裏金還流に環境問題 原子力ムラとの「決戦の秋」が来た!
 差別を燃料として暴れる原発に今こそとどめを刺せ!

 ●「もう原子力は終わり」

 「もう原子力は終わりでしょうね」

 ある大手電力会社の幹部はそう言って肩を落としたという。高浜原発の地元・高浜町から関西電力に対し、巨額の原発マネーが渡っていた事件だ。森山栄治・元高浜町助役(今年3月に90歳で死去)によって、2011年からの7年間で関電側が受け取った金は3億2千万円、受け取った役員は20人に上る。金品の一部は小判で提供されるなど、さながら時代劇に登場する悪代官と悪徳商人の関係を思わせる。森山氏に金品を提供していた企業「吉田開発」が、2013年8月期から5年間に売上を少なくとも6倍伸ばしたことも明らかになった。

 これだけ見え透いた癒着にも関わらず、岩根茂樹関電社長を初めとする経営陣は辞任せずに乗り切る構えだった。岩根社長自身がテレビ大阪の非常勤取締役を務めており(10月7日辞任)、メディアからの批判も抑え込めると踏んでいたのだろう。

 だが市民からの批判は予想を超えて広がった。福島第1原発事故を受け、兵庫県に避難している50代女性は、八木誠会長らが当初、続投意向だった点に触れ「原子力ムラの常識は一般社会と乖離している。原発再稼働は一部の利権者のため、お金のためだとよく分かった」と容赦のない批判を加えた上で「原子力発電のコストの高さと問題点を広く知ってほしい」と訴えた。「賄賂と受け取られても仕方ない。元は住民が払う電気代の可能性もあり、許せない」と憤るのは、大阪市在住の個人株主の女性だ。関電の記者会見も「説明責任を果たさず、傲慢で不遜な関電の体質が色濃く出ている」と述べた。京都市の環境保護団体「グリーン・アクション」代表で、関電の個人株主でもあるアイリーン・美緒子・スミスさんは「関電と原発推進派の癒着を示している。全国の株主と連携して関電側に説明を求め、経営陣の責任を追及したい」と話した。

 地元の福井県では9月27日午後6時すぎ、原発再稼働反対デモが福井市の県庁前をスタート。「関電は裏金の真実を明らかにせよ」「関電は裏金を取って原発を動かすな」などと声を上げながら県庁の周囲を行進した。福島原発事故を受けて、7年前のデモスタート時から参加する福井県坂井市の男性は「利権構造で成り立っている原発は一刻も早く止めて廃炉にすべきだ」と述べた。

 市民からだけではなく、メディア、政府にまでけじめを求められた関電は、八木会長、森中郁雄副社長ら幹部4人の退任を発表。岩根社長も、社内に設けられた金品受領に関する第三者委員会の報告終了後に退任する意向を示したほか、電気事業連合会会長も辞任する意向だ。八木会長は、兼務していた関西経済連合会(関経連)副会長職も辞任することになった。

 2012年5月、泊原発(北海道)の定期検査入りによって続いてきた「国内稼働原発ゼロ」に終止符を打つ野田政権の大飯原発再稼働方針に抗議して、首相官邸前に20万人が集まったデモを最後に、国内ではテルミドール(政治的激変後の反動)となり、国内で9基が再稼働させられてきた。これほどまでに明白な安全対策上の不作為があったにもかかわらず、今年9月19日の東電刑事訴訟では無罪判決によって白昼公然と東電幹部が免罪された。

 だが、ここに来て再び潮目が変わりつつあることは、冒頭で紹介した電力会社幹部のひとことからも明らかだ。今回の裏金還流問題は、福島原発事故に匹敵する回復不能な打撃を電力業界に与えつつある。「いま思えば、日本の原子力の終わりを決定づけた秋だった」――後の時代に振り返ったとき、2019年秋はそのように振り返られることになるかもしれない。原子力ムラとの決戦の秋がやってきたのだ。

 今回は、関電のマネー問題を機に、原子力を推進する勢力やそれに群がってきた人々がどれだけ野蛮で、醜悪で、目的のためには手段を選ばない卑劣な連中かを徹底して明らかにする。おそらく本稿を読んだすべての読者が「こんな連中の推進する原子力は、いかなる理由があろうとも今すぐ葬り去られるべきだ」と確信するに違いない。

 ●「差別」を燃料にして動く原発

 今回、明らかとなった原発立地自治体から関電への裏金還流問題をめぐって、見過ごすことのできない動きがある。森山氏に部落解放同盟(以下「解放同盟」と略)福井県連合会書記長の経歴があることを根拠として、今回の事件を「同和利権」「森山氏は同和のドン」などと誹謗中傷する動きが、ネットを中心に強まっていることだ。

 解放同盟中央本部が発表したコメント(注)によると、森山氏には確かにそのような経歴がある。しかし、森山氏の福井県連書記長在任期間は1970年から2年間に過ぎず、その後解放同盟を離れている。1969年に京都府綾部市職員から高浜町職員に転じた森山氏が同町助役に就任するのは1977年。49歳の時であり、本格的に関電との間で影響力を行使し始めたのもその後ということになる。解放同盟関係者としての介入や不当な要求など一切行われていないし、その時期も一致していない。事実に基づかないまま、このような一方的なレッテル貼りが多数者から少数者に対して行われる。これこそ差別でなくて何であろうか。

 「お前の家にダンプを突っ込ませる」「いつでも飛ばせる」などと恫喝する森山氏への恐怖から受領した金品を返却できなかったと無責任な言い訳に終始した関電。社内に設置された調査委員会の報告書にも以下のように記載されている。「本件は、要するに、当社役員・社員や地元関係者に対し、大きな発言力と影響力を持っていると、対応者において認識していた森山氏が、その立場や当社との関係維持に固執し、あるいは自己の存在感を誇示するために、対応者に対し多額の金品を渡し、対応者がこれを返却しようとすると恫喝などの異常というべき言動でこれを拒絶したため、対応者が返却できなかった金品を保管し続けて返却の機会を窺う等、腐心していたという案件である」。当事者であるはずの関電が被害者面をし、森山氏個人の異常な人格に全責任を押しつけ責任回避をはかる見苦しく、かつ許しがたいものだ。

 本人が激高するから受領した金品をその場で直接返却できないというなら返送すればよいだけのことだ。なぜそれができないのか。「地元の有力者だった。原子力事業を担当していた時に知り合い、原子力に理解のある方だった。地域の共生でお世話になった」という八木会長の言葉の中にその答えがある。原発を誘致したい電力会社にとって反対派の説得、切り崩しは最もやっかいな「汚れ仕事」だ。その仕事を森山氏に請け負ってもらっていたことが、八木会長の言葉の中ににじみ出ている。みずからは手を汚さず原発を推進したい関電と、自分の影響力を最大限に誇示したい森山氏は共存共栄、互いに利用し合う関係にあった。「汚れ仕事」を肩代わりさせているという弱みがあるからこそ関電は受け取った金品を返却できなかったのである。

 電力会社と地元の「有力者」が互いに利用し合い、もたれ合う。こうした構図は程度の差はあれ他の原発立地自治体のどこにでも転がっている。関電にとっては「有力者」の解放同盟役員の経歴は過去のものであり、解放同盟役員に恫喝されていたわけではないとの認識だろう。だが仮にそうであったとしても、森山氏に全責任を押しつける内容の報告書を公表すれば、こうした事態に至ることは容易に想像できたはずだ。にもかかわらず、当事者である関電が「死人に口なし」とばかりに解放同盟役員の経歴を持つ森山氏に全責任を押しつける。いわれなき差別に長年苦しんできた被差別部落の人々がどれだけ苦しもうとも、自分たちだけ助かればそれでいいと考えるような連中が今なお原子力を推進しているという事実を、筆者はここで明らかにしておきたい。

 ●原発批判する者にも張られる「差別」のレッテル

 福島原発事故が起きた直後の2011年夏。福島県郡山市で開かれた反原発講演会でこんな出来事があった。「原発は何を原料にして動くか」との講師の質問に対し、まじめな参加者が「核燃料」などと答える中で、「原発の燃料は差別と貧困」だと答える参加者がいて、講師はそれを正解としていた。私が講師でも同じように正解にする。原発事故を経験した福島で、推進側による差別は弱まるどころかますます強まっていると感じるからだ。

 事故直後は反原発デモや集会に対し「福島を差別するな」と右翼の街宣車ががなり立てながら走ることが多かった。ここ数年は放射能による健康被害の心配を口にする者に対し「福島差別を助長」するものだという攻撃が途切れることなく浴びせられ続けている。

 こうした勢力の先頭に立っているのが自称「社会学者」の開沼博や、自称「ジャーナリスト」林智裕らの一派だ。彼らが一時期、拠点としていたインターネットのサイトの名称(福島Fact Check)から、彼らを便宜上「ファクトチェック派」と呼ぶことにする。彼らは「福島に関する誤ったデマを検証する」と称し、反原発派の言説に難癖をつけ始めた。「福島で放射能が原因で鼻血を出した者などいない」などがその典型だが、原発事故直後、空気から金属臭を感じる人や、さらさらとした水のような鼻血を大量に出す人は実際に存在した。事故初期に福島から自主的に避難した人は、実際そうした体験をしている人が多く、本稿筆者も何名か知っている。ファクトチェック派はこうした事実を一切考慮せず、福島に残った人たちの声だけを根拠に「鼻血はウソ」と決めつけるのだ。他人に嘘つきのレッテルを貼る人間こそ真の嘘つきであった例は古今東西の歴史のあらゆるところに転がっており、珍しいものではない。

 ファクトチェック派の「切り込み隊長」気取りで、現在、原発批判者を攻撃する先頭に立っているのは林だ。昨年夏には、芸術家・ヤノベケンジ氏が制作した子どもの像「サン・チャイルド」について、胸に取り付けられた線量計の数値がゼロであることに難癖をつけ「放射線は自然界にもあるのだからゼロはあり得ない」などと攻撃。サン・チャイルドは撤去に追い込まれた。芸術作品に求められるのは自由でユニークな発想であり科学的正確性ではない。ムンクの「叫び」には顔がなく科学的正確性に欠ける、などと批判していたらどんな芸術も育たない。「放射能の心配のない福島になってほしい」との思いをこの作品に込めたヤノベ氏の発想は理解できる。林は「福島は事故以来、デマと誤解にさらされ続けた」として、サン・チャイルドがそうしたデマを生み出す元凶のひとつだと激しく攻撃している。だが事故の結果、福島で他地域より放射線量が高くなっていること自体は、安全かどうかの議論とは別として事実だ。ファクトチェックを自称するなら、林はまずその事実くらい素直に認めるべきだろう。自分にとって都合の悪い事実は頑として認めず、「福島県民として傷つけられた」という自身の感情だけを根拠に考えの異なる勢力を批判するなら、それはネット右翼と同レベルの感情的攻撃に過ぎない。このレベルで「ファクトチェック」を自称するなど勘違いも甚だしく、噴飯物だ。

 執拗に原発再稼働を求め続けている自称「電力ジャーナリスト」石井孝明も許しがたい差別主義者だ。福島での鼻血問題を取り上げたグルメ漫画「美味しんぼ」作者の雁屋哲氏に対し、自身のツイッターでリンチを呼びかけ、後に撤回に追い込まれた人物だが、雁屋氏に対しては謝罪もしないままだ。

 石井が「美味しんぼ事件」に全く反省していないことはすぐに明らかとなった。反差別団体「のりこえねっと」共同代表の辛淑玉さんに対し、「スリーパーセル(潜伏工作員)」などと根拠のない誹謗中傷を行ったのだ。辛さんは石井を名誉毀損で提訴し勝訴。原発再稼働を主張する「識者」などしょせんこのレベルの水準に過ぎない。

 辛さんに対しては、林もまた執拗な攻撃を加えたひとりだ。辛さんがドイツで行った原発問題をめぐる講演で「福島に人は住めない」などと発言したことに対し、デマだと決めつけるだけでなく、辛さんを擁護したジャーナリスト津田大介氏に対しても「デマだと認めろ」と執拗に絡み続けたのだ。

 確かに、辛さんの講演内容が事実であれば穏当とはいえない表現を含んでいる。今も福島に残っている人々への新たな加害につながる恐れも否定はできないだろう。しかし実際、「福島にはこれ以上住めない」と判断して多くの人が自主的な避難の道を選んだことも事実なのだ。自身や子どもが鼻血を出すのを見て、健康な場所で平和に生活したいと望むことは当然の要求だし、それを表明した人に対しデマだと決めつけることは暴力と言っていい。ところが林は、少ないとはいえ事実を含んでいる辛さんの発言を執拗にデマと攻撃しながら、石井の辛さんに対する「工作員」発言は完全なデマであるにもかかわらず沈黙を決め込んでいる。ファクトチェックというなら、まず石井によるデマこそ糺すべきではないのか。

 石井や林、そして背後でそれを黙認する「福島Fact Check」の開沼らの言動をこのまま放置した場合、誰が笑い、誰が泣くことになるのか。言うまでもなく笑うのは原発による健康被害を否定したい国や推進派、そして賠償を切り縮めたい原子力ムラだ。泣くことになるのは満足な賠償が受けられない福島県民ということになる。彼らの行為はその意味で原子力ムラを利するとともに、福島県民に対する明確な敵対、裏切り行為なのだ。

 取るに足らない違いをことさら強調し「あいつらと俺たちは違う」と差別、憎悪をあおる――原発推進派が市民を分断するための常套手段だ。私たちは闘う相手を見失ってはならない。石井、林、開沼ら「敵の手に落ちた差別主義者」には容赦ない批判を加えるべきだが、自主的避難を選んだ人を敵と見誤ってはならない。森山氏による恫喝もそれ自体は許されない行為だが、氏をさんざん利用し、みずからは手を汚すことなく原発立地に成功、そこから莫大な利益を上げてきた関電に全責任を押しつけられるいわれはなかろう。

 そもそも、戦前から開戦に至る暗い時代、吹き荒れる軍国主義の嵐のなかで、多くの組織が大政翼賛会に合流していった。だが被差別部落の解放を訴えた全国水平社は合流を潔しとせず、言論弾圧立法だった「言論、出版、集会、結社等臨時取締法」にも従わず自然消滅の道を選んだ。軍国主義に最後まで抵抗を続けた部落解放運動に対し、本稿筆者は大いに敬意を抱いている。そのような輝かしい歴史を持つ被差別部落の人々に、巨大権力の尻馬に乗るだけで闘う気概も覚悟もない連中が誹謗中傷を浴びせること自体、彼らへの冒涜そのものだ。

 原発が差別を燃料として動いていることを示す証拠は他にいくらでもある。筆者が今年3月、国際女性デーに合わせて作成した別図もそのひとつだ。女性の政治参画マップ(内閣府男女共同参画室作成)2018年版を使って、原発立地道県に原子力マークをプロットしただけの簡単なものだが、女性の政治参加率が最も低い区分である「5%以上10%未満」の地域に原発が集中的に立地していることが一目瞭然になった。原発は女性差別をも燃料にして動いているといえよう。

女性の政治参画度の低い県に原発が集中している(画像をクリックで拡大)


 ●吉野彰さんの受賞はノーベル財団からのメッセージだ

 すでに紙幅も尽きつつあるが、原子力の終わりを象徴するもうひとつのニュースが最近、列島を流れた。そのことについて触れることで本稿を締めくくりたい。

 2019年度のノーベル化学賞を、旭化成名誉フェローの吉野彰さんが受賞したことは明るいニュースだ。単なる日本人のノーベル賞受賞というだけにとどまらない。吉野さんが貢献してきたリチウムイオン電池開発に対する評価が、再生可能エネルギーへの追い風になることは間違いないからだ。

 太陽光や風力といった自然エネルギーに対しては、原発や石炭火力を推進する勢力から「不安定であり、原発や火力を代替する主要エネルギーにはならない」という攻撃が繰り返されてきた。だがIEA(国際エネルギー機関)は先日、2024年までの向こう5年間で再生エネルギーの発電量は5割増加するとの見通しを公表している。太陽光発電が主力を占める見込みだ。海外でできることが日本でだけなぜ無理だと断言できるのか。

 季節や天候、時間帯によって発電量が大きく変動する再生エネルギーは、蓄電技術と組み合わせることで実用化に大きく近づく。その蓄電技術の開発に貢献した旭化成と吉野さんに賞が贈られたことは、いつまでも原発や石炭火力にしがみつき、再生エネルギーへの転換を拒み続ける日本に対するノーベル財団からの政治的メッセージだとの解釈もできるだろう。「いつまでそんなものにしがみついているのか。原発事故を経験した日本こそ再生エネルギーによる転換を決断すべきだ」とのメッセージである。リチウム電池にはなお克服すべき課題が残されているものの、それは福島が抱えている課題ほど困難ではない。ウソと隠蔽、汚れた裏金と差別によってしか推進できない原発など維持する価値もない。全市民の英知を結集して今こそ原子力ムラに引導を渡すときだ。

注)福井県高浜町元助役から関西電力幹部への金品受領問題に関する部落解放同盟中央本部のコメント

(2019年10月25日 「地域と労働運動」第230号掲載)

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