核・ミサイル開発続ける北朝鮮 やっかいな隣人は何を目指しているのか

 今年に入り、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)をめぐる情勢が困難の度を深めている。今年だけで日本上空に2度もミサイルを通過させ、米国中心の世界秩序に挑戦する姿勢をはっきりと打ち出している北朝鮮は、核・ミサイル大国の一角を占めようという野心に満ちている。日本国内では、この年内にも東京が核ミサイル攻撃で滅亡するかのような言説に戸惑った人もいるかもしれない。

 筆者は北朝鮮ウォッチャーでもある。北朝鮮にとって建国の父である金日成主席(1993年死去)の時代から、もう四半世紀もこの国のことを観察し続けてきた。今、訳知り顔でテレビに出演し、解説をしている「自称有識者」には決して引けを取らないという自負もある。今月号では、日本にとってやっかいな隣人として台頭してきたこの国が何を目指しているのか、今後どこに向かうのかを可能な限り分析することで、読者諸氏の北朝鮮理解の一助となれれば幸いである。

 ●国家の歴史と基本原則

 朝鮮半島は、1910年以来、日本帝国主義による植民地支配にあえいだ。1945年、日本が敗戦で撤退すると、朝鮮半島は第2次世界大戦後の東西冷戦の舞台となった。日本敗戦からちょうど3年後の1948年8月15日、北緯38度線以南を領土とする大韓民国が、李承晩を「大統領」として建国宣言すると、遅れて同年9月9日、38度線以北を領土とする朝鮮民主主義人民共和国が建国を宣言、金日成が首相に就任する。

 1950年、東西冷戦を背景に、ついに朝鮮戦争の火ぶたが切って落とされる。当初は北朝鮮軍が優勢で、韓国軍を釜山周辺まで追い詰めるが、米軍を主力とする国連軍の参戦で逆に北朝鮮軍を朝鮮半島北端にまで追い詰める。しかし、1949年に成立した中華人民共和国が中国人民義勇軍を参戦させ、ソ連も武器供与で北朝鮮を援助した結果、北朝鮮軍・中国人民義勇軍が米韓軍を押し返し、戦線は38度線付近で膠着状態となる。結局、3年にわたる戦争は勝者も敗者もなく、どちらが朝鮮半島における正統な政府かの決着もつけられないまま、1953年7月27日、南北双方が板門店で休戦協定に調印した。

 この間、偶発的で小規模な軍事衝突はあったが、幸い全面戦争には至らず、休戦協定に基づく「休戦」はすでに今日まで64年間にも及んでいる。朝鮮戦争を知っている世代は若くても80歳代となり、南北ともに準戦時体制を維持しながら、国民の間から戦争の記憶が失われつつある。そんな奇妙な状態に、北朝鮮と韓国は置かれている。

 南北朝鮮は、こうした歴史的経緯から、互いに相手を「朝鮮半島の一部を不法占拠している反乱勢力」と規定し、いずれ統一することを公式の国家政策にしている。北朝鮮は韓国を「南朝鮮傀儡」「米帝追随者」と非難するなど米国の傀儡政権と見なしており、一貫して韓国との対話を拒否している。韓国との間で何かの合意に達しても、米国がノーと言えばすぐ翻してしまいかねない。そんな傀儡政権と対話などしても無駄だというのが北朝鮮の一貫した姿勢であり、北朝鮮が対話を要求する相手は一貫して米国である。

 北朝鮮は、建国以来、4つの基本原則に基づいて国家運営を行っている。「思想における主体、政治における自主、経済における自立、国防における自衛」だ。このうち自主、自立、自衛は独立国家であれば目指されて当然のものだ(むしろ、低い食糧自給率を放置し、外交上も米国追随の日本のほうが独立国家としての気概を持たない恥ずべき状態といえるだろう)。だが、「思想における主体」とはいったい何を表しているのだろうか。

 北朝鮮では、中国など他の社会主義国家と同様、党が国家を指導している。指導政党である朝鮮労働党は主体(チュチェ)思想をその指導原則とすることが党規約で定められている。主体思想とは何かと問われて正確に答えることは難しいが、1988年9月、北朝鮮建国40周年に当たって招待を受けたポーランド国営ポルテル社取材班が、北朝鮮から提供された資料に基づいて制作した「金日成のパレード 東欧の見た“赤い王朝”」の中にその答えがある。この映画では、主体思想について次のように説明している。

 『朝鮮労働党の党員の考え方や、革命のための人々のあらゆる活動は、主体思想を拠り所にしている。党の指導者に忠誠を誓う核心となるのは、革命に対する考え方、つまり主体思想である。社会主義及び共産主義の道は、指導者によって切り開かれ、党や指導者の管理の下に実現する。革命運動は党の指導者の指揮によってのみ勝利をもたらす。したがって、革命の勝利を確信するためには、党や指導者に対して、限りない忠誠を誓わなければならない』。

 主体思想は、マルクス・レーニン主義を北朝鮮に適用できるようにしたものだという俗流の解釈もある。だが少しでもマルクス主義を学習した経験を持つ人なら、これがマルクス主義とは似ても似つかないことをすぐに理解されるだろう。社会の全員が労働者階級になり、経済発展の結果「各人にはその必要に応じて」供給が行われるようになれば、国家は死滅するとしたマルクス主義に対し、主体思想では絶対的指導者が人民の上に半永久的に君臨し続けることが前提条件になっている。どう見ても、最高指導者の個人独裁を権威付け、正当化するための思想体系としか思えない。

    
               北朝鮮国旗。星は共産主義を表す                             朝鮮労働党旗。左から順にハンマー(労働者)、ペン(知識人)、鎌(農民)を表す

 ●核・ミサイル開発成功は30年の「努力」の集大成

 核・ミサイル開発は、金王朝「3代目」である金正恩朝鮮労働党委員長の時代になってからのここ数年で急激に進展したとの印象を持っている人も多いだろう。実際、金日成主席は、1993年元日に行った恒例の「新年の辞」の中で「ありもしない朝鮮の核問題を声高に言い立てながら、実際に朝鮮半島に核を持ち込み、我が国を威嚇しているのは米国である」と米国を非難するとともに、核疑惑を否定している。この時代、北朝鮮が将来核・ミサイルを保有することになるとはまだ誰も思っていなかった。だが北朝鮮は、核・ミサイル開発の道を金日成主席の時代から一貫して追求してきた。そのことは、この間の北朝鮮における「公式報道」を見れば明白だ。

 政治中心のお堅い番組が多い北朝鮮の国営メディアだが、クイズやドラマなどの娯楽番組も多く放送されている。1993年11月3日、朝鮮中央テレビで放送された「小さな数学者」という番組では、中学生〜高校生レベルの問題を次々に解く「天才4歳児」リ・チョルミン君が取り上げられている。天空高く打ち上がるロケットをチョルミン君が見上げるアニメーション映像からは、すでにこの時代、ミサイル開発を目指す北朝鮮政府の意向がはっきりと示されている。


1993.11.3放送 朝鮮中央テレビ番組「小さな数学者」より。天才少年がロケットを夢見る

 筆者の手元にある映像資料の中には、この他にも、全国各地から選抜された少年少女が難しい計算問題を次々に解いていくクイズ番組があるが、朝起きてから夜寝るまでの生活すべてが政治と結びついている北朝鮮では、このような番組も単なる娯楽ではない。党や政府の目に留まった天才少年少女たちは、早くから国によって科学者用宿舎を与えられ、将来の科学技術を担う研究者の卵として育てられる。チョルミン君もそうした科学者の卵のひとりなのだ。

 この番組の放送当時、4歳だったチョルミン君。政治的粛清などの嵐に遭わず、順風満々の人生を送っていれば、今年28歳になる。科学者としてはまだ若いが、そろそろ仕事が面白くなってくる働き盛りの入口世代だ。北朝鮮における核・ミサイル開発を支えているのは彼のような人物である。北朝鮮メディアは核・ミサイル開発の相次ぐ成功を「最高尊厳」(金正恩委員長)の政治的成果として華々しく宣伝しているが、実際には、金日成主席の時代から、着々と担い手を選抜・育成しながら進められてきた遠大な計画が、ついに実を結んだものと見るべきだろう。

 ●国際的包囲の中で

 北朝鮮は、国際社会からの非難も意に介さず、今後も核・ミサイル開発を続けることを繰り返し表明している。朝鮮戦争で共に血を流して戦ったはずの中国との関係が、歴史上最悪といわれるほど冷え込む中で、逆に歴史上最高の関係といわれ、北朝鮮の事実上の「後ろ盾」となっているロシアのプーチン大統領は、「彼らはたとえ雑草を食べてでも核・ミサイルを手にするだろう」と述べている。首都の市民が、毎朝、パンを求めて国営商店に行列を作らなければならないほど疲弊した経済の一方で、世界を何十回も滅亡させられるほどの核兵器を保有するに至ったソ連を、マーガレット・サッチャー英首相(当時)は「パンより核を大切にする国」だと非難した。これに激怒したソ連国防省機関紙「クラスナヤ・ズヴェズダ(赤い星)」はサッチャーに対し、その後、彼女の象徴的キーワードとなる「鉄の女」の称号を贈った。雑草を食べなければならないほど飢えたとしても、核・ミサイル開発を続ける鉄の最高尊厳・金正恩党委員長に率いられた「不思議の国」は今後どこに向かうのだろうか。

 世界地図の中で北朝鮮を見ると、列強に包囲されている小国の姿が見えてくる。北と西に位置するロシアと中国は、軍事的にも経済的にも強国だ。南に位置する日本と韓国は経済的には強国であり、不足する軍事力を米軍駐留で埋め合わせている。主体思想で固く武装してはいても優秀といえるかどうかは保障できない労働力と劣悪な石炭くらいしか資源のない北朝鮮が、強国の包囲の中で自主・自立・自衛を掲げ、必死に生き残りをかけて戦っている。かつて国際的孤立の道を歩む日本は米国(America)、英国(British)、中国(China)、オランダ(Dutch)による「ABCD包囲陣」によって包囲され、戦争に突入していったが、今、北朝鮮指導部からは、自分たちが「ACJS包囲陣」によって包囲されているように見えているであろう。米国、中国、日本(Japan)、韓国(South Koria)による包囲網である。もし、あなたが金委員長の立場だったらどうするだろうか。2200万人といわれる北朝鮮国民、300万人の朝鮮労働党員を守るため、彼と同じように行動するのではないだろうか。

 北朝鮮の姿は、戦前の日本と一見、似ているようにも思えるが、拡張主義と侵略の野望に燃えていた戦前の「神国日本」と異なり、北朝鮮には領土拡張の野心はなく、現実的にそのようなことが可能な状況にもない。その意味で、北朝鮮問題への対処は戦前の「神国日本」への対処ほどには難しくない。核を持たなければ、我が国は米国によって滅ぼされる――金委員長が抱いているそのような強い強迫観念を捨てさせるためには「ACJS包囲陣」による包囲を解く以外に方法はない。圧力で解決できないことは「神国日本」のその後の不幸な歴史を見れば明らかだ。圧力と制裁に明け暮れる安倍政権から、包囲網を解き、対話によって危機を乗り越える英知を持った新しい政権へ、私たちも勇気を持って進まなければならない。

<読者のみなさまへ>

 朝鮮民主主義人民共和国の国名表記については、同国の公式メディアが使用している「朝鮮」を使用すべきであるが、日本の報道機関で一般的に使われている北朝鮮の表記をそのまま用いた。北朝鮮による日本人拉致問題が発覚するまで、同国と日本の報道機関との間では、北朝鮮について報道する場合、「記事の最初で『朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)』と表記すれば、2回目以降に国名が登場するときは『北朝鮮』表記を認める」との合意が成立していたが、その後、破棄された経緯がある。

<参考文献・資料>

 本稿執筆に当たっては、「北朝鮮データブック」(重村智計・著、講談社現代新書、1997年)の他、映像資料については文春ノンフィクションビデオ「金賢姫 私と北朝鮮」(1994年)に収録されているものを参考とした。


(2017年10月25日 「地域と労働運動」第205号掲載)

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