原発事故から10年目の福島 誰のための「復興」なのか?

 私は復興という言葉が嫌いである。風評という言葉と並び、時の支配者たちに都合よく使われてきた歴史があるからだ。イラク戦争後、サマワに自衛隊を派兵するときも「イラク復興支援」と呼ばれた。小泉純一郎首相(当時)は、今でこそ脱原発も主張しているが、「自衛隊の行くところが非戦闘地域」と国会で強弁した挙げ句、現地での殺人につながりかねない派兵さえ復興という「包装紙」にくるんで強行した。戦争や災害などの混乱に乗じて大企業をぼろ儲けさせるショック・ドクトリン。復興はそれを押し通すためのマジックワードなのだと覚えておいて損はない。

 福島に関してもまったく同じである。2019年12月4日、福島復興再生特別措置法に基づく事業やそこでの予算の使われ方について会計検査院が公表した報告「福島再生加速化交付金事業等の実施状況について」からは福島の「人間なき、ハコモノだけ復興」の実態が見える。

 報告書を見ると、災害公営住宅整備事業、交通安全施設等整備事業、公立学校施設整備費国庫負担事業、認定こども園整備事業、廃棄物処理施設改良・改修事業、原子力災害被災地域産業団地等整備等支援事業……と、よくもこれだけ揃いも揃えたりというほどハコモノ建設が並ぶ。このうち災害公営住宅整備事業には、2017年度末時点で1872億円(うち復興公営住宅に1529億円)もの巨費が投じられている一方、モニタリングポスト(空間線量測定装置)設置用の予算「放射線測定装置・機器等整備支援事業」には4億3千万円しか配分されていない。しかもこれは2017年度までに交付された累計予算額だ。「復興」が始まった2012年度から6年間でこの額だから、単年度で見るとたったの7200万円。いかに日本政府が「人間」を軽視しているかがわかる。これでは棄民政策といわれて当然だ。日本政府はハコモノを建てれば放射能が消えるとでも思っているのか。

 今、放射能による健康被害を恐れて「自主的」に避難し国家公務員住宅に住む人たちが、毎月執拗に送り続けられる「家賃2倍請求書」を前に途方に暮れている。報告書を見ると「東日本大震災特別家賃低減事業」なる項目があり、予算交付ができる仕組みになっている。それなら使えばいいと素人は思ってしまうが、この制度は福島復興再生特別措置法に基づく「帰還環境整備」事業の一環として創設されたものだから、福島に戻る人や県内避難者にしか適用できないのだ。それを象徴するように、報告書ではこの事業の予算交付額が空欄のままになっている。「県からの要望がなかったため予算を交付しなかった」と会計検査院は報告している。帰還者はそもそも少ない上に、もともと自宅を持ち、しかも被災規模の小さかった人が多いため、手を挙げる人がいないのである。家賃補助を切実に願う県外避難者は政策的、意図的に無視し、政府が県外避難者を帰還させるために創設した家賃補助制度はまったく利用者がいない。報告書からはそんな実態も浮かび上がった。

 復興公営住宅についても、報告書は空室率が13%とほぼ6分の1弱に上り、「入居者の転居等に伴い定期的に入居者を募集しても空室が解消されない状況にある」と指摘する。一事が万事「ニーズあるところに政策なく、政策あるところにニーズなし」では何のための事業なのか。

 2019年春、モニタリングポスト撤去の動きが表面化した。反対する福島住民によって「モニタリングポストの継続設置を求める市民の会」が結成された。撤去反対の動機は「自分の目で数字を見て安心したい」「廃炉作業終了まで設置を継続してほしい」。福島で暮らす以上どれも当たり前すぎる要求だ。「市民の会」が呼びかけた撤去反対の署名は県内外から3万5千筆が集まり、原子力規制委員会はいったん決めた2020年度末での撤去を撤回した。

 規制委は、モニタリングポスト撤去の提案理由として「予算確保が難しい」を挙げていたが、報告書はここでも衝撃的事実を明らかにしている。規制委に802億円もの予算が交付され、しかもその執行率はわずか49.2%。なんと半分以上を使い残している。使い残しに相当する「不用額」は482億円もある(報告書はこれが「放射線測定装置・機器等整備支援事業」の予算だとは明示していないが、福島復興再生特別措置法に基づいて規制委が管轄する予算は事実上これしかない)。モニタリングポストを670年間も設置し続けられるほどの巨費が使われないまま眠っていたのだ。もう二度と「予算がない」などと言わせてなるものか!

 ゼネコンが儲かるハコモノ建設には使い切れないほどの巨費を投じる。家賃補助制度に至っては使いたい人は使えない一方、国が使ってほしいと思っている人からは相手にされず予算が宙に浮いたまま。モニタリングポスト設置の金がないと言いながら、一方でこんな巨額の金を使い残している規制委――。会計検査院の報告書から見えてきたのはこんな驚くべき実態だ。

 「コンクリートから人へ」というスローガンを掲げて政権交代を実現した政党がかつてあった。私はそのスローガン自体が間違っているとは思わない。コンクリートがすべて悪とまでは言わないものの、ここまでコンクリートに偏重した「復興」のあり方は明らかにおかしい。人間不在の「ハコモノだけ復興」から人間中心の真の復興に、今すぐ転換しなければならない。

(2020年2月15日 原発井戸端会議・神奈川ネットワーキングニュースNo.383に掲載)

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