最近、日本が開発途上国のように見えませんか?

 昨年1年間だけで1千万人を超える外国人観光客が訪日し、インバウンドというカタカナ用語が説明もなしに通用するようになるなど、すっかり観光立国の名をほしいままにしている日本。だが、そんな観光地の隆盛とは裏腹に、外国人観光客から「日本って先進国ですか?」と尋ねられても「はい」と答える自信が最近、次第になくなってきた。安倍政権成立後5年を経過した日本社会が、先進国としてのあるべき姿からあまりにかけ離れていると感じることが多くなってきたからだ。

 「経済一流、生活二流、三四がなくて政治五流」――そんなふうに言われていたのは1970〜80年代だったと記憶する。エコノミック・アニマルと評せられ、経済だけは一流だった日本も、GDP(国内総生産)ではすでに中国の後塵を拝し、日本の「新階級社会」化を指摘する本まで出版されるほど貧富の差は拡大した。

 しかし、なんといってもこの間、最も劣化が進んだのは、ただでさえ五流といわれていた政治だろう。国民を「ダチ」と「敵」に峻別し、「ダチ」には徹底的な政治的分配で報いる一方、「敵」は体育館の裏に呼びつけて「ヤキ」を入れる安倍首相の手法は、70〜80年代によく見られた田舎の不良中学生のようで、もはや政治の名に値しない。国家行政に日常的に介入する安倍首相の一部の「お友達」や取り巻き、インフォーマルで不透明な権力の行使を日常的に続ける首相夫人らの姿にしても、20〜30年も前に打倒されてとっくに歴史の彼方に消えたフィリピンのマルコス政権や、インドネシアのスハルト政権の末期のようだ。

 ●いまや金正恩体制以下の日本

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の政治体制について、日本のメディアは「金日成主席、金正日総書記から金正恩委員長へと継承された3代世襲、朝鮮労働党一党独裁」と報道しており、日本人の多くもそう思っている。もちろんその評価は間違っていない。だが、安倍首相だって岸信介元首相、安倍晋太郎元自民党幹事長に次ぐ世襲の3代目。自民党一党独裁なのもお互い様だ。

 こんなことを言うと「ちょっと待て。日本では一応、民主主義的な“自由”選挙が行われている。朝鮮なんかと一緒にするな」という声が聞こえてくる。だが、朝鮮の名誉のために書いておくと、朝鮮でも立候補の自由は認められている(ことになっている)し、旧ソ連などの共産圏諸国でも立候補の自由は(形式的には)認められていた。

 ただ、その自由を実際に行使しようとするとどのようなことが起こるかについては、80年代に毎日新聞社モスクワ特派員の手によって執筆、刊行された「モスクワの市民生活」という本に紹介されている。同書によると、お上の選んだ候補者が気に入らないため、共産党推薦候補に対抗して立候補を届け出ようとモスクワ市選挙管理委員会に出向いた男性は、選管職員から「お前、気は確かか。寝ぼけているなら顔を洗ってこい」と言われ、立候補届が受理されなかったという。

 こうして、選挙は官選候補に対する信任投票となるが、信任票が限りなく100%に近くなるよう選挙制度にも「工夫」が凝らされている。投票用紙に何も書かずに投票箱に入れた場合、官選候補への「信任」として扱われるのである。お上が選んだ候補が気に入らないへそ曲がりの有権者だけが記入所に入り、わざわざ×をつけるわけだが、こうしたへそ曲がりの有権者は、投票所の出口で選管職員に呼び止められ、精神科への入院を勧められるのが常だった。

 しかし、こうした旧ソ連の選挙制度でさえ、官選候補「個人」に対して意思表示ができるだけまだいいほうで、最も極端だった旧ドイツ民主共和国(東ドイツ)に至っては、官選候補とそれ以外の候補への議席の割当内容が記載されたリストに対し、承認か不承認かの意思を表示できるに過ぎなかった。候補者の当落が、官選候補となれるかどうかによって投票前に事実上決まってしまう――旧共産圏の一党独裁体制における選挙制度とはこのようなものだった。

 日本の選挙制度を、こうした旧共産圏の選挙制度と同一視すれば、日本が民主主義国家だと信じている純粋な読者諸氏からはお叱りを受けるかもしれない。だが日本でも、自民党公認となれるかどうかによって、候補者の当落が投票日を待たずに事実上決まってしまうという旧共産圏のような現実がある。ウソだと思う方は、昨年起きた出来事を思い出してみるといい。秘書を大声で「このハゲー!」と罵る議員、沖縄選出でありながら「基地のことはこれから勉強します」と発言して周囲を慌てさせた挙げ句、その後も基地問題の勉強より不倫に忙しい元アイドルグループ出身議員、「イクメン」を演出しながら身重の妻を置き去りにして不倫にいそしんでいた議員――議員以前に人間として失格と言わざるを得ない人物でも自民党公認の看板が付くだけで続々と当選してきた。当選後も所属議員の関心は政策ではなく、政府を通じた利益分配と政権維持にのみ向けられている。このような事実を列挙すれば、旧共産圏の一党独裁政党も自民党も似たようなものだという筆者の見解に大半の読者諸氏から同意していただけるだろう(もっとも日本では自民党以外の候補に投票しても、選管職員に入院を勧められることはないが)。

 権力行使のあり方に目を向けると、日本の病状はさらに深刻といえる。森友学園問題では、安倍昭恵首相夫人が法令を無視した国有地の払い下げを官僚に事実上強行させた。あらゆる行政機関や公的機関が、昭恵夫人の動向に注意を払い、それに沿うように活動している。先日の国会では、一私人に過ぎない昭恵夫人の名前が国有地払い下げを決める改ざん前の公文書になぜ記載されていたのかと問う野党議員の質問に対し、財務省理財局長が「首相夫人だからです」と率直に答弁して日本中を驚かせた。

 身内を重用しているという点では米トランプ政権も金正恩政権も同じではないかという反論もあるかもしれない。だが、トランプ大統領は娘のイヴァンカ氏を正式に補佐官に登用している。金正恩委員長ですら、平昌五輪に派遣した妹の金与正氏を対外宣伝担当の朝鮮労働党第一副部長の役職に就けることによって身内の権力行使を正当化できる態勢を整えている。これに対し、昭恵夫人だけがいかなる公職にも党の役職にも就かず、インフォーマルかつ恣意的で不透明な権力行使を日常的かつ無自覚に続けている。この点に限れば、安倍政権の無法ぶりはもはや金正恩政権すら超えているというべきだろう。

 ●トップは自分のためにルールを変え、政府に異を唱える女性は「亡命」

 先日、中国では最高意思決定機関である全国人民代表大会が開催され、これまで2期10年までに制限してきた国家主席の任期を撤廃する憲法改正案を可決。習近平氏が「終身国家主席」となる道が開かれた。安倍首相も、2期までとされていた自民党総裁の任期を3期までに延長する党則改正を実現している。そもそも国のトップによる法律や制度の改正は国民のためであるべきだし、逆に、国のトップのためのルール変更の場合、それは下からの市民の総意によって行われるべきものである。わかりやすく言えば、ルールとは自分ではなく他人を幸せにするために変えるものであって、自分のために変えるものではないが、安倍首相も習近平国家主席もそのことがまるでわかっていない。

 安倍政権発足以降の日本では、なぜその政策が採用され実行されているのか皆目見当がつかないケースが以前の政権と比べても増えている。合理性、経済性、過去に採られた政策との整合性や継続性、いずれの面から見ても不合理で説明できないのだ。だが、誰が安倍首相と友達か、提案した政策がよく採用される人のバックに誰がいるのかといった人的つながりに視点を移した途端、政策の採用理由をクリアに説明できる場合が多い(例えばリニア新幹線に財政投融資として3兆円もの巨額な資金が投じられる理由は、葛西敬之JR東海名誉会長が安倍首相のお友達であることで説明できる)。これは安倍政権下の日本がかつての法治主義から人治主義に後退しつつあることを示している。

 安倍政権が女性活躍推進を声高に叫べば叫ぶほど、実態は目標から遠ざかりつつある。世界経済フォーラムが毎年取りまとめ公表している女性の地位に関する国際的順位でもともと下から数えたほうが早かった日本は、安倍政権成立後はさらに右肩下がりで底に近づいている。子どもを預ける保育所が見つからないため復職をあきらめなければならない女性があふれている。安倍首相のお友達の元記者・山口敬之氏から受けた性暴力を告発している伊藤詩織さんや、右翼からの根拠のないテロリスト呼ばわりを告発した辛淑玉さんは、報復を恐れて国外に「亡命」を余儀なくされた。

 国のトップの首相が自分のためにルールを変え、首相夫人はインフォーマルで不透明な権力行使を無自覚に続ける。為政者に都合の悪い公文書は白昼公然と改ざんされる。首相の一部の取り巻きたちが、自分たちの政治的分配が最大になるように国家行政に介入し、逆らう者には公然と圧力をかける。女性は2級市民扱いされ、国に異を唱えたり、指導的地位にある男性からの性暴力を告発したりすれば亡命せざるを得なくなる。選挙で政権を変えたくとも、一党独裁政党からの公認が得られた候補者の当選が投票日を待たずに事実上決まってしまう選挙制度のためお手上げだ。20世紀のどこの共産圏や開発途上国の話かと笑い出しそうになってしまうが、これが私たちの国、日本のまぎれもない現状である。

 これでもまだ日本を先進国だと胸を張って言えるか、改めて筆者は読者諸氏に問いたいと思う。政治も経済も市民生活も朽ち果て劣化の一途をたどる日本。先の敗戦の時のように、今のこの状況を第二の敗戦と認めた上で、潔くゼロから再出発する以外に復活の道はないのではないだろうか。

(2018年3月25日 「地域と労働運動」第211号掲載)

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