現実となった「日本放射能大汚染」の危機〜
被災地から改めて脱原発を訴える

安全問題研究会 黒鉄 好

 2011年3月11日、その瞬間、筆者の福島県の自宅は、まるで容器に入れられ、左右に揺さぶられるように激しい横揺れが5分以上も続いた。左に右に揺 さぶられるたびに何かが壊れるような音が聞こえた気がした。揺れが収まるまで10分近くかかったと思う。

 ●現実となった「原発危機」

 『東海大地震 浜岡原発爆発で首都崩壊』――『週刊現代』誌に、こんなショッキングな見出しで大地震による原発事故を想定したシミュレーション記事が掲 載されたのは2006年6月のことだった。筆者が今も手元に保管してある記事は、次のような事態を想定したものだ。

 2006年6月某日、御前崎沖を震源とする東海大地震が、朝の通勤ラッシュの時間帯を襲う。最大震度7、地震の規模を示すマグニチュードは8。通勤途中 の路上で動けなくなった人々の上に、破片となったビルのガラスが降り注ぐ。走行中の東海道新幹線が脱線し、ビルに激突して多くの死者を出す。木造家屋は跡 形もなく焼け落ちる。沼津市ほか沿岸地域では5〜10メートルの津波に襲われ、多くの沿岸住民が海に消える。

 電話もつながらない混乱の中、浜岡原発では地震の巨大な衝撃で建物が崩壊、冷却水の配管が破断。地震から約1時間後、ついに炉心溶融が起こる。大量に噴 出した放射能は西から東への風に乗って、地震から6時間後の午後3時過ぎ、東京上空に到達。パニックで逃げまどう東京都民を「黒い雨」が襲った…。

 記事は、この地震と原発崩壊による静岡県内の死者を最終的に24万人、その後10年間、ガンや白血病で亡くなる人を191万人と見積もっている。

 あまりに衝撃的な地震・原発災害複合シミュレーションだが、東海大地震を宮城県沖地震、沼津市沿岸を三陸沿岸、浜岡原発を福島第1原発と置き換えれば、 今、事態はこのシミュレーション通りに進行していることがわかる。被害の想定は放出される放射性物質の量や種類、風向き等の気象条件によって変わるから、 現時点でどの地域の誰にどれだけの放射能被害が出るかを予測することは難しいが、原子力に詳しい識者は「妊婦・胎児、子どもたちはできるだけ福島第1原発 から遠ざけるべきだ」と警鐘を発している。

 ●電力は不足などしていない

 2007年7月の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発の被災に続き、今回の地震で福島第1、第2の各原発も発電停止となったことから、東京電力は、電力 供給不足を理由に史上初の計画停電に踏み切った。どの地域がいつ何時間停電になるのかについて、東京電力の発表は二転三転、迷走し続けており、首都圏では 早くも「無計画停電」などと囁かれているが、それはともかく、東京電力が宣伝するほど首都圏で、そして日本で電力は不足しているのか。

 筆者の手元にひとつのデータがある。柏崎刈羽原発の被災によって電力危機が起きた2007年、電気事業法106条3項の規定に基づき、経済産業省が電力 の需給状況に関する資料提出を東京電力に求めたことがあるが、その報告によれば、東京電力管内の最大電力需要は6,430万キロワット(東京の最高気温が 38度だった2001年7月24日の電力使用量)。これに対し、柏崎刈羽原発停止後も東京電力は6,254万キロワットの発電能力を維持していた。

 今回の東日本大震災により、東京電力の電気供給能力は3,350万キロワット(3月17日現在)と報道されている。事実であれば、先に示した東京電力管 内の最大電力需要に対し、3000万キロワット余り不足することになる。需要の約半分しか電力をまかなえないわけで、この数字だけを見ると大変な事態が進 行しているように思われる。

 しかし別のデータもある。資源エネルギー庁が発表した「平 成22年度の電力需給の見通し」によれば、全国電力10社合計で需要は最大でも1億6,965万キロワットであるのに対し、供給力は1億 9,414万キロワット。「供給予備力」がさらに2,449万キロワットもある。需要との差は4,898万キロワットであり、首都圏での不足(供給力減 少)を補って余りある。全国レベルでは電力は不足などしていないのだ。

 ●「計画停電」は電力失政のツケであり国民への脅しだ

 それでは、首都圏での電力不足はいかなる理由で引き起こされているのか。その大きな理由のひとつに周波数問題がある。周波数とは交流電気方式において、 1秒間における電気振動の回数を示す数値である。たとえば60ヘルツの場合、1秒間に電気振動が60回であることを示す。

 日本の電力草創期、静岡県の富士川を境に東側はドイツの技術支援により50ヘルツ方式を採用する一方、西側は米国の技術支援により60ヘルツを採用。そ の後の電力の発展は東西別々となった。戦後の復興時が周波数統一の最初で最後のチャンスといわれたが、電力業界が目先の利益にとらわれて復興を優先したた め、この唯一のチャンスを失い、周波数を統一しないまま現在に至ってしまったのである。

 電力10社のうち、周波数50ヘルツは北海道、東北、東京の3社のみ。残る7社(中部、関西、北陸、中国、四国、九州、沖縄の各電力会社)はすべて60 ヘルツという状況の中で、東日本大震災では東北電力と東京電力管内に被害が集中した。中部以西7社からは、周波数を変換しない限り東北電力・東京電力の2 社管内に給電できない…。

 首都圏での計画停電騒ぎは、こうして引き起こされたのである。電力は不足しているのではなく、単に偏在しているに過ぎず、その偏在は周波数統一を怠ると いう電力業界の怠慢が原因だ。

 政府と電力業界は、そうした怠慢、そしてそれを見逃してきた電力失政のツケを、「計画停電」によって国民に押しつけて危機を乗り切ろうとしている。そし て、「計画停電」の背後からは、さらに醜悪な政府と電力業界の囁きが聞こえてくるのだ。「ほらご覧なさい。国民の皆さん、やっぱり私たちの言ったとおりで しょう。我が国には電力が足りません。だから、たとえどんな状況になっても原子力発電は必要なんです」と。

 ●いますぐ政府と業界の嘘を暴き、電力の改革を

 最後にもう一度まとめておこう。日本全国で見た場合、電力の供給能力は「供給予備力」も含めて2億1,863万キロワット。東日本大震災による供給力減 少分3000万キロワットを差し引いたとしても1億8,863万キロワットであるのに対し、需要は最大でも1億6,965万キロワット。電力不足は嘘であ る。

 政府と電力業界は、こうした事実を隠したまま、破壊された原発の「再建」と新たな原発の建設を持ち出してくるだろう。だが今回、日本国民が経験した「フ クシマ」はあのスリーマイル島事故をも越え、史上最悪といわれたチェルノブイリ事故に匹敵する規模になりつつある。もう原発は日本、いや地球上のどこにも 要らない。

 偏在する電力を有効に活用するため、東西をつなぐ周波数変換設備の建設を進めるなどの改革を行うことが必要だ。電力の効率的利用のためには、電力10社 体制を見直し、全国1社への統合や国有化も視野に入れなければならないだろう。原発推進派の「脱原発は非現実的」などという宣伝に乗せられることなく、業 界改革を断行して、国民本位の電力への転換を進めなければならない。

 (2011年3月20日 「地域と労働運動」第126号掲載)

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