公務員の政治活動認める画期的最高裁判決〜求められる「新たな公務員像」

 休日に職場と離れた場所で政党機関紙を配布した国家公務員が、国家公務員法(政治的行為の制限)違反に問われた2件の上告審判決で、12月7日、最高裁 は1件を有罪としたものの、残る1件を無罪とする判決を出した。

 公務員の政治活動に関しては、1974年の猿払事件最高裁判決をきっかけに制限を合憲とする判断が確定して以来、初の実質的見直しといえるものである。

 ●事件の概要

 元社会保険庁職員の堀越明男被告(現・日本年金機構勤務)と元厚生労働省課長補佐の宇治橋真一被告(定年退職)の2名が休日に東京都内で日本共産党機関 紙「しんぶん赤旗」を配布したとされる事件である。配布した場所は、堀越さんが東京都中央区のマンション、宇治橋さんは世田谷区内の警視庁職員住宅。配布 時期は堀越さんが2003年10〜11月、宇治橋さんは2005年9月とされる。事件当時、堀越さんは社会保険庁目黒社会保険事務所で年金相談や年金審査 業務に携わっていた。また、宇治橋さんは厚生労働省課長補佐として課内業務のとりまとめに当たっていた。

 1審の東京地裁は2人とも罰金10万円の有罪としたが、堀越さんについては2審の東京高裁が逆転無罪とし、検察側が上告。宇治橋さんについては2審・東 京高裁も1審の有罪判決を支持したため、宇治橋さん側が上告していたもの。2審判決を変更する際に通常開かれる弁論が開かれなかったことから、両方の事件 とも2審判決を踏襲するものと見られていた。

 今回の判決の言い渡しは2件について一括して行われたが、政治的行為の制限には「中立性が損なわれる恐れが実質的に認められる」ことが必要、と従来より 制限、禁止の範囲を限定的に解釈した。その上で、(1)管理職的地位の有無(2)職務内容や権限における裁量の有無(3)勤務時間内に行われたか(4)国 や職場の施設を利用したか(5)公務員の地位を利用したか(6)公務員により組織される団体の活動として行ったか(7)公務員の行為と直接認識されるよう な状況だったか(8)行政の中立的運営と相反するような目的や内容があったか――を個別具体的に判断すべきとした。

 判決は、堀越さんについて、当時の業務が年金の相談や年金記録の調査で「業務上の裁量の余地がなかった」と指摘、管理職でもなかったことから無罪とし た。一方の宇治橋さんについては、当時職場に8人いた課長補佐の中でも筆頭格(総括課長補佐)で、業務の総合調整を行うなどしていたこと、また、いわゆる 管理職に該当し「業務や組織運営に影響を与える可能性があった」ことから有罪とした。

 ところで、国家公務員の仕事は省庁、所属部署、役職等によって多岐にわたる。1人の職員が管理職的業務とそうでない業務を兼務している場合もある。どの 部署のどの役職が「管理職的業務」になるのかを、公務員制度に詳しくない人が判断することは困難である。そのため、誰が管理職に該当するかは人事院が決め ることになっており、具体的には人事院規則17−0(管理職員等の範囲)により、省庁、部署、役職ごとに指定されている。この指定を受けた職員は「指定管 理職」と呼ばれ、それ以外の一般職員と同一の職員団体を組織することができない(注)。

 厚労省の課長補佐(総括)は指定管理職だったことから、最高裁はそのポストに就きながら「しんぶん赤旗」を配布していた宇治橋さんを有罪とした。これに 対し、須藤正彦裁判官は「2人とも無罪にすべき」との趣旨の反対意見を述べている。

注)職員団体とは、民間労働者でいう労働組合のことで、団体交渉権の一部、ストライキ権の全部に制限がある公務員の労働 組合を民間の労働組合と区別する意味でこのように呼ぶ。また、厳密に言えば、指定管理職とそれ以外の職員の両方を組織する職員団体の結成自体は禁じられて いないが、このような組織は人事院から適法な職員団体として登録を受けられる「登録職員団体」の資格を有しないとされている。登録職員団体でない組織から 団体交渉の申し入れがあった場合、当局は団体交渉を拒否できる(国家公務員法第108条の5第1項)。公務員の職員団体にこのような登録制度が設けられ、 非登録団体に対しては当局が団体交渉を拒否できる、との法の規定が置かれたのは、人事院による労働運動の動向の監視・把握を容易にするため、と考えられて いる。

 ちなみに、国家公務員法及び、その委任を受けて制定された人事院規則によれば、政治的行為の構成要件となる「政治的目的」は以下のように定義されてい る。

<資 料1>「政治的目的」の定義(人事院規則14−7(政治的行為)より)

1 公選による公職の選挙において、特定の候補者を支持し又はこれに反対すること。

2 最高裁判所の裁判官の任命に関する国民審査に際し、特定の裁判官を支持し又はこれに反対すること。

3 特定の政党その他の政治的団体を支持し又はこれに反対すること。

4 特定の内閣を支持し又はこれに反対すること。

5 政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対すること。

6 国の機関又は公の機関において決定した政策(法令、規則又は条例に包含されたものを含む。)の実施を妨害すること。

7 地方自治法(昭和22年法律第67号)に基く地方公共団体の条例の制定若しくは改廃又は事務監査の請求に関する署名を成立させ又は成立させないこと。

8 地方自治法に基く地方公共団体の議会の解散又は法律に基く公務員の解職の請求に関する署名を成立させ若しくは成立させず又はこれらの請求に基く解散若 しくは解職に賛成し若しくは反対すること。

 その上で、「政治的目的」を持って、次の「政治的行為」をした場合に国家公務員法違反に当たる、としている。

<資 料2>禁止される政治的行為(人事院規則14−7(政治的行為)より)

1 政治的目的のために職名、職権又はその他の公私の影響力を利用すること。

2 政治的目的のために寄附金その他の利益を提供し又は提供せずその他政治的目的をもつなんらかの行為をなし又はなさないことに対する代償又は報復とし て、任用、職務、給与その他職員の地位に関してなんらかの利益を得若しくは得ようと企て又は得させようとすることあるいは不利益を与え、与えようと企て又 は与えようとおびやかすこと。

3 政治的目的をもつて、賦課金、寄附金、会費又はその他の金品を求め若しくは受領し又はなんらの方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること。

4 政治的目的をもつて、前号に定める金品を国家公務員に与え又は支払うこと。

5 政党その他の政治的団体の結成を企画し、結成に参与し若しくはこれらの行為を援助し又はそれらの団体の役員、政治的顧問その他これらと同様な役割をも つ構成員となること。

6 特定の政党その他の政治的団体の構成員となるように又はならないように勧誘運動をすること。

7 政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助すること。

8 政治的目的をもつて、第五項第一号に定める選挙、同項第二号に定める国民審査の投票又は同項第八号に定める解散若しくは解職の投票において、投票する ように又はしないように勧誘運動をすること。

9 政治的目的のために署名運動を企画し、主宰し又は指導しその他これに積極的に参与すること。

10 政治的目的をもつて、多数の人の行進その他の示威運動を企画し、組織し若しくは指導し又はこれらの行為を援助すること。

11 集会その他多数の人に接し得る場所で又は拡声器、ラジオその他の手段を利用して、公に政治的目的を有する意見を述べること。

12 政治的目的を有する文書又は図画を国又は特定独立行政法人の庁舎(特定独立行政法人にあつては、事務所。以下同じ。)、施設等に掲示し又は掲示させ その他政治的目的のために国又は特定独立行政法人の庁舎、施設、資材又は資金を利用し又は利用させること。

13 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取 させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。

14 政治的目的を有する演劇を演出し若しくは主宰し又はこれらの行為を援助すること。

15 政治的目的をもつて、政治上の主義主張又は政党その他の政治的団体の表示に用いられる旗、腕章、記章、えり章、服飾その他これらに類するものを製作 し又は配布すること。

16 政治的目的をもつて、勤務時間中において、前号に掲げるものを着用し又は表示すること。

17 なんらの名義又は形式をもつてするを問わず、前各号の禁止又は制限を免れる行為をすること。

 人事院は、<資料1>に示した政治的目的をもって<資料2>の政治的行為を行った場合に違法になる、としている。たとえば、今回の2人のように「公選に よる公職の選挙において、特定の候補者を支持し又はこれに反対」するため(政治的目的)、「政党その他の政治的団体の機関紙たる新聞その他の刊行物を発行 し、編集し、配布し又はこれらの行為を援助」すれば(政治的行為)、違法行為が成立するということになる。

 人事院は、<資料2>の5については、それ自体が政治的目的を持ってする行為なので、政治的目的の有無を問うまでもなく違法とする一方、他の項目に関し ては、政治的目的と政治的行為の両方が揃わなければ違法ではない、と説明している。しかし、<資料2>の6以下の行為を政治的目的と切り離すことは事実上 不可能であり、現実にはほとんどの政治活動が違法とされている状況だ。

 ●政治活動が制限に至る歴史的経過

 このように、日本では公務員の政治活動はほぼ全面的禁止と表現しても過言ではない状況にある(地方公務員についても罰則規定がないだけでほぼ同様)。こ のような状況を生み出したのは、激化する東西冷戦の中で、公務員の労働組合が白昼堂々と選挙で特定候補を支援し、影響力を発揮する事態を避けたいという GHQ(連合国軍総司令部)の思惑があった。国家公務員法はこうした占領行政の置き土産といえる。

 その後も激化する一方の労働運動の中で、国家公務員の政治活動の是非も活発に論じられてきたが、1967年1月に告示された第31回衆院総選挙の際、北 海道猿払村の鬼志別郵便局に勤務する局員が、労働組合が推薦を決定した日本社会党公認候補の選挙ポスターを公営掲示板に掲出し摘発される(猿払事件)。こ の事件では、起訴された局員が1審・旭川地裁では無罪となったが、2審・札幌高裁で逆転有罪。1974年11月、最高裁は2審の有罪判決を支持、局員の上 告を棄却した。

 この最高裁判決は、国家公務員の政治活動の制限を、その政治的中立性確保の見地から合憲としたもので、長年の論争に決着をつけるものといわれた。しか し、何が政治的中立性なのか、どのような公務員のどのような職務に、どのような政治的中立性が要求されているのかについての検証もないまま、公務員である というだけで一律、無制限に政治活動を禁止するもので、学説はこの間、一貫してこの判例に批判的見解を持ち続けてきた。また国連自由権規約委員会は、公務 員に対するこうした不合理な政治活動の制限を撤廃するよう日本政府に勧告を行っている。

 いうまでもなく、公務員も、公務員である前に日本国民であり、日本国憲法が保障する思想・信条の自由、集会・結社の自由は原則として保障される。その制 限は彼ら・彼女らが公務員としての職務を執行する上で支障を及ぼす部分だけに限定すべきなのは当然だ。

 今回の2件の事件で、最高裁は、東西冷戦の時代に労働運動の抑圧という政治的野心をもって導入された「政治的行為の制限」について広範な検証を行った。 その上で、政治的行為の制限には「中立性が損なわれる恐れが実質的に認められる」ことが必要、と政治活動の制限を極めて限定的に解釈した。明言こそしてい ないが、猿払事件の際の判例を事実上変更するものであり、公務員の市民的権利を日本国憲法に即して積極的に認めようとするものだ。指定管理職であった宇治 橋さんを有罪とするなどの不当判決、不十分さを含みながらも、全体としては画期的判決と評価できる。

 橋下徹・大阪市長率いる日本維新の会(旧「大阪維新の会」)によって、大阪市では公務員の政治活動の制限を国家公務員並みに拡大する時代遅れの条例が議 会で可決された。自民党も、地方公務員の政治活動に罰則規定を設ける方向で地方公務員法の改正をもくろんでいる。今回の最高裁判決は、公務員に対する不当 な制限を強化しようとするこれら勢力に対し、打撃となるだろう。

 ●求められる新たな公務員像

 猿払事件の最高裁判決は、法曹界が危惧したとおり、公務員による政治活動に萎縮をもたらした。選挙での投票以外のあらゆる行為が違法として断罪される。 その上、国家公務員が禁錮以上の刑を受ければ失職となるのだ。いつしか「公務員たるもの、危ない橋は渡るべからず、火遊びするべからず」が不文律となり、 公務員から政治活動は消えていった。

 その結果もたらされたのは、市民と公務員との分断だった。公務員はpublic servant(国民、公共の奉仕者)でありながら、いつしか国や自治体当局の決定した政策を市民「に対して」実行する存在となり、行政サービスの受益者 であるべき国民、住民は行政の「客体」に貶められた。当局の決定を国民、住民に強制することが公務員本来の任務であるかのような倒錯した状況が生まれ、国 民・住民には公務員と行政への不信感が募っていった。

 昨今の異様とも思える「公務員バッシング」の背景にはこうした相互不信がある。公務をリストラし「小さな政府」を目指す新自由主義者たちがこの状況につ け込み、公務員と国民・住民との相互不信をあおり立てながら「諸君の敵、公務員を打倒せよ!」と今日もラッパを吹き鳴らしている。

 宇治橋さんを有罪とする多数意見に異を唱えた須藤正彦裁判官の反対意見は、次のように指摘する。「…我が国の長い歴史を経ての国民の政治的意識の変化に 思いを致すと、…(政治活動の制限の)あるべき規制範囲・制裁手段について立法的措置を含めて広く国民の間で一層の議論が行われてよいと思われる」。

 多くの政治的無関心層が存在し、ノンポリであっても幸せに生活できた「戦後日本の奇跡」。昨年の福島原発の事故は、名実ともにその終わりを内外に印象づ けたできごとだった。政府は誰からも信用されなくなり、学者・マスコミは体制の支配の道具と意識されるようになった。このままではいけないと、多くの国民 が政治に目覚め、首相官邸前にはデモの人並みができるのが日常風景となった。今や組織に所属しない一般市民こそが最も強硬な反対勢力として国家権力と対峙 している。

 権力に囲い込まれ、奪われ、「バリケードの向こう側」に行ってしまった公務員を取り戻す必要性を、国民が今ほど明確に意識した時代はなかった。須藤裁判 官が指摘した国民の政治的意識の変化の中で、私たちはいかなる公務員を持つべきなのか。そして今後の公務員はどのような人たちであるべきなのか。

 その答えは明確である。市民とともに考え、市民とともに汗をかき、市民と苦楽をともにする。市民とともに喜び合い、市民とともに泣く。国や自治体の政策 が誤っているときは、市民とともに行動し改めさせる。そんな新しい時代の公務員像が提示される必要がある。

 そのためには、公務員が市民と同じ権利と義務を持たなければならないことは当然だ。今回の最高裁判決を、新しい公務員を作り上げる契機としなければなら ない。

(2012年12月25日 「地域と労働運動」第147号掲載)

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