ人の観光客が、日本の100円ショップで「日本は物価が安い。このショップで売られているものの大半は私たちの国では190円くらいする」と述べていたことだ。かつて中国製やマレーシア製なんて「安かろう悪かろう」の代名詞だと多くの日本人は思っていたが、今や事態はすっかり逆転していたのである。
日本が安い国になったことは、相対的に外国人観光客の経済力が強まったことを意味する。加えて、衰退する製造業に代わってアメリカのGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のような知的産業中心への産業構造転換にも失敗した結果、日本は観光で稼ぐくらいしか生きる道がなくなりつつある。中国人観光客に批判的な人たちは、観光業が日本のGDP(国内総生産)比5%であることを根拠として「観光客くらい来なくても大した影響はない」とうそぶいているが、パチンコ・パチスロ産業のGDP比が4%、農業に至ってはわずか1%であることを考えるなら、その影響を軽視できないことは明らかだ。今や観光は、農業の5倍、パチンコ・パチスロ産業に匹敵する経済規模となっている。これを失って日本経済が立ち行かないことは明らかであり、日本はギリシャ、イタリア、スペインのような「産業構造転換に失敗後、観光国家転身に成功した国」を今後のモデルとせざるを得ないのではないだろうか。
以上、新型コロナウィルス大流行の収束後に予想される政治、経済、社会の変化を世界、日本のそれぞれ別に予測してみた。筆者はこの予測にある程度自信を持っており、大きく逸脱することはないと思っている。
(2020年3月25日 「地域と労働運動」第235号掲載)