本州と異なる北海道特有の鉄道事情及びこれに即した道内鉄道政策の積極的展開について

1.はじめに

 JR北海道の経営が危機的状況を迎えている。2015年6月、JR北海道社内に設けられた「JR北海道再生推進会議」が行った事業の「選択と集中」を求める建議を受け、JR北海道が事業見直しに着手。2016年7月には「持続可能な交通体系のあり方」を発表し、ローカル線の整理を加速させる意向であることを明らかにした。この秋にも、単独では維持が不可能な路線・線区について公表し、沿線自治体との今後に向けた協議に入りたい旨を表明している。

 不幸なことに、今年8月、北海道を連続して3つの大型台風が襲い、道内の路線網は各地で寸断された。北海道に1ヶ月で3個の台風上陸は、気象庁が統計を取り始めてから歴史上初めてであり、また復旧に要する額も、有珠山噴火の際の20億円を上回って史上最大になるとの見通しが示されている(余談だが、有珠山噴火による災害は、旧国鉄時代、胆振線が国鉄再建法に基づく特定地方交通線に指定される遠因ともなった)。

 安全問題研究会は、すでに北海道内全体の路線維持を通じて地域社会と交通権、生存権を守るため、路線廃止反対の論陣を張ってきた。しかし、不幸な連続台風の襲撃により、道内に急速にあきらめ感、廃止容認論が広がりつつある。

 とはいえ、JR北海道の経営はすでに破綻状態であり、単に廃止反対を訴えるだけではもはやいかなる説得力も持ち得ないように思われる。本稿では、鉄道がなくなった場合に北海道で起きうる事態、また道内において鉄道が持つべき地位について、沿線地域が具体的かつ積極的なイメージを描けるようにすることを目的にしている。

2.北海道の鉄道の特性

(1) 中距離輸送が多く、鉄道に最も適した分野である


 もともと、鉄道は他の交通機関との比較において、300〜700km程度の中距離輸送に適した交通機関である。300km未満においてはあらゆる交通機関・手段を選択可能だし、700kmを超えると新幹線よりも航空機が競争力を持つことは、すでにさまざまな研究結果により示されている。

 北海道の鉄道が道外と大きく違っているのは、札幌都市圏をごく一部の例外として、鉄道が優位性を持つ300〜700kmの中距離輸送が多いことである。札幌を起点とした場合、300〜700kmの範囲に入る都市として、函館(318.7km)、釧路(348.5km)、根室(483.9km)、網走(374.5km)、稚内(422.1km)などがある。道南、道東、道北、オホーツクの主要都市がほとんど入っている。これらの都市間輸送は鉄道が担うべき役割である。

 「鉄道がなくなっても、道路と航空輸送で代替できる」として鉄道廃止を容認する意見も多く見られる。だが、冬の気象条件が厳しい北海道では、空港の冬季における就航率が、12〜2月でいずれも94%とのデータがある(注1)。丸1日にわたって空港が閉鎖となる日が月平均で1〜2日、冬季(12〜3月)全体では5日ほどに上ることが示されている。

 高速道路に至っては、道央自動車道が函館〜士別、札樽自動車道が札幌〜小樽、道東自動車道は千歳〜足寄までしか供用していない。このような状態で鉄道廃止を容認することは「冬季において、人の移動手段も物流手段も月に1〜2日くらいなら途絶えてもよい」という意見に賛成することと同じである。鉄道廃止は、とりわけ冬季における道中心部〜道南、道東、道北、オホーツク間の旅客・貨物輸送の双方に致命的打撃を与えるであろう。

(注1)道内空港平均。平成18(2006)年12月15日付け「北海道交通政策審議会第4回航空分科会資料」。

(2)貨物輸送の比重が高い

 次に、北海道内の鉄道路線が道外と異なる点として、貨物輸送の比率が高く、かつ本州との間で貨物の道路輸送手段がないことを指摘しなければならない。

 以下に示すのは、道内主要路線における旅客特急列車と、貨物列車のうち特急に相当する「高速貨物」列車の本数を比較したものである(いずれも定期列車のみ)。

区間・列車名  旅客特急列車  高速貨物列車
青森〜函館(新幹線) 下り15本、上り16本 下り26本、上り25本
函館〜札幌(北斗) 下り14本、上り14本 下り26本、上り25本
札幌〜帯広(Sおおぞら・Sとかち) 下り11本、上り11本 下り 7本、上り 6本

 特に、札幌と本州方面を結ぶ大動脈である青森〜函館〜札幌間は、旅客特急列車のほぼ2倍近い貨物列車が運行されていることがわかる。貨物列車の運転本数は1時間1本のペースを上回っており、このために青函トンネル区間では貨物列車に「敬意」を表して新幹線が140km/hの減速運転を強いられているのである。北海道では、鉄路は貨物輸送のために存在していると言っても決して過言ではない。

(3)本州との間で貨物の陸上輸送手段が鉄道しかない

 本州〜九州間には、関門自動車道(関門橋)及び一般国道2号線(関門国道トンネル、有料)の2本の道路輸送ルートがある。本州〜四国間には、瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)、瀬戸内しまなみ海道、神戸淡路鳴門自動車道の3本の道路輸送ルートがある。これに対し、本州〜北海道間にこのような道路輸送ルートはない。

 したがって、陸上における本州〜北海道間の貨物輸送は、青函トンネル開業以来、鉄道だけで行われてきた。トラック輸送を行うにしても、津軽海峡ではトラックをフェリーに乗せなければならず、手間もコストも余計にかかる。この機能は、鉄道以外では決して代替できない。

(4)大量高速輸送機関としての鉄道

 現在、日本では、貨物列車1編成におおむね5tコンテナ×5個積みの貨車を20両連結して走る形態が一般的である。すなわち、貨物列車1編成当たりおおむね500tの貨物を輸送することができる。

 仮に道内の鉄路がなくなった場合、同じ輸送力を確保しようとするとどのようなことが起こるだろうか。トラック輸送で代替する場合、10t車を使用するとして、延べ50台もの車両と延べ50人もの運転手が新たに必要となる。青森〜函館〜札幌間に限っていえば、500t×51本(上下合わせて)の貨物列車で1日当たり25,500tもの貨物が運ばれている。仮にトラック(10t車)で置き換えるならば、車両は1日当たり延べ2,550両、運転手も延べ2,550人も必要になるのだ!

 高齢化社会の到来に伴い、トラック業界も運転手の高齢化に悩まされている。これに対し、実店舗販売の減少に反比例するように「右肩上がり」で業績を伸ばしているネット通販により、貨物輸送量は小口のものを中心に激増しており、首都圏などではすでに指定期日・時間通りに宅配便が届かないことが常態化している。

 トラック運転手を多く組織している「連合」(労働組合)は、トラック運転手の賃金水準が2006年のまま改善されなかった場合、2015年には全国でトラック運転手が需要に対し、14.1万人も不足すると予測している(注2)。トラック運転手不足の時代が来ることがわかっていながら、それにさらに拍車をかける北海道の鉄道廃止は、国家100年の愚策といって差し支えないであろう。道内のみならず全国規模で「荷物があるのに運んでくれる人がいない」「誰も運んでくれないまま、北見で穫れたタマネギが腐っていく」――そんな未来をいったい誰が望んでいるのか。今こそ大量高速輸送機関としての鉄道の特性を最大限、活かすときだ。

(注2)「輸送の安全向上のための優良な労働力(トラックドライバー)確保対策の検討報告書」(国土交通省自動車交通局貨物課、平成20(2008)年9月)。

3.高速ツアーバス事故と鉄道

 北海道以外にも目を向けてみよう。近年、高速ツアーバスによる悲惨な事故が相次いでいる。過去10年に限っても、あずみ野観光バス事故(2007年2月、27人死傷)、関越道バス事故(2012年4月、7人死亡)、北陸道バス事故(2014年3月、2人死亡)など。そして今年1月にも長野スキーバス事故(14人死亡)が起きている。

 ここで興味深い事実を指摘しておきたい。それは、事故を起こしたツアーバスの走行距離である。あずみ野観光バス事故は長野〜大阪(441.2km)、関越道バス事故は金沢〜東京ディズニーランド(462.6km)、北陸道バス事故は仙台〜金沢(741.7km)、そして長野スキーバス事故は東京(原宿)〜斑尾高原(長野県飯山市)(251.6km)。鉄道が比較的優位とされる中距離(300km〜700km)帯及びその周辺に集中していることがわかるだろう。しかもこれら重大事故は、関越道バス事故を除き、すべて冬に発生している。

 1990年代、日本の高速バス路線は爆発的に拡大し、90年代中期には、極端に言えば「高速バスで日本のどこにでも行ける状態」になった。東京〜博多間(935.4km)の高速路線バス「はかた」号のように、運転距離が1,000km、全区間の所要時間が14時間に迫っているものもある。しかし、不思議なことにこれらの高速バスでは事故らしい事故は起きていない。明らかに、高速ツアーバスの事故は「中距離帯」「冬」に集中しているのである。

 あらゆる交通機関・手段が選択可能な短距離帯(300km未満)でも、航空機が競争力を持つとされる長距離帯(700km以上)でも起きていないバス事故が、なぜ、鉄道が優位とされる中距離帯(300〜700km)及びその周辺に集中しているのか。その答えはもはや明らかであろう。300kmに満たない短距離であれば、運転手を交代させなくても支障なく安全運行ができる。一方、1,000kmに近い長距離であれば、「運転手を2人乗せなければ仕方ない」とバス会社もあきらめがつく。しかし、300km〜700kmの中距離帯では「もしかすると、運転手1人でも工夫次第で何とかなるのではないか」という油断がバス会社側に生まれやすくなる。中距離帯における、コスト削減のための甘い誘惑――その最も悲惨な結果が相次ぐ事故であったと言えよう(注3)。

 同時に、これらのバス事故は、「短距離はマイカー・バス・トラック、中距離は鉄道、長距離は航空を基本」とすべき公共交通政策に鉄道が位置づけられなかったことの結果といえる。本来であれば鉄道が担うべき中距離帯の輸送から鉄道を排除し、自動車に担わせようとした歪な公共交通政策の結果が、これらのバス事故であったと言えないだろうか。

(注3)相次ぐバス事故を受け、2013年8月から発足した「新ツアーバス制度」では、実車距離400km、運転時間9時間(夜間)、実車距離500km、運転時間9時間(昼間)をワンマン運行の上限とする改正が行われている。ここに挙げた事例(運行形態がいずれも夜行)のうち長野スキーバス以外は、改正後の新制度の下では違法となる。

4.終わりに

 以上、簡単ではあるが北海道の特殊な鉄道事情、そして公共交通政策の中に鉄道をきちんと位置づけることの重要性を考察した。この論考が、JR北海道による拙速な鉄道廃止論に対する歯止めとなることを願っている。

(2016年8月12日 「地域と労働運動」第191号掲載)

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