いま暴かれる日本版軍産複合体の深い闇

 戦後レジームからの脱却を唱える安倍政権の下で、今年1月、長年の悲願だった庁から省への昇格を果たした防衛省。戦争国家作りを進める支配層からすれば、防衛官僚たちの権力強化を意味する省昇格は祝賀すべき出来事だったはずである。だがその防衛省が今、前代未聞のスキャンダルに揺れている。

 沖縄の米軍再編問題と、省昇格という2つの大きな課題を担うため、防衛官僚のエースとして満を持して登場したのが守屋武昌・前事務次官である。通常、中央省庁の事務次官は長くても2年程度。1年で異動する者も珍しくないなかで、守屋前次官は4年も事務次官の職に留まり、旧防衛庁から昇格後の防衛省に君臨してきた。

 一連の防衛省スキャンダルは、久間元防衛相が「原爆投下しょうがない」発言を受け引責辞任した後、小池百合子前防衛相と守屋次官の間で次期事務次官人事を巡って始まった抗争が発端だろう。その後、守屋前次官が防衛専門商社「山田洋行」幹部からゴルフなどの過剰接待を受けたことが発覚。守屋前次官は「自分のゴルフ代は自分で払った」と主張するが、仮にそうだとしても自衛隊員倫理規程に違反する(注)。さらに、守屋次官と「不適切な関係」にあった山田洋行元専務が、同社経営陣の内紛から別会社「日本ミライズ」社を設立して移籍すると、防衛省の調達がそれに歩調を合わせるかのように山田洋行から日本ミライズに変更されていたことも明るみに出た。

 ところで、読者の皆さんは、一連のスキャンダル報道に接して当然、このような疑問をお持ちだろう。『官公庁の契約はそもそも一般競争入札をやらなければならないはず。防衛調達のような巨額な契約の参加業者をなぜ防衛官僚たちが胸先三寸で決めているのか。なぜこのような癒着と腐敗がまかり通っているのか』と…。

 ここに驚くべき法律がある。中央省庁はじめ、国の機関が契約を行う際のルールは「会計法」という法律で決められている。その会計法に基づいて、国の機関の具体的な会計手続きを定めた「予算決算及び会計令」という政令があるが、この政令では国の機関の契約は原則として一般競争入札によらなければならないと決めながら、一方で「国の行為を秘密にする必要があるとき」は随意契約によることができる(予算決算及び会計令第99条第1号)と定めているのだ。

 このことはつまり、どんなに巨額の契約であっても、防衛官僚たちが「防衛機密」と判断すればすべて入札を経ずに随意契約で実施できるということを意味する。防衛官僚たちの覚えめでたい特定の軍需産業に、入札も経ずにジャブジャブ税金を流し込むシステムが合法的に用意されているのである。今回その一端が発覚した防衛省のスキャンダルの背景に、このようなシステムがあることは間違いないだろう。

 もちろん筆者は、このような癒着と腐敗のすべてが随意契約制度だけに起因するとは考えない。形式上は競争入札であっても、裏で官僚がシナリオを書いた「官製談合」の実例が過去いくつも明らかになってきたからだ。制度を運用するのが官僚である以上、どのような制度であろうと調達スキャンダルは起こりうる。重要なのは、国民による民主的な統制がきちんと及んでいるかどうかである。

 米国では、軍産複合体とその活動は半世紀近く前から存在しており、軍需産業がベトナム戦争などで莫大な利益を手にしたこともすでに知られている。個人でトマホークや潜水艦を所有する者はいないから、軍需産業は政府が唯一の顧客であり、それゆえ、国家がいつでもどこでも好き勝手に戦うことができる日常的な戦争遂行体制を必要としている。海外派兵「恒久法」の制定をもくろむ経済界の真の狙いは、日本にもこうした日常的戦争遂行体制を作ることにある。

 だが、彼らのその醜い狙いは破綻しつつある。安倍政権崩壊によってテロ特措法の延長はすでに不可能となり、その期限切れを迎える11月、自衛隊はインド洋での米軍への給油活動を中断して一時撤退を強いられる。そうした絶妙のタイミングで防衛調達を巡る癒着と腐敗の構造が露呈したことは、テロ新法の成立によって自衛隊再派兵を目指す支配層への大きな打撃となるばかりでなく、日本にも米国のような軍産複合体が存在すること、国家権力と軍需産業が一体となったそれら「日本版軍産複合体」が国民に姿を隠して莫大な利益を上げていることを明らかにしたという意味で、極めて意義深いものがある。

 インド洋で給油活動に当たっている自衛隊艦船の米軍への給油量(2003年2月分)が実際には80ガロンだったのに、防衛省が20ガロンと誤魔化していた問題も同様であり、「日本版軍産複合体」が国民による監視と民主的統制をいかに恐れているかを窺わせる。今後、支配層は、民主党内のタカ派も巻き込み、人殺しのための派兵という事態の本質を「文民統制」を巡る問題へ矮小化させながら、スキャンダルを逆手にとり「軍隊への文民統制を確立するためには、結局海外派兵恒久法の制定しかない」という論理で巻き返しを図ってくるだろう(マスコミ報道の中にこのような矮小化の兆候がすでに出ている)。

 私たちはそうした動きに対して警戒しなければならないが、逆に、私たちの闘いを切り開く有利な局面が訪れているともいえる。今回のスキャンダルは、日ごろ政治に関心のない一般市民を日本政府の防衛政策から離反させる絶好のチャンスである。「競争入札も実施せず、防衛官僚の思うがまま特定軍需産業に税金を垂れ流した挙げ句、財政が悪化すれば医療・福祉・教育を解体してきた日本政府の責任を追及せよ」とアピールすれば、一般市民層にも相当効くに違いない。そして、占領と闘うイラク民衆とIFC、貧困や医療・福祉・教育解体と闘う日本・米国の市民と連帯しながら、軍産複合体の解体を目指さなければならない。

注)自衛隊員倫理規程は、防衛省職員が利害関係者(契約業者・許認可の相手方など)とゴルフをすることを禁じており、割り勘の場合でも同様である。自衛隊法によれば、防衛事務次官など、いわゆる制服組に対して「背広組」と呼ばれる事務職員も自衛隊員に含めると規定しているので、当然、自衛隊員倫理規程が適用される。

(2007年10月26日 イラク平和テレビinJapanメールマガジン特別寄稿)

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