2008.3.13鉄道運輸機構訴訟判決についての声明

 1987年の国鉄分割・民営化の際に国鉄清算事業団に移され、1990年、清算事業団からも解雇された1047名のうち国労組合員35人が、地位確認等 を求め、国鉄を継承する独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構を提訴した訴訟について、去る3月13日、東京地裁民事19部は、原告らの請求をすべ て退ける歴史的反動判決を下した。

 2005年9.15判決、そして2008年1.23全動労判決で、被解雇者に対する一定の救済の流れは確定したかに思われた。時効についても、9.15 判決以来、原告・被告の双方にとって「起算点を2003年12月の最高裁判決時とする」ことは動かしがたい現実となった。中西茂裁判長は、こうした先行訴 訟の流れから、時効の起算点を1990年解雇時までさかのぼることなくして原告の全面切り捨てはできないというこの訴訟の法的構造を完全に理解しながら、 あえてそこに踏み込むことで確信犯的反動判決を打ち下ろしたのである。法の番人としてではなく権力の番人として振る舞う中西裁判長の反動性をこれほど鮮や かに示す判決はない。

 「国鉄闘争は国鉄改革法23条との闘いに始まり、23条との闘いに終わる」とした原告弁護団の認識は正しい。元国鉄職員局次長を務め、現在、JR東海会 長の職にある葛西敬之は、自著「国鉄改革の真実」の中でこう述べる−−「国鉄という法人格が国鉄清算事業団と一体であり、分割されて生まれる7つの新会社 は文字通り新たに設立され、新たに必要な要員を採用して事業を行う…(中略)…国鉄職員は全員が自動的に国鉄清算事業団に引き継がれることになる。新しい 会社に応募し、採用試験を通って採用された者のみが新しい会社の社員として入っていく。つまり、本人が会社を選ぶ」のだと。葛西はまた、自分にこの入れ知 恵をした人物が「法務課の法律専門家」であったことを明らかにする。

 この人物が裁判所からの出向者であったことはすでに明らかになっている。法の番人たるべき裁判所が、権力の要請で解雇を合法化する法律案の作成にみずか ら関与していた事実は、裁判所の堕落と腐敗を示して余りある。

 しかし、それでも私たちは国鉄改革法23条との闘いに勝たねばならない。歴代自民党政権がその実態を知りながら数十年も放置していた年金崩壊をきっかけ に、恥知らずの政府・与党は自分たちの政治責任を棚に上げ社会保険庁バッシングを開始。国鉄改革法23条と全く同じ条文を盛り込んだ日本年金機構法(社保 庁解体法)を作り上げた。現在、年金業務・社会保険庁監視等委員会委員長には葛西が座っている。「国鉄で合法的に首切りを成功させた葛西さんの手腕で再び 社会保険庁大首切りをお願いします」−−これが支配層の狙いであることははっきりしている。

 6月2日の葛西尋問は、国民の老後の暮らしを破壊する年金民営化〜解体を阻止する闘いにとっても極めて重要な舞台となる。国鉄改革法23条の作り手であ り、1047名首切りの張本人でもある葛西を労働者の名において告発することは、20年後の今、長時間労働と貧困の牢獄に閉じこめられた労働者の解放のた めに私たちが果たすべき義務である。
  中西判決によって私たち支援者の意思を挫くことができると支配層が考えているなら、重大な誤りである。この程度の判決で挫けるくらいなら初めから支援など していない。原告団と支援者たちが解雇撤回を最後まで掲げ、心をひとつにして闘うとき、今回の反動判決も、国鉄闘争勝利解決の歴史書の中に塗り込められた 一輪の黒いあだ花に過ぎなくなるであろう。

 20年前、解雇された国鉄職員に世間は冷たかった。「怠けてばかりいるからクビになるのだ」という支配層のキャンペーンが恐ろしい力を持って労働者の分 断に使われた。しかし今、3・13反動判決のニュースに対し、「この人たちが首を切られてから残業代が出ないのが当たり前になった」との若者たちの悲鳴が インターネット上に公然と書き込まれている。明らかに時代は変わったのである。20年間、敵と闘いながら、同時に世間の無理解とも闘わなければならなかっ た国鉄闘争は、ここに来てようやく貧困に苦しむ若者たちと連帯して闘う基盤ができた。ワーキングプアのどん底でもがく若者、名ばかり管理職として最後の1 滴まで搾り取られる中堅労働者たち…こんな時代だからこそ、原告団は解雇撤回の旗を高く掲げる必要がある。国鉄闘争が、逡巡してきた20年分を一気に取り 戻す勝利解決をもぎ取るためには、彼らと対話し、連帯することによって闘わなければならない。
 今、正義は私たちの側にある。

    2008年 4月 4日
    安 全 問 題 研 究 会