ついに東京電力旧経営陣の刑事訴訟始まる〜今こそ史上最悪の公害事件の全容解明を!

 東京電力の旧経営陣3名(勝俣恒久元会長、武藤栄、武黒一郎両元副社長)が検察審査会の起訴議決(注)によって強制起訴されてから1年4か月。福島原発事故での3被告の責任を問う刑事裁判の初公判が6月30日、東京地裁で開かれた。この裁判の争点と意義を広げ、法廷と運動を結んで有罪判決を勝ち取らなければならない。

 ●予見可能性と結果回避可能性

 3被告の起訴理由は、津波対策を取らなかったことによって福島原発事故を引き起こし、強制避難者らを死亡・負傷させた業務上過失致死傷罪。事故を予見することができたかどうか(予見可能性)、3被告が対策を講じることによって事故を防ぐことができたかどうか(結果回避可能性)が最大の争点だ。

 三陸沖で発生する可能性のある地震について、政府の地震調査研究推進本部(推本)は2002年に長期評価を行っている。この長期評価を基に、明治三陸地震等と同規模の地震が発生した場合の影響について、東電設計が東電に行った報告書(2008年3月)は、福島第1原発に15・7メートルの津波が到達する恐れがあることを明らかにしている。

 東電社内でも「土木調査グループ」社員らが、10メートルを超える津波が到達した場合、非常用電源装置が水没、全電源喪失となることを指摘した。武藤、武黒両被告にも2008年6〜8月にかけ相次いで報告、津波対策を講じるべきと意見を述べた。だが武藤被告はこの意見を採用せず津波対策を先送りした。

 以上が、起訴議決時の議決書及び初公判での指定弁護士による冒頭陳述が指摘した事実である。これらの事実から、予見可能性は争う余地なくあったと断定できる。冒頭陳述のまとめは、「被告人らが、費用と労力を惜しまず、課せられた義務と責任を適切に果たしていれば、本件のような深刻な事故は起きなかった」と断じている。

 初公判で、3被告は事故を予見できなかったとして無罪を主張したが、そこには一片の道理も誠意もない。

 予見可能性について争う余地がない以上、裁判は結果回避可能性が最大の争点になる。6月30日夕方、福島原発刑事訴訟支援団が行った報告集会では、海渡雄一弁護士から驚くべき証拠が次々と報告された。本誌の限られた紙幅でその全部を紹介する余裕はないが、津波が「自然現象であり、設計想定を超えることもありうると考えるべき。設計想定を超える津波が来る恐れがある。想定を上回る場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない」旨を記載した原子力安全・保安院から電気事業連合会宛のメール(2006年10月)や、「推本で記述されている内容が明確に否定できないならば、耐震バックチェックに取り入れざるを得ない」との東電上層部の認識を示すメール(2007年12月)などが証拠提出されている。「津波がNGとなると、プラントを停止させないロジックが必要」とのメールもある。東電が津波の具体的危険を認識し、一部、対策に着手までしながら、「プラントを停止させない」ために対策を先送りさせていく経過を明らかにしている。

 交通事故の裁判では、加害者が事故の危険性を知りながら、一時停止や減速など当然行うべき義務を果たさなかった場合に有罪とした裁判例もある。事故の具体的な危険性を歴代社長らが認識していたかどうか解明できなかったJR福知山線脱線事故の裁判と比べ、指定弁護士側に有利な証拠がそろっている。

 ●主権者・被害者の思いに応える

 強制起訴制度創設に関わった四宮啓・国学院大教授は「これまで検察が独占していた起訴の判断に、国民の意見を取り入れようとするもの」とその意義を強調する。過去には国家機関である検察が不起訴の判断を恣意的に行い、重大な企業・権力犯罪が闇に葬られてきた。今回の裁判で、指定弁護士は全証拠を開示する方針だ。東電の責任追及、事故原因究明、再発防止が大きく進むことが期待される。

 最大の被害者である福島県民は「東電は自分を加害者とも思っていない」との思いを今も持つ。そもそも加害者であるはずの東電が、なぜ調停機関のような顔をして、偉そうに賠償額の査定をしているのか。福島原発告訴団が東電の告訴・告発に踏み切ったのは、東電に加害者であることを自覚させ、賠償・除染・避難などの責任を果たさせたいという強い思いがある。そうした思いを踏みにじり、東電への強制捜査も行わないまま、不起訴で原発事故を免責にしようとした政府・検察との闘いでもある。

 そもそも法律は「国民の厳粛な信託」(憲法前文)によって作られるものだ。主権者である国民の利益になるように法を運用するのは民主主義国家の当然の責務である。検察の不起訴を乗り越え有罪を勝ち取ることができれば、権力による主権者の意思に背いた法の運用を阻止する画期的な前例となる。

 ●まるで警備法廷のような異常なチェック体制と嫌がらせ

 6月30日の初公判当日、傍聴抽選券の配布開始は早朝7時30分に指定された。朝の通勤通学準備で誰もが忙しい時間帯であるばかりでなく、原発事故の最大の被害者である福島県民が、始発の新幹線(福島駅午前6時33分発、東京駅8時16分着)で出発しても到底間に合わない時間だ。過去に類似の例もない。多くの傍聴抽選希望者が殺到する事態が予想されるとしても、公判開始の2時間30分も前から抽選券の配布を始めなければならない道理はない。筆者がかつて関わったJR不採用をめぐる裁判(鉄建公団訴訟)でも、収容人員100人の法廷に対し500人以上が傍聴を求めたものの、抽選券の配布開始は開廷の1時間から30分前のことがほとんどだった。今なお原発事故への関心を薄れさせずに維持している「意識の高い」傍聴希望者に対する嫌がらせとしか思えない。

 法廷の警備体制も異常なものだった。公判は東京地裁104号法廷で行われたが、金属探知機を通過する従来の警備体制でさえ、地方の地裁にはあり得ず異常なのに、傍聴参加者の証言によると、この日の公判では地裁職員が傍聴者の上半身に手で触れて所持品をチェック。女性参加者の中には、スカートの中に手を入れてチェックされた人さえいた。「泣く子も黙る」と言われる特別警備法廷(429号法廷)係属事件の訴訟を思わせるような異常な警備体制であり、明白かつ重大な人権侵害だ。

 とはいえ、福島原発告訴団による最初の告訴・告発(2016年6月)以来、経過を見続けてきた筆者にとっては驚くには当たらない。治安当局がこの告訴・告発を公安部で扱うなど、東電の責任追及に立ち上がった市民を国家権力・治安の敵とみなす姿勢では終始一貫していたからだ。

 筆者はこれまで、原発事故が強制起訴となった場合に刑事訴訟に与える影響を考慮してこの事実をどの媒体でも公表していなかったが、傍聴参加者に対するこのような重大な人権侵害が行われた以上、権力に反撃する意味からも、この間の経過を明らかにしておく必要がある。

 福島原発告訴団による告訴・告発(第1次告訴)を受けた福島地検は、事件を通常、業務上過失致死傷罪を扱う刑事部ではなく公安部の担当とした。福島地検公安部は、東電に対する強制捜査を望む被害者・市民の声にまったく向き合わないばかりか、「福島原発告訴団にはどのくらいの人数がいるのか」など、市民を敵扱いする不当な運動潰し的事情聴取を、東電ではなく福島原発告訴団に対して行った。挙げ句の果てに、事件を東京地検に移送、原発事故の原因究明という司直としての重大な責任から逃亡したのだ。

 「共謀罪」法がまだ国会に上程されてもいない時期から、治安当局は巨大な企業・権力犯罪を野放しにする一方、反原発運動に関する不当な情報収集活動を繰り広げた。こうした連中が共謀罪法を手にしたのである。

 東電3被告に対する刑事訴訟で有罪を勝ち取ることは、こうした不当な捜査活動を繰り広げながら、肥大化を続ける治安当局に対して主権者―市民による監視と法の支配を行き渡らせ、共謀罪体制を無効化する重要な闘いでもある。憲法破壊の暴走を続ける安倍政権に打撃を与える闘いとしての重要な意義をも持っていることを、この機に改めて訴えたい。

 本稿筆者は普段、あまり非科学的なことは信じないが、福島原発告訴団は不思議な「運」を持っている。初公判の2日後(7月2日)に東京都議選というスケジュールは政治的に絶妙なタイミングだった。都議選告示期間中、それも投票日直前にメディアがこの初公判を大きく取り上げたことは、風化しかけていた原発事故に関する都民の記憶を改めて呼び起こし、日本中を原発まみれにした自民、福島原発事故時の政権与党として稚拙な対応しかできず、野党転落後の今なお原発政策に関する統一見解も打ち出せない民進(旧民主)の両党を大敗させる上で大きな役割を果たしたように思う。

 ●「検察官役」市民派弁護士と被告弁護で東電守る「ヤメ検」たち

 今回の裁判では、裁判所に指定された弁護士(指定弁護士)が検事の役割を務める。指定弁護士の数は当初3人、後に2人が追加指定され5名となった。強制起訴事件としては最も重要だったJR福知山線脱線事故裁判の3人を上回り、過去最大だ。裁判所もこの裁判を重視しているといえよう。

 指定弁護士のうち最もベテランの石田省三郎氏は、ロッキード事件で田中角栄元首相の弁護団の一員を務めた華麗な経歴を持つ。神山啓史弁護士は、東電女性社員殺害事件で無期懲役とされたネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリさんの再審裁判で主任弁護人として石田弁護士とともに無罪判決を勝ち取っている。山内久光弁護士は検察審査会での2回目の審査の際、審査員に法的助言を行う「審査補助員」を務め、告訴・告発以来の経過を知り尽くした人物である。追加指定された2名は、渋村晴子、久保内浩嗣両弁護士。いずれも人権派が比較的多いとされる第2東京弁護士会所属だ。

 これに対し、3被告の弁護を務めるのは、有田知徳弁護士(元福岡高検検事長)、岸秀光弁護士(元名古屋地検特捜部長)、政木道夫弁護士(元東京地検特捜部検事)など、ヤメ検(元検事)がずらりと並ぶ。人権派弁護士が被告を裁き、元検事が弁護する「逆転法廷」だ。巨大な企業犯罪を不起訴で免罪にした検察は、裁判でも徹底的に加害企業・東電を守ろうとしている。その姿勢にはだれもが怒りと闘志を持つ。市民による正義を葬り、不正義を助長する政府・検察に絶対に負けるわけにいかない。

(注)起訴議決制度 検察審査会の起訴相当議決に対し検察官が改めて不起訴処分をした場合や期間内に処分をしなかった場合に、検察審査会が再度審査を行い、起訴すべき旨の議決(起訴議決)をすると、被申立人が強制起訴される制度。2009年施行の検察審査会法改正で創設され、JR福知山線脱線事故などの例がある。

(2017年7月22日 「地域と労働運動」第202号掲載)

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