「橋下劇場」、ついに終焉〜「民意」に葬り去られた稀代のポピュリスト

 政令指定都市としての大阪市を解体、新たに5つの「特別区」を設けるとともに、特別区から権限を吸い上げ新「大阪府」に委譲することを目指した「大阪都構想」。その是非を問う大阪市の住民投票で、反対がわずかに賛成を上回り、都構想は否決された。賛否いずれが上回っても、その結果は法的拘束力を持つ。「負けたら市長を辞める」とみずから退路を断ち、この投票に臨んだ橋下徹・大阪市長は政界引退を表明。今年12月の任期満了後は次の市長選に出馬せず、引退することを明らかにした。

 得票は、賛成が69万4844票、反対が70万5585票。その差はわずか0.8%であることから、都構想推進勢力からは、橋下市長の辞任は不要との声も聞かれる。だが、これまで大阪府知事、大阪市長として「たとえ1票差でも勝ちは勝ち」として、反対意見に耳を貸さず、やりたい放題をやってきたのが橋下氏だった。そんな橋下氏が「負けるときだけは僅差だから関係ない」というわけにはいかず、引退表明は当然と言える。

 橋下市長と「都構想」の敗因については、すでにインターネットを中心にさまざまな論評が出ているが、「最も住民の近くで公共サービスを行う基礎自治体・大阪市の解体再編によって住民サービスが低下する」という都構想反対派の主張が差し迫った現実的問題として有権者の心を強く捉えた、というところにある。大阪市民以外にとってはなじみのない「都構想」だが、『自治権の拡大を求める住民投票というのは世界各地で行われているが、自分から自治権の縮小を申し出る住民投票というのは稀』(京都弁護士会所属の渡辺輝人弁護士)という論評もそれなりに核心を突いている。実際、橋下市長と維新の党がモデルとした東京都を見ると、例えば世田谷区は人口87万人で政令指定都市レベルにあるにもかかわらず、特別区であるため消防や水道といった基礎的な住民サービスの権能すら持っていない(消防は東京消防庁、水道事業は都水道局が実施)。人口96万人の千葉市が政令指定都市として、都道府県並みの権限を持っているのと比べるとその差は明らかだ。

 都構想は、大まかにいえば大阪市を世田谷区のようにしようというものであった。そこに住民が「自治体の公共サービスが低下する」という危惧を抱くのは当然であった。

 ◎露わになった「南北格差」〜貧困層の反乱

 橋下市長の敗北が明らかになった17日の深夜からさまざまに行われた論評の中で、ひときわ話題になったのが、30代の若手評論家・古谷経衡(つねひら)氏による「大阪都構想住民投票で浮き彫りになった大阪の南北格差問題」と題するものであった。大阪市各区の中で、賛成多数となった区、反対多数となった区を色分けしたところ、衝撃的な結果となったのである。

 本誌はカラー刷りでないため判別しにくいが、淀川区、福島区、西区、浪速区、中央区、東成区を境として、これ以北に位置する区はすべて賛成多数(例外として旭区のみ反対多数)、これよりも南に位置する区はすべて反対多数というように、南北でくっきりと賛否が分かれたのである。


大阪都構想への賛否は南北でくっきりと分かれた(北部=旭区を除き賛成、南部=反対)<作成:古谷経衡氏>

 この「南北格差」については、全体として賛否の差が0.8%という僅差に収まっている中では強調するほどのものではない、と論評する向きもある。しかし本稿筆者は、そうした僅差だからこそ、この違いが住民投票全体の結果に大きな影響を与えるとともに、大阪の「今」をも余すところなく示したと思う。再開発が進み、東京にも引けを取らないほど高層ビルが建ち並ぶ北部に対し、狭い路地に昭和時代そのままの雑多な店舗がひしめき合う南部。その経済格差は明らかで、都構想が実現し「基礎自治体」としての大阪市が住民サービスの権限を奪い取られた場合、生活保護受給者への締め付け強化などを通じて、しわ寄せが貧しい南部を直撃しかねなかった。それだけに、今回の都構想「挫折」は、やや大げさに言えば大阪市における「貧困層の反乱」によってもたらされたというべきだろう。

 ◎「シルバーデモクラシー」は本当か

 ところで、今回の「都構想」の敗因を「シルバーデモクラシー」(高齢者民主主義)に求める意見が、特に若者層を中心に多く出されている。年代層別の投票結果分析において、60歳代以下の世代ではすべて賛成多数であったにもかかわらず、70歳以上の圧倒的反対で結果が覆されたことをその根拠にしているが、特に若年層に利用者が多いインターネットではこうした言説の受けがいいため、シルバーデモクラシー説が多数意見のように拡散している実態がある。

 だが、こうした言説も正しいとは言えない。70歳以上の世代においても反対が多数であるものの、賛否は拮抗しているからだ。大阪市において、40代以下の総人口に占める割合は46%との調査結果もあり、必ずしも人口高齢化が極限に達しているわけではない。投票結果が一見「シルバーデモクラシー」のように思えたとしても、それは若年層になるほど投票率が低くなっていることでおおむね説明がつく。若手代表を自認する「論客」が、自分と同年代の投票率の低さを棚に上げ、自分の思い通りにならなかった投票結果を高齢者のせいにするのは間違っている。

 それに、たとえシルバーデモクラシーを裏付けるようなデータが得られたとして、そのことの何が問題なのか。確かに、余生の短い高齢者にとって、長期的視点から見た「公益」より短期的視点から見た「私益」を投票行動の基準とすることは合理的である。しかし、選挙は誰しも自分の利益を最大にしてくれる人を選ぶものだ。会社の社長に言われたからと自民党に投票し、あるいは労働組合の役員に言われたからと民主党に投票する中年世代と「私益」追求という意味では同じであり、ことさら高齢者だけが批判されるいわれはない。自分では別の勢力に投票したいと思っているのに、社長に言われたからと自民党に投票している現役世代の方が、自分の政治的意思を抑圧してまで安倍自民「独裁」を助けているという意味では何倍も悪質である。

 むしろ、リタイアして年金生活に入り、一切の経済活動から切り離された高齢者には、会社の社長が自民党へ投票依頼をしてくることも、労働組合が民主党への投票を依頼してくることもない。あらゆる利害関係から中立でいられる高齢者こそ、自分が望んでいる政党、候補者にしがらみなく投票できるという意味で、最も「民意」を反映していると言えるのではないだろうか。高齢者民主主義も、若者に目の敵にされるほど悪いことばかりではないのである。

 ◎勝ったのに「お通夜会見」の自民府連

 今回の「都構想」住民投票では、敗北した橋下市長が吹っ切れたかのような表情で記者会見していたのと対照的に、自民党大阪府連の記者会見が、勝ったにもかかわらず「お通夜」状態だったのが印象的だった。

 今回の住民投票は、橋下市長みずから「大阪に今、必要なのは独裁」「改憲国民投票への予行演習」と放言、改憲を目指す安倍政権が都構想実現後の連携を見越してなりふり構わず橋下市長に秋波を送る中で行われた。安倍政権が橋下市長に暗黙の(といえないほど露骨な)支持を表明する中で、あえて中央に反旗を翻した自民党大阪府連は、共産党議員と一緒の選挙カーで反対演説。「呉越同舟」、また太平洋戦争時の中国における抗日戦線「国共合作」をもじって「自共合作」と呼ばれるほど、こちらもなりふり構わぬ反対運動を展開した。都構想否決は自分たちの望んだ通りの結果であったはずなのに、笑顔ひとつない柳本幹事長はじめ、自民党大阪府連のこの会見は何を意味しているのだろうか。

 やはり、彼らは知っていたのだろう。自民党本部と首相官邸が橋下市長支持であり、都構想可決後の「改憲連合」目指して動いていることを。共産党と一緒の選挙カーで「呉越同舟」の反対運動を展開しながら、彼らはどこかで都構想の可決を信じ、投票終了後は見せかけだけの「処分」によって党本部と手打ちをした上で、一緒に改憲になだれ込もうと考えていたのだと思う。投票結果がそのような暗黙のシナリオを大きく狂わせるものとなったからこそ、彼らは青ざめた表情で会見せざるを得なかったのだ。

 ◎維新と改憲連合に打撃、さあ反撃だ

 橋下市長みずから退路を断ち、負けたら辞めると公言して臨んだ住民投票で、橋下維新は敗れた。彼自身が認めるように、この住民投票は単なる一自治体の再編のあり方を問う存在から大きく飛躍し、改憲国民投票の予行演習としての意味づけを与えられたものになっていた。そこでの敗北は、自公プラス維新による改憲連合の形成目指していた安倍官邸にも打撃を与え、そのシナリオを大きく狂わせるものとなった。現状では、自公に維新を合わせても参議院では改憲発議に必要な3分の2に達しない。2016年度の改憲国民投票を目指し、運動方針にまでその目標を書き込んだ自民党も、改憲発議ができないとなれば戦略の基本的見直しを迫られる。

 今後は、改憲発議に必要な3分の2を確保するため、橋下市長引退後の維新「分裂」を起爆剤にした民主党内改憲派との「大連合」の動きが出てくるのではないかと筆者は予測する。こうした動きに引き続き警戒をしなければならないが、オリンピックを奇貨としたさらなる東京一極集中と地方の衰退、貧富の格差の拡大、戦争政策と原発再稼働をめぐる動きはもはや耐えがたいところまで来ている。貧困層の多くが集中する大阪市南部で「貧者の反乱」が起きたように、私たちに勝機はある。安倍政権の目指す道は、戦争と貧困、そして破滅へとつながっている。「この道ではない、別の道」を目指し、それぞれが自分の持ち場から反撃の声を上げよう。

 私たちは超人になる必要はない。すぐに結果につながらなくても、あきらめず、全員が毎日少しずつ、平和で豊かな未来という名の花の種をまき、水をやることが大切だ。そうして水やりを続ければ、ある日、花は一斉に開く。大阪都構想住民投票の勝利と沖縄県民大会成功の喜びがこだました2015年5月17日から私たちが学び取らなければならないのは、そのような教訓である。

(2015年5月25日 「地域と労働運動」第176号掲載)

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