問題だらけのリニア新幹線計画はただちに撤回せよ

 JR東海が九兆円を自前で調達してまで建設を表明した中央リニア新幹線。二〇一三年には、国土交通省が全国新幹線鉄道整備法(全幹法)にもとづく整備計画路線に指定し、正式に着工が認可された。全幹法は一九七〇年に作られ、いわゆる「整備新幹線」建設の根拠法となるものだ。

 JR東海は二〇一四年秋から本格的に建設に入りたいとしているが、はたしてリニアは推進派のいうような「夢の乗り物」なのだろうか。

 ●でたらめな需要予測

 日本では道路、空港などのインフラが過大な需要予測にもとづいて建設され、維持管理費に多額の税金が投入されている例がしばしば見られる。リニア新幹線もこうした過去の「失敗公共事業」の伝統をしっかりと受け継いでいる。

 鉄道を初めとする公共交通機関の需要予測は、通常は「輸送収入」によって行なう。輸送収入は乗客一人あたり平均支払額×輸送人員により導き出される。乗客一人あたり平均支払額は、賃率(営業キロ一キロメートルあたり運賃)×走行キロだ。こうした試算を行なうには、延べ何人の乗客が延べ何キロメートル乗車するかの基礎データが欠かせない。

 ところが、JR東海が行うリニアの需要予測はこうした当たり前の推計方法を用いず、現状の東海道新幹線の乗車人員がリニア開業でどの程度変化するかをおおざっぱに推計したものにすぎない。他の交通機関の動向、沿線の人口動態といった重要な要素さえ加味しておらず、需要予測と呼ぶにはあまりにお粗末なしろものだ。

 一般財団法人「運輸政策研究機構」が交通政策審議会に提出した需要予測にいたっては、二〇四五年、東京〜大阪間全通時で年間六百七十五億人キロと見積もっている。二〇一一年度における東海道新幹線の輸送実績(四四三億人キロ)の約一・五倍だ。かりにこの需要予測通りの実績であれば、リニアは全列車・全車両満席でただちに増便が必要となる。現状の東海道新幹線でも座席使用率は八割であること、二〇四五年には日本の総人口が一億人を割り込むとの見通しもあることを考えると、この需要予測は噴飯ものである。

 ●JR東海社長の衝撃発言

 「(リニア新幹線計画は)絶対にペイしない。東海道新幹線の収入でリニア建設費をまかなって何とかやっていける程度だ」。二〇一三年九月十八日、山田佳臣JR東海社長の定例記者会見での発言は衝撃的だった。東海道新幹線の収入でリニアの建設費をまかなうといっても、その東海道新幹線の乗客の大半はリニアに転移すると同社みずから予測しているのだ。リニアを推進する企業トップみずから、始まる前から事実上、失敗を認める発言である。

 それでも読者のなかには、「建設費はJRが自前で調達し、税金は投入されないのだからいいではないか」と思う人がいるかもしれない。だが、JR東海は公共交通をになう基幹企業として独占が認められている。リニアが失敗し、多額の負債をかかえても同社を破綻処理できず多額の税金が投入されることになる。これはけっして杞憂ではない。福島第一原発事故によって東京電力に多額の税金が(それも責任さえ追及されることもなく)投じられていることを考えると、十分ありうるシナリオである。

 リニア推進派がしばしばもち出す建設根拠の一つに「建設から五十年経過し、老朽化した東海道新幹線に代替路線が必要」というものがあるが、この論理も破綻している。東海道新幹線の老朽化が事実としても、リニアの大阪開通が三十一年後では代替路線たりえない。工費を減らし、工期も短縮して現在の新幹線方式で代替路線を造れば済む。そのほうが現在の新幹線と直通できるから乗り換えもない。

 ●百害あって一利なし

 リニアの問題点は、ほかにも山ほどある。全区間の七一%をトンネルが占める状態で事故が起きた場合、避難や救助はどうするのか。南アルプスの直下、日本有数の地震帯である中央構造線をトンネルで貫くリニアに防災上の問題はないのか。超伝導磁気浮上式で動くリニアの電磁波は健康へ影響しないのか。岐阜県東濃地域の予定地は地中に大量の天然ウランをふくんでおり、トンネル掘削で出るウラン残土をどのように処分するのか。山梨実験線での走行試験で騒音の実態も明らかになった。そもそもリニアの走行には原発三基分の膨大な電力が必要という試算もある。三・一一以降の反原発の流れのなかで、リニアのためだけに浜岡原発を再稼働するなど言語道断だ。

 静岡県では、リニア建設によって地下水脈が断ち切られ、住民の水源地でもある下流の大井川で水量が毎秒二トンも減少するという。周辺七市、六十三万人の水利権量と同じ水量がリニアのために枯渇の危機を迎えているのだ。ここに来て事態を理解した静岡県内自治体も危機感をいだき、計画再考を求めている。一方、リニアによるメリット(時間短縮など)は現行の新幹線方式でも実現できるものばかり。リニアはまさに「百害あって一利なし」だ。

 筆者の政治的配慮で実名は伏せるが、中間駅候補となっているある市の市議会議員からは「リニアに反対しただけで村八分にされそうだ」という悲痛な声も筆者のもとに届いている。メディアでもリニア批判は完全に封じられ、週刊誌にすら批判記事が載ることはない。三・一一前の原発と同じ「リニア・ファシズム」とでも形容すべき異様な言論統制が地域社会の隅々まで支配している。

 かつて、日本と同様にリニアの建設計画があったドイツでは、連邦議会が特別法を制定して自ら厳格な事業評価を実施。投資回収の困難性、深刻な環境破壊、他の鉄道との直通運転が一切できないネットワーク性の欠如などの問題点が明らかになり、二〇〇〇年に計画は中止となった。原発もリニアも立ち止まって再考できるドイツ、できない日本。そのあまりの落差にがく然とする。

(2014年10月25日 「地域と労働運動」第169号掲載)

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