リニア新幹線問題〜事故が起きても乗客は放置、業者選定はお手盛り、
金融機関も見捨てるずさん計画〜本当にこれでいいのか?

 10月17日、JR東海が計画している中央リニア新幹線計画を国土交通省が認可した。東京〜名古屋間は長野県などの山岳地帯を通る。全国新幹線鉄道整備法に基づくもので、JR東海は東京〜名古屋間を2027年に、名古屋〜大阪間を2045年に開業させる計画であり、「東海道新幹線の代替路線として必要」などと主張する。だがその実態は環境破壊、住民無視、地方への一方的な負担押しつけなど原発と全く同じだ。情報を隠し、強引に推進されている点も原発を思わせる。

 ●避難は「乗客で助け合え」

 リニア新幹線は、東京〜名古屋間の86%をトンネルが占める。過去には北陸本線・北陸トンネル内での急行列車火災事故(1972年、25人死亡)などの惨事が起きた。日本有数の地震帯、中央構造線を貫くルートで建設されるリニア新幹線で、地震による事故の危険性は大きい。非常用の避難口は5〜20キロメートルに1か所の割合で設置されるがもちろん万全ではなく、地下トンネルでの事故のとき、1000人近い乗客をどこにどう避難させるのか。

 沿線地域での説明会の際、建設に反対する住民がこの点をJR東海に質問したところ「お客様同士で助け合っていただく」という驚くべき回答だった。JR東海は「事故など起きるはずがない」として全く安全対策を講じない。

 ●環境破壊の「見本市」

 リニア新幹線の事業認可にあたって、太田国交相は「環境問題は存在しない」と表明した。だがこれは大きな嘘である。実際には、リニア新幹線は環境破壊の見本市だ。

 環境破壊で最大のものは水脈の変化だ。もともとリニア以外でも、大規模なトンネル工事の際には地下水脈が変化し、周辺地域で井戸が枯れることがある。山梨県に建設されたリニア実験線でも周辺地域では沢が枯れる被害が数十件も出ている。全区間の86%がトンネルのリニアでは、東京〜名古屋のリニア沿線区間すべてで同じ問題が起こるのは確実だ。

 とりわけ静岡県では、リニア建設で大井川からの水量が毎秒2トンも減少すると見込まれている。周辺7市、63万人分の生活用水と同じ量だ。

 リニア通過地域となる長野県大鹿村では、生活用水も農業用水もすべて自給自足でまかなっている世帯がある。こうした自給自足の生活もリニアによって破壊される。

 全区間の86%がトンネルだけに、リニア建設によって生まれる残土は膨大な量にのぼり、その処理はいずれ解決不能な問題として突きつけられることになる。リニア建設で出る残土の量は大鹿村だけで300万立方メートル(東京ドーム3杯分)。この膨大な量の残土を運搬するため、大鹿村では工事期間中、すれ違いも困難な狭い村道を1分間に3台のダンプがひっきりなしに行き交う計算になるという。この村道は地元保育園児の通園路になっており、園児を巻き込む事故の発生は避けられない。

 東京〜名古屋の全区間では、残土の量は6000万立方メートルに上る。諏訪湖(長野県、531平方キロメートル)をすべて埋め立て消滅させられるほどの量だ。これほど膨大な量の残土のうち処分場所が決まったのはわずか2割。それも地元住民との話し合いもせず、JR東海が一方的に決めた場所でしかない。

 名古屋〜大阪間ではリニアが岐阜県東濃地域を通る天然ウラン土を貫く恐れもある。そうなれば放射性廃棄物であるウラン残土が大量に発生する。JR東海はその処理について「大阪市などの震災がれきの処理を参考にしたい」としており、福島原発事故による放射能汚染を全国に拡散させた広域がれき処理の手法が再び使われることになる。

 ●恣意的に業者選定し放題の一方、金融機関は見放しか

 リニアの建設費について、JR東海は9兆円と試算するが、かつての東海道新幹線建設費も当初試算の1972億円から、1963年3月になって2926億円に上方修正されており、JR東海の試算通りに収まる保証はどこにもない。

 この問題を取材してきたジャーナリスト・樫田秀樹さんによれば、ある外資系大手証券会社は、もしJR東海がリニア着工に踏み切った場合、JR東海には投資しないし顧客にも投資案件としては勧めない意向という。社長みずから記者会見で「絶対にペイしない」と表明するような事業に、9兆円も借金してまで突っ込んでいく企業は投資案件として適さないとの判断だ。民間企業としては合理的判断だろう。このままリニア建設に突き進んだ場合、本当にJR「倒壊」になりかねない。

 表面上は口にしないが、JR東海の多くのステークホルダー(利害関係者)がこの外資系大手証券会社と同様の判断に傾いているとの情報もある。事業認可が下りたとはいえ、JR東海は意外にも資金調達に難渋しそうな状況という。

 乗客が避難するための地上出入口の建設が予定される地域では住民の立ち退きが計画されているが、絶対に立ち退かないと表明している住民もおり、今後、一山も二山もありそうな気配だ。着工が決まっても、建設を止めるチャンスはある。

 一方、この間の当研究会の調査により、リニア建設工事における業者選定について、重大な問題が浮上した。従来、建設が進められてきたいわゆる整備新幹線では、建設主体は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構、前身は日本鉄道建設公団)であり、工事完成後、鉄道・運輸機構が運行主体となるJR各社に新幹線を引き渡す方式が取られてきた。現在建設中の北海道、北陸各新幹線もこの方式による建設だ。独立行政法人発注の工事では国の機関に準じた調達手続きが必要であり、競争入札が行われる。加えて、国の機関や独立行政法人が発注する建設工事で予定価格が20億円を超えるものは、政府調達協定(WTO協定)に基づく国際入札となる。鉄道・運輸機構側が恣意的な業者選定を行うことは原則としてできない仕組みだ(注)。

 JR東海も、完全民営化されながら旧国鉄の事業を継承した企業として政府調達協定の対象機関に指定されていることから、国内法やJR東海の社内規程で競争入札が義務付けられていなくても、当然に国際入札になるものと予想していた。ところが、当研究会の調査により、この10月からJR本州3社が政府調達協定の対象外になったことが判明したのである。日本政府は、JR本州3社について、完全民営化の時点から政府調達協定の対象外となるよう協定締結各国に働きかけていたが、EU(欧州連合)が異議を唱えていたため実現していなかった。今回、EUが異議を撤回し、ようやくJR本州3社の政府調達協定からの除外が実現したのだと政府は主張するが、この絶妙すぎるタイミングを見ると、JR本州3社の政府調達協定外しをリニアのため急いだのではないかと勘繰りたくもなる。

 今回のリニア工事は、従来の整備新幹線同様、全国新幹線鉄道整備法を建設根拠としているにもかかわらず、JR東海が建設費の全額を賄うため、鉄道・運輸機構は関与せずJR東海がみずから建設事業者を選定する方式となる可能性がある。この場合、民間企業であるJR東海は国の機関や独立行政法人のような厳格な業者選定手続きを取る必要がないから、JR東海の覚えのめでたい事業者がお手盛りで選定される可能性がある。JR東海がどんな業者選定手続きを取るかについても、私たち市民は厳しく監視しなければならない。リニアは失敗が運命づけられている事業であり、お手盛りで業者選定が行われ、不当に高い建設費が投じられた挙げ句、いざJR「倒壊」となった後「税金を投入してJR救済」では国民は踏んだり蹴ったりだからだ。

注)もっとも、北陸新幹線の融雪設備工事では、鉄道・運輸機構側が応札業者側に予定価格を漏らす「官製談合」が行われたことが今年2月に明らかになっている。この工事を受注し、談合の「幹事社」でもあった高砂熱学工業に鉄道・運輸機構の職員が天下っていたことも判明している。

 ●次々と抗議声明

 これほど問題だらけの巨大公共事業が、沿線住民にまともな説明もなく強引に推進されている。国内大手メディアもリニアの問題点を全く報道しない。JR東海がメディアの大スポンサーであるため、「事故が起こらなければ批判できない」(関係者)というのだ。電力会社による巨大な「広告マネー」に支配され、福島事故が起きるまで全く批判的報道ができなかった原発と全く同じだ。

 リニア新幹線工事の認可に対し、計画に反対している市民団体などから次々と抗議声明が出された。リニア新幹線沿線住民ネットワークは、安全対策・避難対策、電磁波対策などが不十分であることなどを理由として着工認可に抗議し撤回を求める声明を発表。公益財団法人日本自然保護協会も「日本の環境行政史上に大きな汚点を残す」として認可の即時撤回を求めた。

 リニアにより生活用水が断ち切られるなどの大きな影響を受ける静岡県では、市民団体が事業認可の差し止めを求めた訴訟も準備している。

 安倍政権は、リニア建設を「成長戦略」に位置づけている。安倍政権打倒の闘いと結んで、百害あって一利なしの無謀なリニア計画を中止させよう。

(2014年11月25日 「地域と労働運動」第170号掲載)

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